四十一譚 四天王戦 毒
静かな住宅街は黒い雲の下で真夜中の静けさがあった。
悪意の塊がその場で霧となって拡散されていく。
「はやく終わらそう。時間が勿体ないからな」
命の危険が敏感に感じ取った。何か危険な技が放たれる気がする。瞬間的に大きな雨を頭上に用意した。
毒霧が住宅街を覆った。
雨が住宅街に降り注いだ。
毒に触れれば皮膚は被れ、それを吸えば死に至る。私と凛は水で作られたベールのバリアで毒霧から守られていた。
「うわぁ。この毒霧、触れたらヤバそうだねー」
「ちっ、バリア作って守っているのか。面倒だな」
私達は紫の霧で周りの様子が分からない。しかし、この霧を放っている本人は霧がないクリアな状況なのだろう。
「さらに、バリアは壊れないと。これは長期戦になりそうだな。そうだな。一つ少年の物語について語ろうか」
昔一人の少年がいた。
彼は真っ当に生きることができなかった。なぜなら、いじめられてきたから。
ひねくれた少年は煙草やお酒に手を染めた。高校生になる前には犯罪にも手を染めた。
高校生にはならず中卒で働き、ただ無気力で働く日々。そんな毎日のスパイスとして暴力団員になった。しかし、それが原因で職を失った。
少年には居場所があったため苦ではなかった。
だが、すぐにその暴力団は警察の手によってなくなった。
少年に居場所はなくなった。
そこで気づいた。悪は悪を束ねる組織がないと生きていけないと。弱い組織だと簡単に消えてしまうと。
ある日手にしたマスクが少年を最強にした。その力で無理矢理でも組織を一つにまとめていった。弱肉強食の世界で少年は頂点に立ったと思っていた。しかし、何故かは分からないが誰かも知らない上に立つ存在が現れた。縦割り社会が掟のこの世界では少年は逆らうことができなかった。
その組織は潰れ、少年はその上に立つ存在の下っ端と成り代わっていたのだった。
「可哀想だよな。この少年──」
その少年はきっと彼のことだろう。あまりにもベタな進め方のため途中からすぐに気づいた。
しかし、この話終わるまでにあれこれ三十分は経っているだろう。
その間に私は先程よりも大きな雨を降らせる準備をしていた。
ゲリラ豪雨が襲う。
凛が雨を操り毒霧を丸ごと覆い被さった。
「そうだ。煙突を作ろう」
巨大な水のベールに出来上がる毒の霧が煙突から出ていった。ベールは段々と縮み、その中の毒霧は煙突の外へと追いやられていく。
「はい。敵見ーっけ」
その間に敵の影を見つけることに成功し、そこに水のベールを囲う。そのベールが春秋を閉じ込めた。
ベールは消えて毒霧は雲散霧消。
水のバリアを消した。ここまでで長話と同じぐらいの時間がかかっていた。
静かな住宅街に私と凛、ベールの中の春秋が対面する。
「ねぇ、奈路さん。この人はもう私の術中の中だから、他の所を助けにいってあげて。例えばホーレなら狙われやすそうだし、そこにいって片付いてたら戻ってきなよ。その間に倒してるから」
「わかりました。行ってきます」
私は凛の提案を受けて、私はホーレへと向かった。
凛と春秋の一対一が始まった。
彼は水のベールの中で身動きが取れない。しかし、何故か死ぬこともなかった。
「あれー、死ぬはずなんだけどなー。何で死なないのかなー」
「俺の毒霧はお前らの言う酸素でもある。マスクをつけている間毒は放たれ続け、俺は無限に呼吸ができる」
水のベールの中に毒霧の層が出来上がっていた。それにより彼は死なずにいただけでなく、喋っても水が口の中に入り込むことはなかった。
ベールが邪魔で殴ることはできない。
動けず何もできない春秋と同じく何もできない凛。時間のみがかかる泥仕合となっていった。
「あーあ、暇だなー。つまらないなー。あ、暇だし一緒に踊らない?」
「誰が一緒に踊るか。敵だぞ」
ベールの中にいる彼には拒否権はなかった。勝手に踊らされる運命にあったのだった。
彼は陽気に腕を降り始めた。さらに、足も動かしてその場で歩く動作を繰り返していく。「さあいくよ。森の熊さーん」
「あるーひー、森のなーかー」今度は右回りボックスステップをやり始める。
「熊さーんに、出逢ーった」続いて左回りに変わる。
