三譚 異文化喫茶HoLE
工場の屋根の上で立ち様子を見ている一人の存在。
フードつきのマントをきていて、顔は仮面のようなもので隠されている。変な模様をした仮面だった。
それに見とれている暇などなかった。
後ろから迫ってくる炎をまとった魔物。目の前には裏社会の強面の人々。
逃げ場はない。思わずそこで縮こまった。
何も起きない。そっと顔を上げるとそこは真っ暗闇の無重力空間。
「安心してボクが全て斃してあげたから。安心しなよ。そんなに酷いことなんてしないから」
今度の敵は謎の仮面だった。
次々現れる敵に私は辟易し、もう諦め力を抜いた。死の世界へと落ちていく。
なぜこうなったんだろうか。
全てはマスクを手にしたせいだ。いや、調子に乗って能力を乱用したからか。ああ、そうか、私は調子にのって知らず知らずのうちに人を殺してたんだ。
ああ、マスクを手に入れる前からやり直したいな。
そこで目が覚めた。
見知らぬベッド。薄暗い部屋の中で目覚める私。
私は、火炎のマスクの男と戦い、その後、その仲間にやられたんだ。そう言えば、その仲間にやられた時に屋根の上に仮面をかけた変な男(女?)をみかけたのだが、彼(彼女?)は何者だったのだろうか。そもそも、廃工場へと追いやった変な男の集団は何者。炎の男は、その仲間は何者。混乱が混乱を生んでいく。
「あ、目覚めたんだね」
黒のフリルの可愛い女の子だ。
「とりあえず、あなたのペースでいいからここから出て」
そう言って、彼女はこの部屋から出ていった。
時計を見ると夜を示している。
なぜかパジャマを着ている。彼女が変えてくれたのかな。
私はすぐにこの部屋を出た。そこには私が倒した男が椅子に座っていた。他に、先程の女の子と、大人しそうな女の子、厳格な男がいる。
「ひとまず、立っているのも辛かろう。座りなさい」
厳格のある男が椅子を引き、座るように促した。
私は何か仕掛けられていないか注意しながら座っていった。
気を引き締めているのに、ゆったりとした雰囲気が流れていてとても戸惑う。
「俺らは秘密結社ホーレ。戦闘中に言ったが、警察では太刀打ちできないマスク所持者の悪事を防ぐ裏組織だ。このことは多言無用。漏らせば死を覚悟することになる」
目の前に出されたコーヒー。
あまりの緊張に耐えきれず、思わずそれを手にして啜っていた。
ほろ苦さと喉で反復するコクが美味しさを増幅させる。緊迫感ある状況なのに思わず「美味っ」と漏らしていた。
「鵜久森奈路。アンタに聞きたいことがある。なぜ雨を降らし、人を殺した」
人を殺した。その一言が心を深く深く抉ってくる。
軽率な行動が招いた結果。悪いのは私だって分かっている。だからこそ、辛くて辛くて堪らない。
「私は……人を殺していたなんて知らなかった。ほんとにごめんなさい」
涙が溢れ出してくる。
コーヒーを体に流し込む。あまりの苦さに涙も軽く収束した。
「故意ではないのか。まあ、そうでなければ今ここで断罪するしかなかった。ようやく本題に入れる」
「本題?」
「ああ。アンタ、俺らの仲間にならないか。裏組織の一員となって貰いたい。表向きは違う形で所属して貰うことにはなるが……」
私はそれを断れば殺されるとか、裏社会に関わりたくないとか、そんなこと一切考えていなかった。
「一員になれば、人を殺した罪は償われますか?」
再び涙が溢れ出してきた。
罪の意識が強く強くつきまとっている。
「罪の償いについては人それぞれだ。人を殺した罪は一生つきまとうということを忘れなければ、アンタで償い方を決めればいい」
きっとここで誘いに乗らなければ私はずっと後悔しそうだ。
私はいつの間にか立ち上がっていた。
「お願いします。私をホーレに入らせて下さい。少しでも罪の償いがしたいんです」
私は頭を下げていた。
「分かった。よろしく頼むよ。まあ、表向きの組織に所属して貰う。裏の仕事はどんなことがあっても秘密だ。いいな」
首を縦に振った。
机の上に地図が置かれた。
「俺らは異文化喫茶ホーレを経営している。奈路はそこのアルバイトとして働いて貰う。まあ、表向きにはな。もちろん、裏の仕事もこなして貰うけどな」
こうして、私はホーレに所属することになった。
その日は、無事に帰宅し、寝床につく。気絶させられていた間は寝ていた訳で眠くない。スマホを触りながら、新しい日常を予想していった。
一週間後。
その日は時々小雨が降る土曜日だった。
まだまだ朝焼けが射し込んでいる。
ホーレ初のバイト。この日のためにコンビニのバイトはやめた。もう辞めるなんて選択はない。
そして、私はホーレの用意した服装に着替えた。
「えっ、これは何ですか?」
「それはチマチョゴリ。韓国の伝統衣装だけど。何かあった?」
「いや、何でこんなの着させたんですか?」
「ああ。ここは異文化をコンセプトとしているからな。今は韓国の文化を中心とした日だな」
驚きはしているものの、はじめてのこの服に嬉しさを隠せない。
まだオープンしていない時間帯。私達は裏方へと呼び出された。
「必要ないと思うが紹介しよう。今日からバイトに入る鵜久森奈路だ。仲良くしてやってくれ。それと一人一人名前教えなさい」
厳格なその男の一言は無駄のない行動を起こさせる。
まずは炎の男から始まった。
「そうだな。自己紹介がまだだったな。俺は塩谷偉。火炎のマスクを持ってる」
続いて、私にスタンガンを当て、寝床で看病したっぽい女の子が紹介する。
「裏山椎奈。マスクは持ってない。それから、先輩としてあなたの指導を任されたから。よろしくね」
その次に、大人しそうな女の子。ボソボソという小声で話していく。
「獅子神澪。よろしくお願いします」
最後に、厳格な男。
「そして俺がここの店長、黒崎黒だ。何かあれば俺に言ってくれ。じゃあ、開店するぞ。異文化喫茶ホーレ!」
こうして私のホーレでの物語が始まったのであった。