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三十六譚 勇気

 戦いの余念による忌々しい重さは薄くなっていた。

 いつもの日常が私達を飲み込む。

 時間は波のように動く。私はいつもぷかぷかと浮かんでただ時間(とき)に委ねて流されていただけだった。

 下手に動けば波に飲まれてしまう。時間(とき)の海の中を彷徨(さまよ)ってしまう。行き着いた先は全く違う世界が広がっていて、変化することを怖がって何もしなかった。

 きっと何もしなければ痛くないかも知れない。ただ波に揺られているだけでいい。

 それでも私は幸せを掴みたいと思ってしまった。

 その幸せを掴みに行けば、もう同じ世界には戻れず、新しい世界を受け入れるしかない。それが例え、望まない世界でも受け入れるしかない。それでも「変化を受け入れますか」──

 いつもならここまで進んでそこで立ち戻ってしまう。

 荒波に飲まれていく仲間達を見てきた。私も変わろうと心の中で思っている。けど変化は受け入れられない自分は確かにそこにいる。

 自分に自答していく。「本当に優先したいのは何。自分の一番優先したいのを優先すべきだよ」幼なじみのアドバイスだった。勇気のないちっぽけな私は、いつも戦いから避けてきた。今日からそんなちっぽけな私とはおさらばだ。


 物語でよくある戦いが二つある。

 一つはバトル。サッカーやバスケなど身近な遊びから戦争に至るまで数々の戦いがある。

 もう一つは恋愛。人生で一度は経験するであろう人生を左右する大きな存在。その戦いは残酷なものから純愛に至るまで幅広い。

 私は恋愛という名の戦いを始めようとしている。

 誰もが望んだ人と結ばれる訳ではない。誰でもハッピーエンドになることはない。勝つか負けるかが分からない戦いである。だからこそ、恋愛という戦いは多くの人から物語として作られる。


 偉はもう大人として何年か生きてきた。

 高校生なんかと付き合ってくれるのだろうか。不安の要素は数え切れない程ある。いつもならその不安に押し潰され棄権するだろう。今の私は違った。

 一人暮らしで、彼女はいない。好きなタイプは自身でも分からない。真面目。一途な人。他にも色々。今持ってるデータを頭の中で整理する。

 二人が休みの日に遊びに誘うことには成功した。

 誘った時の情景が頭の中で思い出されていく。本当にこの選択肢で良かったのか。いつまで経っても答えなどでないから余計に不安になっていく。八割は不安で固まる。けれども、二割の希望の想像が心を休ませていく。「嬉しみ」私は布団を強く抱きしめた。


 早く起きたはずなのに上手く決まらない化粧に、決まらない髪型、まだ服装については手付かずだ。時間ギリギリを過ぎた頃となってようやく出発できる。遅れたらきっと印象が悪くなる。このままではまずいと全速力で約束の地に向かって走っていった。

 走ったことを悟られないように近くで深呼吸をする。

 そこには、先に椎奈がいた。二人だけのデートは流石に気が引けるだろう。そこで偉を呼び出す算段の一つとして呼んだのだ。彼女とは話を折り合い済みで、告白前には帰宅することになっている。

 偉は時間丁度にやってきた。

「楽しいな。昔を思い出すよ」

 私の練った計画(プラン)を実行していく。

 といっても、恋愛初心者のプランであり、プロから見れば「うーん」と言われるかも知れない。それでも計画のために費やした何日何時間ものその時間は無駄ではないだろう。

 私達は遊園地へとやってきていた。

 下手に演技するよりも私には素の自分を出すことを意識する。演技なんてしたら失敗することを何より自分が知っていた。

 お化け屋敷の中、真っ暗闇の中から現れる演技者(アクター)が驚かしに襲いかかる。素の自分で行こう。別のことを考えている時に襲いかかってくる彼ら。思わずリアクションをとっていた。

「可愛いな」

 多分何気ない言葉だった。けれどもその言葉は私を武者震いさせるほど喜ばせた。遊園地にきたかいがあった。

 王道の観覧車から苦手なジェットコースターまで多くのアトラクションを楽しんだ。さっきまで西にいた太陽がいつの間にか東に移動していた。

 夕焼け空が美しい。

 なんて美しいのだろうか。橙の光に打たれるだけで溶けてしまいそうだ。椎奈が離脱し、偉と二人きりとなった。私達を淡い温かみが包み込んでくれる。

 告白するならこの場しかない。

 今となって私の前に立ちはだかる不安。最悪の結果を想像してしまい壁はさらに強くなっていく。いつもならこの不安にのめされているところだ。


 私はホーレの一員だ。

 秘密裏に日本を守るために動く秘密結社。マスクで悪事を働く罪人を俺らで断罪する。皆、強さとそして勇気を持っている。私だってその一員なのだ。

 ここで勇気を出して壁を打ち壊さなければいけない。

 だって、私はあのホーレの仲間なんだから──

「偉さん! 今日は遊びに付き合ってくれてありがとうございます。そして、伝えたいことがあります」

 私は私の言ってることが分かっていない。理性を超えた言動が私を突き動かしていく。

「先輩。私と付き合って下さい」

 そこは(うるさ)い遊園地のはずだった。がやがやした雑音は今の私には聞こえない。夕暮れが凪の空間を作り出していた。そこで唯一聞こえる声を出せるのは私と偉の二人だけだ。

