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三十二譚 呪縛

 罠の糸が張り巡らされた部屋。その糸が次々と解除されていった。

 糸が全て撤去され、その部屋には糸の(しがらみ)は何も無い。しかし、レイにとって心のしがらみは複雑に張り巡らされていた。

「澪ちゃんも、お姉ちゃんに会いたかったよね? 久しぶりの再会だよ。さあ、お姉ちゃんの元に来て」

 見えない糸に引っ張られていくが如くレイは意志に反して進んでいった。過去の記憶が体を突き動かす。すぐに彼は夢奈の懐で座り込んだ。

 体を何度も何度も愛撫する。

 彼は拒否することはできなかった。

「その見た目……変えなきゃ。姉ちゃんが飛びっきりのコーデにしてあげるからね」

 心の端が灰の塊となり崩れはじめていく。心が灰になる部分が広がっていき、少しずつレイの精神は破壊されていった。

「あの頃みたいに……お人形さんみたいに、可愛くね」

「…………はい。(ゆめ)(ねぇ)様」

 そこには存在するはずがない透明な糸。

 その糸が空高くから彼の体にくっついていく。

 彼の身体は着々と操り人形のように変わっていった。



──

───

────



 女として美しくあるための作法。言葉遣い。生活。全てにおいて指導を施す塾があった。作法塾と呼ばれている。きっと多くの女性が通いたいと思う場所であった。

 経営は女の園た噂高い獅子神家が行っている。

 表に出ることはなく、その存在を知る者は僅か程度しかいなかった。表のウェブでは検索することすらできない。裏のネット、ダークウェブを伝ってようやくそこを知ることができる。そして、その塾に入るためにもダークウェブを伝っていかないと入会できないのだ。

 この世に、どんな事をしてでも可愛くなりたい、美しくなりたいという女は山ほどいる。そういう女が必死にそこへとたどり着く。


 募集要項は二十代から三十代の女性。たまに、十代後半の女の子も加入することがあった。

 彼女らは作法塾によって美しさが磨きあげられ、想像以上の美貌を手にした。そして、最後には海外旅行をプレゼントされる。

 行きのみのチケットと、帰り用のチケット代。それを渡された彼女らはその行為を受け取り旅行に行く。その目的地は事前に作法塾が決めた所であった。

 旅行一日目はその観光地を案内され見て回る。旅行もまた女性としての教養と嗜みだとして教えられる。そうして、観光を楽しませた後、彼女らは騙される。帰りのチケットを用意しないのは責任を取らないため。最後の最後で自己責任にし、悪行を探られないようにするため。

 旅行に行った彼女らは海外で売られ、その後、多くの女性が奴隷として生涯を終える。日本に帰れる者などゼロではないがほぼいない。

 捕まらないための海外。

 奴隷市場に女を売り、さらに一儲けする。

 帰国したら何事も無かったかのように塾を開いていく。

 何も知らない女が簡単にカモられていく。最後に売られることも知らず、美しくなった自分を想像する彼女らが必死に作法などを教わっていった。


 これが作法塾の全貌であった。


 そんな塾に通う二人の小学生がいた。

 一人は裏山シエル。トランスジェンダーの男の子で彼は性転換を行い女に変わった。

 もう一人は獅子神澪。獅子神家で唯一不憫な扱いを受けてきた男の子であった。

 二人は歳が近くすぐに仲良くなった。

 そんな二人の心は酷く脆く崩れかけていたのである。



 獅子神家は六人の女の子がいると言われてきた。夫も妻も暗殺者で暗殺技に精通している。特に妻の方は世界一の暗殺者と褒め称えるられていた。ある日、その夫は不審死した。理由は妻の殺害と噂されている。さらに、妻は暗殺を教えることにし、弟子を取ることにした。男は弟子にはなれず、女のみ弟子にしていたので、獅子神家の周りには女ばかりとなった。

 暗殺を生業としていたが、あまりにも女としての振る舞い方が素晴らしかったため、女は作法塾というものを開くことにした。本職がバレないよう裏で開いていく。あまりの質の良さに裏では真の女として一躍有名となった。

 ある者からすれば暗殺のトップ。また、ある者からすれば真の女。

 彼女の有名さは知れ渡り、女しか弟子を取らない、女しかいない家系ということで獅子神家は女の園として男共の憧れとなっていた。

 名声が獅子神家をさらなる呪縛を生んだ。

 女の園であるが故のプライドが彼を苦しめた。


 六人の女の子とあるが実は一人の男の子と五人の女の子である。五番目の子どもとして産まれた澪は四人の姉とともに過ごし、すぐに妹も産まれる。一人だけ男の子の彼はその存在を疎まれるようになった。

 全ては獅子神家に掛けられた呪縛のせいだった。

 彼の不遇な人生のはじまりは性器の切り落としから始まった。男にとって大切な所とされる所は開幕式のテープを切るかのごとく切り落とされた。その日から澪は女として生きていくことを強要されたのだ。

 男としての自覚ができあがるのに対して、姉の魔の手。無理やりにでも女の子であろうとさせる。彼女らもまた澪が女の子と思っている。


 平日は学校があった。

 友達から換えの着替えを貰って、学校では男の子として過ごした。先生や友達もまた男の子として認めた。人格もまた男の子として出来上がっていった。

 休日は家族の呪縛に縛られていた。

 女の子として生きることを強要された。姉から着させられる可愛い洋服。作法も言葉遣いも何もかもが厳しく(しつけ)られた。

 土曜と日曜。その二日間は地獄の日。その日を耐え忍べば、楽しい学校生活が待っている。彼は苦痛を耐え忍んで生きていった。


 彼は家では女として振舞ってきていたが、時々出る男の子としての態度や言葉遣いを見かねて無理やり作法塾で学ぶことになる。その時に出会ったのが裏山シエル。(のち)に椎奈と改名する。


