三十五譚 "時王"
【人物紹介・3】
〇黒崎黒
……ホーレの店長。元公安のトップ。
〇裏山椎奈
……ホーレの店員。元々男だった。元暗殺者。
〇獅子神澪
……平日は元気男の子で、休日は大人しい女の子。
ある日、友達が不審物を見つけた。
何のキッカケか分からないがたまたま見つけたようで、それを確かめるために行くと言い出した。体育の授業が終わり昼休みになった。皆が急いでクラスへと戻る中、私達は友達に連れられて不審物の場所へと向かわされた。
校門の裏から木々を掻き分けて進んでいく。
木々が生い茂る森の中を進むと学校を囲む門があるが、そこだけ穴が空いていて通り抜けられた。私達の秘密の通路だ。
一切整備されていない山道を登る。
「ねぇ、和名田さん。ほんとにあるの?」
「見つけたんだから。気になるじゃん」
ジャージが汚しながら、落ち葉を踏みしめて進む。そこは森の真ん中で何もある気はしない。そもそも、そこのものをどうやって見つけたのかも分からない。
「ここ、の、先、通さない」
変質者が目の前に現れた。悲鳴とともに友達は皆逃げていった。ここへと誘った和名田も着いてきた小林と茉莉花も学校へと戻り、私だけが取り残された。
その変質者はほとんど裸で、ブーメランパンツだけを履いている。全身ムキムキの黒く光るボディを見せつけている。さらに極め付きは顔に蛙の被り物を被っている。あまりにも変質過ぎて恐怖を覚えるのも無理はない。
「私、恐い、よ。最強、の、不審者。立ち去る、ない、と、どうなる、分かる?」
片言の言葉、途切れる事に変なポーズを取っていく。彼のことを知っているとその姿はある意味滑稽で、逆に知らない者からすればあまりにも異質で恐怖を覚えさせる。
「あのー。ゼットさん? 何してるんですか?」
「あなた、は。ホーレ、の……」
「うん。ホーレでバイトしてる鵜久森奈路です」
「……………………………………通ってよし」
不審物の件はゼットが何やら絡んでいるようで、彼がその不審物の場所へと案内した。
森の中に佇む大きな金の玉。
あまりにも異質で目立ち過ぎる。こんな秘かな場所でもこれは目立つ。和名田が見つけたのも、見に行こうとしたのも頷ける。
ゼットの異能は金色の武器を四次元から作り出し取り出すことができるもの。きっとこの金の玉も彼の仕業だろう。
「何で、こんなの作り出したの」
困惑気味に聞いてみた。眩く目に映るそれは脳裏の裏に染み付きやすい。
何も知らずそれに近づいた。
「危ない。近づく、の、危ない」
触れようとする動作を止めさせられる。
突然金の玉から金属同士の衝突音が鳴り、地面に金属の何かが落ちていく。下を見るとそこは目を凝らす光景となっていた。
金の玉付近の地面は赤い血液で埋め尽くされ、その上に銃弾などが散らかっている。思わず「キャッ」と悲鳴をあげてしまった。
「おい。ゼット。そこに誰かいるのか」
「はい。います」
「いますじゃない。はやく逃がせ。敵なら半殺しにしてもここから遠ざけろ」
金の玉の中から声がする。その持ち主は……
「もしかして、土岐さん?」
「誰だ。君は?」
土岐櫛渕。彼はホーレの用心棒である警察である。そんな彼は何故こんな所で、そして何をしているのだろうか。疑問の嵐が通りかかった。
「私は鵜久森奈路です。ホーレでアルバイトしてる……」
「そうか。バイトの子か。悪いことは言わない。今すぐここから立ち退きなさい」
金の玉の中にこもり、見えない攻撃から防いでいるのか。
ひっきりなしに鳴る金属の音が攻撃を受けていることを知らせていた。つまり、どこからともなくくる攻撃を金の玉の中に入ってガードしているということだろうか。
「ねぇ、ゼットさん。彼は何しているんです?」
「櫛渕、昨日、の、攻撃、を、受けている」
「どういうこと?」
「マスク、の、異能、の影響」
「おい。ふざけるな。何ベラベラと話してる。誰にも言うなと言っているだろ」
「奈路、教える。これ、誰にも、秘密」
「そうやって、他人に秘密と言っても次の人が秘密と言って伝えていけば、巡り巡って秘密が秘密でなくなるんだ。それぐらい分かるだろ、やめろ」
「彼は、時空、に、関する、異能」
櫛渕の異能は時空に関するものだった。
