三十一譚 "引者"
包丁で刺されたからといってすぐ死ぬ訳ではない。
迅はすぐさまここから離れた。胸に刺さったままの包丁。これを抜けば大量出血で死ぬと考えそれを抜かなかった。
「とりあえず、敵だってことが分かったよ」
鋭い棘が床から生えた。しかし、そこにはビビの姿はなかった。瞬間移動によって壁の側面にいるビビ。
「ここは四面壁。ビビには有利かもな。瞬間移動し放題だ」
走って蹴り飛ばしにいく。
彼はその攻撃を避け、すぐに壁に向かって避難した。
「吸引。真正面にあるモノを超強力な吸引力で瞬間移動の速さで目の前へと引いてくる異能。しかし、それは向いている方向の延長線しか吸い込めない」
真ん中に鋭い棘の山が現れた。
「ちっ、天井にまで瞬間移動したか」
何でも吸引する異能。それを壁に使えば、逆に自身が吸い寄せられてしまう。これを利用して自身が瞬間移動していたのだ。
「選択ミスね」
迅は天井近くまで吸い寄せられた。
唐突な移動で体は反応できない。そこをビビが掴み、動けなくした。そのまま棘の山に落下する。
「まあいい。自分の技で死ぬなら本望だ。それに、裏切り者を一人道連れに出来るしな」
「それはどうかしら?」
迅が棘に刺さり息を引き取った。
鋭い棘はさらに沈みビビを貫こうとする。
棘が喰われ、ビビは救出された。野獣のパワーで助け出したのだ。
「これで借りは返したからな」
「あら、義理堅いんですね」
ビビはその場を後にした。目的地は決まっているようで、そこへとそそくさと向かっていった。
取り残されたリスタも部屋を出て、適当に道を進んでいった。
ひっそりと後ろを着いてきた愛溜は、凛の手引きの元、敵の拠点へと侵入した。地下へと行く。
制服の上からは新着した赤のフードつきコートを着ていた。
彼女は気絶した輩の横を通っていく。
そして、広い場所に出た。そこでも多くの気絶した輩が寝転がっていた。
どこからか声がする。
「へへへ。弱そうな女、見ーっけ」
彼女が見上げると壁に小汚い男が張り付くばっていた。人間のものではない長く太い下を伸ばしている。
「それも活きのいい高校生じゃねぇか。これは味わわずにはいられねぇなー」
シタナメ・角川が地面へと降りた。
「うわっ。キモッ」
「おじさん。ちょっと、傷ついたなー。弁償して貰おうかな。身体でなぁ」
長い舌が伸ばされていく。
その舌が彼女を包み込むように左から右に向かって横振りされた。
グサッ──
舌にナイフが突き刺さる。
「うぉぉぉ。痛てぇ。痛てぇ。許さん。許さんぞぉ。この太い舌でエラいことしてやるぁ」
無造作に舌を鞭のようにして攻撃してくる。その全てにナイフで応戦した。攻撃は当たらない。
舌から血が滴り落ちていく。
「くそっ。口の中が血の味だ」
「隙だらけ。舌が太いだけで殺傷力がある訳でもないし、そもそも刺されにいってるもんでしょ」
舌の痛みに耐えきれずもがき苦しむシタナメ。それを横目にフードを被りながらスタスタと歩き、彼のすぐ傍にきていた。
「急いでいるからさ。ここでお別れしようよ。バイバイ」
愛溜は持っていたナイフで首を掻っ切った。
血の雨が降った。
赤いコートが血の雨から守る。
「赤いコート買ってきて良かった」
彼はその場に転がり込んだ。
それを放って、先に進んでいった。
刺股を真っ直ぐ向ける。そこに仕掛けられた装置を発動し、刺股から銃が乱射された。
地面に滴る血が動き壁となり銃を防いだ。
血を操りそれを凝固させて武器とする異能。アトラスは弧を描く刃物の形の血の武器を四つ作った。
『死乃斬撃』
放たれる斬撃。櫛渕の付近にきたそれは一瞬にして消えていく。
血が武器に変わり、それを持って切り刻みにきても全てが彼付近で消えていく。
一切触れられない。そこにできる隙を狙って刺股が近づけられる。