「花咲ぁく、もーりーのーみーちー」その場歩き。
「熊さんにー出ー逢ぁったー」上に伸ばした手を横に振っていく。最後の最後に大きく手を開いて手を小刻みに揺らした。
呑気に歌う彼女と陽気に踊らされる彼の摩訶不思議な踊りがその場に柔らかなオーラを放っていく。
「二番にいく?」
「やめろ。屈辱だ。お願いだから、やめてくれ」
「えー。そうなのー。じゃあ、カッコイイのなら良いよねー?」
「いい訳ないだろ。踊らせるのをやめろ」
しかし、彼には拒否権などある訳なかった。
「カッコイイ曲。聞いて下さい。ソーラン節」
彼は準備体操の時の深い伸脚状態となり、足を伸ばしている方向に手を伸ばした。そこから、反対向きに変えたり元に戻したりを繰り返す。
「ヤーレン、ソーランソーランソーラン、ソーランソーラン。はいはぁい」
そこからは何故かブレイクダンスが取り入れられる。
「沖の鴎の啼く声きけば船乗り稼業はぁ、やめられぬぅ」
凄まじいダンステクニックで誰もいない観客に魅せる。
その次は片腕を上にする。
「チョイ、ヤサエエンヤンサノ」
再び深い伸脚へと戻った。
「ドッコイショぉドッコイショー。はぁ、ソーランソーラン。はぁ、ドッコイショぉドッコイショー。ソーランソーラン」
彼は深い屈辱感を味わっていた。
プライドが深く傷つけられもう立ち直れない程になった。負けを認めても良くなっていった。
「これ以上はやめてくれ。負けでいい。警察に投降していい。だからやめてくれ。いや、やめてください」
「ええー。もうちょっとやろうよ。楽しーじゃん」
「くっ。話が通じねぇ」
敗北の味を強く噛み締めていく。
凛はスマホを取り出してレンズを彼に向かって合わせた。
「じゃあ本番行くよ。後〇ikTokに載せるから。よろしくね」
勝手に踊らされ勝手にネット上に公開処刑をされる。春秋の心のライフはもうゼロになりつつあった。
「さあ、楽しみましょう。歌はー、犬のお巡りさん!」
頭の上に手を置いて耳のように見立てる。それをネットに晒されるということは屈辱の何者でもない。
「迷子の迷子の仔猫ちゃんー。あなたのお家は何処ですか」
可愛いをメインとした子どもでも真似できる踊り。見ている者の心をほっこりさせていく。
「おうちーを聞いても分からない。なまえーを聞いても分からない」
「くそっ。何をしたら止めてくれるんだ」
「ニャンゴロゴロニャン。ニャンゴロゴロニャーゴ!」
「いや、そんなんだったか。何かがおかしいぞ。待て、何のせられているんだ、俺は……」
独創的な踊りが独特な雰囲気を醸し出していく。
彼女は愉しそうに唄いながらスマホにその様子を記録させていく。
「泣ーいてばかりいる仔猫ちゃん。犬のーお巡りさん。困ってしまって……バウ、バウバウッ。バウ、バウバウッ」
「犬の鳴き声ではあるものの何故ブルドックの鳴き声なんだ……」
そこで撮り終え、その映像は一般に公開された。ネットを通して世界に拡散されほぼ永久に保存される。彼のプライドにとてつもないダメージ。
「公開したよ。ありがとう。バズるといいよねー」
足音がしていく。
その足音の正体は櫛渕だった。
「あー。犬のお巡りさん歌ってたら本物のお巡りさんがやってきた。なんか凄ーい」
「おい。君、そこで何をしてるんだ」
「んー。この子を使って遊んでましたー」
刺股が強く握られた。
どうしようもない殺意が周りに広がっていく。
「君、ラグナマフィアのボス毒島春秋だろ。遊びで現行犯逮捕……いや、能力者が抵抗したとでっち上げて殺すことができるな。よくも大切な部下を殺してくれたな」
「俺に似たどうしようもない殺意を感じるぜ」
「勝手に言ってろ」
刺股から鋭い槍が現れる。その槍が水のベールを突き抜け体を突き刺す。水の中に毒霧と赤い液体が混ざりあった。
「残す言葉はあるか」
「この世はな、悪は永久不滅だ」
「永久不滅か。笑わせるな。正義が悪を滅亡させる」
刺股から溢れ出る火薬に火がつき、すぐさま爆発が起きた。春秋は爆発に巻き込まれた。
霧は乾いた風に流され消える。
住宅街での長い長い戦いは春秋の死によって終わるのであった。