彼の周りの半径には別空間のようなサークルが広がっている。その中は、一日遅れの空間であり、彼に向かって放たれた攻撃は全て一日遅れで彼の元に届く。
サークルと現実との間は壁と呼ばれる。その壁を通り過ぎた瞬間に時空の歪みの影響を受ける。例えば、銃を放った時、銃弾が壁の向こう側に入った瞬間に時空の歪みの影響を受けて消える。一日後に消えた銃弾が現れる。実際にはさらに複雑な仕組みだが大まかにはこのような仕組みである。
さらにややこしい話だが、人間の体がそこに入っても人間自身は時空の歪みの影響を受けないが攻撃自体は時空の影響を受ける。殴りにかかった時、その場で殴られるのに、一日後にさらに同じ殴りが飛んでくるのだ。
大雑把に説明すれば、攻撃が一日遅れになる異能である。
相手から自分に対する時空の歪みもそうだが、自分から相手へと攻撃も効果が適用するようで、刺股のような長い武器でサークルの外へ攻撃できなければ相手に対して攻撃を当てられない。ただ、敢えて攻撃が遅れることを利用することもできるようだ。例えば、マシンガンを外に向けて放つとその場ではその攻撃は消える。次の日に、放ったマシンガンがサークルの外に放たれることになる。
こんなチートのような能力でも弱点はある。そもそも、攻撃を無効化にするのではなく、遅延させるだけで攻撃は受けてしまうのだ。
金の玉に隠れて攻撃を防いでいるのもそのため。昨日の戦闘で受けた攻撃が今頃となってやってきているのだ。
その説明を聞いて、金の玉がある理由や銃弾が落ちている理由が分かって、スッキリした。
キーンコンカーンコン。
遠くから鳴り響くこのチャイム。昼休みの終わりを知らせる鐘の音だ。はやく戻らなければ授業に遅刻してしまう。それに今やジャージのままで着替えてもいない。まずい状況だった。
「やばい。はやく戻らなきゃ。あっ、土岐さん。このことは内緒にしとくんで、安心してください。失礼しました」
私は急いで森の中を駆けていった。
走ったが力及ばず教室に着く前に授業を知らせるチャイムが鳴ってしまった。
◆
「アタシは未だに獅子神家が嫌いだ。だけど、アンタもそうなんだろ?」
澪は常に女の子として振舞ってきた。もう男の子に戻ることなんてできなかった。彼女は悲しい視線を下に向けていく。
「まあ、血族は変えられない。それが血の運命だ。それでも、それを乗り越えようとする態度は気に入ったわ。アンタのこと嫌いだったけど、修正するよ。アンタは普通だ」
ビビは獅子神家全員に敵意を抱いていたが、澪の過去を知り、澪にのみ適応外とした。何しろ彼女は同じく獅子神家に相対するものであったのだ。
「ビビは何で獅子神家が嫌いなの?」
椎奈は疑問をそのまま放った。
「暗殺者の道を選べたキミ何かじゃ分からないと思うけどね、アタシは道を選ぶ暇もなくすんなりと売られたんだよ。そして、奴隷となった」
上半身を脱ぎ去り裸となる。腰あたりには忌々しい烙印が押されてあった。奴隷の烙印だった。
「なるほど。じゃあ、作法塾を習ってた訳ね」
「そうよ。それで売られた私はひたすら地獄を味わった。泥水を啜り、望まない生命を腹に宿し、豚同様の待遇を受ける。あまりにも耐えられず、アタシはそこから逃げ出した」
「逃げ出せたんだ。逃げ出すなんて無理だと聞いてたけど」
「殺したのさ。その後は、貨物船に隠れて旅行をして、幾つか国を跨いでようやく日本に帰ってこれた。その間にも何人もの命を奪ったさ。お陰で無事に戻れた」
「日本に帰ってこれた奴隷はほぼゼロだけど、ゼロではないとも言われていた。ぼかしていた理由がそれね。裏の人間にとって、初心者に出し抜かれたんだもの。けど、良かったわね。逃げきれて」
壮絶な過去と手を染めた事実。
その周りには真っ黒な血が想像されていく。
「ええ。それからは風俗嬢として生きる半ば裏では違法なことをして生きてきたって訳」
「獅子神家を嫌いになるのには充分すぎる理由ね」
あまりにも悲惨な転落人生。それでも彼女はまだマシな方であった。奴隷となった女は二度と日の目をみない地獄で生き続け朽ちていく。そこから抜け出せた彼女はまさにラッキーなのである。
獅子神家の闇。
その闇は深く深く暗い底にある。
澪も、椎奈も、ビビもまだその奥底から抜け出しだばかりであった。