 たった一秒。その一秒ですら長く感じる。

 無言が続く。私にとってはもう一日が過ぎるほどの長さだ。夕焼けは相変わらず沈んでいない。

「申し訳ない──」

 その状況を理解できない私がいた。違う。分かっているけど、理解したくないだけだった。理解したくないから、理解できないと勘違いさせているんだ。ではないと私は泣き喚いてしまうから。

「俺には愛する妻がいるんだ。別居でいるんだ。俺がこの公安(しごと)に付いたせいで遠距離になったんだ。この仕事は家族の身の危険性が高い仕事だから巻き込めなくてな。それでも確かに愛し合っている」

 公安の仕事は秘密が多い。その秘密を得るために大切な人が狙われるかも知れない。特に、家族は狙われやすいだろう。だからこそ、彼は愛する妻を遠くに追いやっているのだ。私はそんなことも知らず、一人暮らしで彼女がいないからと独身だと思い込んでいた。

 私は馬鹿だ。愛する人がいるのに告白されるなんて、彼はどんな気持ちなんだろう。ここで涙を流せばきっと、さらに困らせることになる。

「ごめん。今の気にしないで。帰りましょ」

 涙を胸の奥にそっとしまいこむ。この結果になることも想像していた。いつもならばこの結果が怖くて身動きが取れなかっただろう。そんな私から脱皮できたんだ。いい事じゃないか。言い訳で何とか紛らわした。


 家でも何とか涙を堪えていた。意識が涙を耐えさせる。しかし、次の日起きた頃には枕は涙で濡れていた。



 昨日のことはきっと全て夢だったんだ。無理やりにでもそう思い込む。

 学校では失恋を引き摺らないと固く決意した。

 それなのに、放課後となって翔がやってきたせいでその決意を破ってしまう。

「お前。今日、気分悪いよな。土日なんかあったのか?」

 翔がそんなことを言ったせいで、昨日のことが思いだされていく。取り返しのつかない馬鹿な私の言動が屈辱感を味合わせ、そしてその時の感情を思いださせる。

 放課後だったから半分以上はクラスに残っていなかった。言い換えれば半分程度のクラスメイトらに私の嗚咽(おえつ)を見られた。

 もう理性なんてものはない。ただ、勝手に涙が滲んでくる。それだけだ。

「ご、ごめん。奈路。僕、なんか言った? え、ごめん、僕、なんかした。え、え……」

 彼が戸惑うのはよく分かる。それでももうこの涙は止められはしない。

「大丈夫? 話、聞いてあげるから、落ち着いて」

 優しく背中がさすられる。

 場所を移して誰もいない屋上に続く閉ざされた扉前で小林に全てを打ち明けた。抱えた後悔が消えていき、胸がスッとした気がする。私もいつの間にか泣き止んでいた。

 こんなにも号泣した自分が滑稽だった。

 何もかもがおかしく思えてくる。笑える要素なんて何も無いのにいつの間にか笑っていた。

「なろろん。大丈夫? 聞いたよ、号泣したって。かっ((翔))くんに泣かされた?」

 愛溜だった。

「うん。大丈夫。後、泣いてたのは翔関係ないから」

 彼女にも泣いていた理由と昨日のことを打ち明けた。

 壁にもたれて聞いてた彼女は階段を降りていく。すぐに階段の折り返しの場所で半回転した。

「なろろん。ウチが偉さんとなろろんをくっつけようか? 縁結びの力で偉さんとその妻を別れさせることもできるし。それから、二人をくっつけることもできるし」

 全く理解ができなかった。それでも分かったフリをしてアハハと笑った。隣の小林もつられて笑ったが、すぐに質問し返した。

「ごめん。どういう意味か分からない」

「そのままの意味だよー」

「もしそれで付き合っても根本的に愛することができなかったら嫌だし。私は頼りたくないな」

「そうだね。無理やりくっつけても確かな愛は育めないかもね。じゃあ、やめとくよ」

 勝手に話が進められていて私達は全く理解が追いついていなかった。

「ごめん。分からない。分からないから。全然理解が追いつかないよ。一人先走らないで」

 小林はもう意味が分からずに混乱していた。

 それを見た彼女は無作為に笑っていた。

「まあ、これは常識の外側のことだし仕方ないか。一つ教えるとしたら、ありえないことを可能にするマスクがこの世にはあるんだよ」

「あっ。心当たりが……」

 小林が私の方を見た。雨女の偉業を知っているからこそ、その言葉を信用できる。私達は彼女の言葉、その真意をようやく理解した。彼女はマスクの力で、人と人とをくっつけカップルにすることができる。逆に別れさせることもできるのだろう。


「その力で縁結びの能力が使えるんだよねー。いつか好きな人とカップルになりたいと思ったら教えてね。手伝ってあげるから──」

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