 彼女は元々女の心を持って産まれてきた。しかし、体は男だった。そこで性転換をしたのであるが、その日からはオカマだの、養殖女だの、悪口三昧の日々で不登校となっていた。

 本当は女ではなかったから、少しでも本物の女に近づくために作法塾へと入ることにした。不登校の彼女は転校までして入会。そして、澪と出会って、希望を見出していた。


 男なのに女として生き方を強要される澪。

 女となった男で、より女に近づかなければならない椎奈。

 二人は友達となった。

 椎奈は学校が楽しくなり、一生の友として澪を大切に思っていた。彼女は澪を平日も休日も男の子として見ていた。


 椎奈は中学生になり、一年遅れて澪も中学生になった。

 性的な区別がよりはっきりとするようになった。

 澪はさらに苦悩していった。男として生きたいのに女として生きさせられる。特に、休日は酷く四六時中澪を苦しめた。五人もいる姉妹(きょうだい)が澪を女の子として振る舞わさせた。

 ある日、我慢の限界を遥かに越し、意識の糸がピンッと弾け飛んだ。その日は一日中気絶していたようだった。


 その日から澪は土曜日と日曜日になると意識がなくなり、月曜日の朝には意識が戻るという現象に見舞われた。その謎の現象に戸惑いながら生活していき、ようやくその謎が解ける。

 二重人格──

 澪は土日となると別人格に入れ替わるようになった。そのことを知り、女の子としての自分に踏ん切りをつけて、彼は自分の名前を(レイ)と名乗ることにした。

 椎奈はそのことを知り、どちらとも仲良くすることを決めた。

 レイは月曜、火曜、水曜、木曜、金曜のいわゆる平日と呼ばれる日のみ生活する。彼は朝早くに女子の制服を着て家を出て、すぐに友達の家で男子の制服の着替えて登校する。そこからは男子として楽しい毎日を過ごしていった。女子の制服で帰宅して、後は自分と妹の部屋で適当に軽く過ごせば、すぐにその日は終わった。平日は忙しいのか、女としての振る舞いもとやかく言われることはなかった。

 (みお)は土曜、日曜のいわゆる休日と呼ばれる日のみ生活する。主に作法塾を受けて、それ以外は姉達とともに買い物しに行ったり、姉達とともに過ごしたりする。そこに男の子としての自由はなくまるでお人形さんのような振る舞いが求められた。


 椎奈もレイも作法塾は卒業した。

 二人は売られることはなかったが、代わりに暗殺に手を染めることになった。特に、椎奈はレイの何年も前から暗殺に手を染めていたようだ。

 平日に行われる暗殺の指導。

 椎奈はナイフと錐を巧みに使う暗殺術を学んでいき、既に相当のレベルまで成長していた。

 レイは糸を使った暗殺術を学ぶことになった。糸を操り敵を殺す。

 暗殺の時は作法なんてものは不必要。常に無機質でいればいい。女として振る舞わなくても良かった。レイはそのお陰が暗殺の指導は嫌いじゃなかった。


 椎奈は高校生となり、その傍らで暗殺を行っていた。

 中学三年生のレイもまた彼女のことを見習っていた。


 レイと澪はスマホのメモアプリを通して連絡された。澪は未だにお人形さんとして女の子として振舞っていて、暗殺について手をつけていないようだ。

 そんな彼女に暗殺術を密かに教えた。と言っても、文章で書かれた簡単なものでしかない。それでも最低限覚えておくべき糸の操り技術は身につけたようである。



 中学生活も後半に入った頃、獅子神家は警察に捕まった。

 密かに公安が動いていたみたいだ。

 母と一女、そして数名の孫弟子が逮捕。五女、そして長男のレイは児童相談所の引き取りとなった。

 未成年であっても、四女と椎奈は人を殺していたので他の対応が迫られた。ただ、結局二人とも保護処分となった。

 レイは身よりもなくただ呆然としていた。そこへ椎奈が旅をしようと提案した。

 椎奈と二人で計画し、そこから遠くへと逃げ出した。

 幾つもの人を傷つけ、逃げ続けた。

 結局捕まってしまった。

 獅子神家の逮捕の時の公安のボス。いわゆる裏理事官であった男がレイと椎奈の身寄りとなった。彼は黒崎黒と名乗り、突如として現れたマスクに対する情報収集や観察のために、表では喫茶店、裏では任務を遂行するホーレという店を作り出した。

 中学卒業すると同時にレイはその店に就職。椎奈はその前から就職していた。

 そこで働く二人。隠密な行動が得意な二人はそこに適応した。また、レイのもう一人の人格の澪も意志を持ち始め、ホーレに慣れていった。

 その日からは楽しい日々が待っていた。



 レイはホーレで働いてから、もう二度と家族には合わないと思っていた。もう二度と過去のトラウマと同じ生活をすることはないと思っていた。しかし、現実はそんなことはなかった。


 トラウマがレイの心の命を絶つ。心は全て灰に変わり、粉々となって砕け散った。

 レイの持つ心は消滅し、彼の意識を飛ばした。

 存在しない糸が空から垂れていて、彼の体は人形のように糸で紡がれていた。

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