装置が起動し正面に爆発を起こした。
血の鎧が衝撃を受け止めたが、もう鎧は崩れ落ちていった。
「これは厄介だの。攻撃が消える……」
血がアトラスの背中へと集まっていき、大きな赤い羽ができあがる。
『紅翼乃刃螺怒』
大きな羽から一枚一枚の小さな羽が外れていき、その羽が櫛渕向かって進んでいった。鋭い刃の羽が数え切れない程放たれていた。まさにマシンガンのように。
だが、彼には一枚も届くことはなかった。
刺股の先端から棘が出て刺股型の槍となった。
深く刺す一撃。アトラスは急所に当てられる前に自身の腕でガードしていた。腕から血が滴り落ちていく。その血もまた蠢いていた。
「致命傷の攻撃をしているはず。だのに、アンタの周りで攻撃は全て消失する。まるでお主の周りだけ別空間にあるよう……」
槍と血で作られた双剣がぶつかった。
戦闘の腕はアトラスの方が上だが、異能では圧倒的に櫛渕の方が上だった。槍を弾き飛ばし、隙のできた彼に攻撃するが剣は彼の付近で消える。すかさず血をメリケンサックに変えて殴りにかかるが、攻撃は当たることはなかった。
どれだけ隙を見せても攻撃は当たらない。それを利用して、飛ばされた刺股槍を拾いあげていた。
「終わりにしようか。最後に聞くよ。投降するなら手は出さない。チャンスはこれきりだ」
手錠を投げ捨てる。
それはアトラスの足元へと転がっていった。
「それをつけて大人しく投降しなさい」
「そうじゃのー。お主の周りはまるで別空間にあるようだ。こことそことの間にある空間の壁、そこを通った瞬間攻撃は全て消える。対処の仕方は儂には分からん。負けを認めようかの」
自分で自身の手に手錠をかけていく。
大人しく相手側に向かって歩いていく。警備隊の列を抜け、青い制服を着た警官の手に渡る。こうしてアトラスは逮捕した、と多くの者が思っていた。
『苑怒儽剃紅龍亞』
地面の血が龍と変わり、その龍が警官達を襲っていった。彼らの流した血が変形し武器と変わり周りを襲う。さらに、流された血が武器に変わる。全員が死ぬまで永遠に攻撃が続く血の攻撃。
「老い先短い命でのう。命なんてもん捨てでも悪の拠り所を守りたくてな。最後まで抗わせて貰うぞよ」
血によって鍵が作られており、手錠は簡単に外されていた。
紅の龍は異空間への壁を通っていくうちに消えていく。
鋭い槍がアトラスを貫いていた。
「儂ぁ、生まれが悪くてのう、皆と同じ光の道には行けなかった。そんな儂を救ってくれたのが悪の道じゃ。光の中にいれない輩の戯れる場所。その場所こそが儂の救いとなった。悪が繁栄して欲しいと願っとるんじゃないぞ、悪を受け入れる場所が残って欲しいと思っとるんじゃよ」
アトラスはそのまま瞼を閉じた。彼が再び瞼を閉じることはなかった。
「悪を受け入れる? 私には理解できないな」
櫛渕はそのまま未知なる廊下を歩いていった。
レイは糸を上手く操り数々の敵を蹴散らしていた。
そして、とある部屋に入り込む。そこからは只者ではないオーラが放たれていた。
その部屋では幹部の一人が佇んでいた。
「いらっしゃい。警察さん。私実は~、なんて言ってたら、警察じゃなかった。うふ」
和風チックな部屋。緑色の畳が味わい深い。白い障子と木の枠組み。シンプルな造りがわび、さびを感じさせていく。
「まさかこんな所で会うとはね。会いたかったよ」
レイは彼女を見てトラウマを思い出していた。トラウマが体を震えさせる。
恐怖の感情を押し殺し顔は笑顔でいるが、手は震え、それを抑えるために片手で強く握る。
一方で対面する獅子神夢奈は本心から喜んでいた。
レイはどうしようもない恐怖にかられていった。
「久しぶりだね。澪ちゃん──」
レイ。それは仮の名前でしかない。
彼の本当の名は──
獅子神澪。