二譚 特殊なマスク所持者同士の戦い
【前回のあらすじ】
雨雲の力を得られるマスクを手にした奈路は怪しい男どもに襲われそうになったため逃げた。逃げた先の工場で、新たな刺客が現れたのであった。その刺客は同じように特殊なマスクを手にしている者だった。
入り込んだ人気ない廃工場。僅か数年前から流行りだしたコロナの影響で潰れたこと廃工場は人がいないだけで取り残された機器は少し錆びてはいるもののこの工場に残っている。
目の前の男の周りでは熱気が揺らめいている。
彼の目は鋭く冷たく私を殺す気でいる目だった。
突然狙われたせいで混乱していたが、少しずつ冷静に判断できるようになってきた。それとともに、死にたくないという気持ちが増幅していく。
「あなたは何者何ですか。私が何かしたっていうんですか?」
「俺は秘密裏に日本を守るために動く秘密結社ホーレのメンバー。雨女……唐突なゲリラ豪雨で川が氾濫し川遊びしていた五歳の男の子と三歳の女の子と彼らの母親が亡くなった。それだけでも十分に罪だが、この地域を混乱させている罪もある。これ以上の被害は食い止めなければならない」
マスクから出る火の粉。私のマスクと同様不思議なマスクなのだろう。私の場合は雨雲を繰り出すが、彼に至っては火を繰り出すようだ。
火の粉が放たれる感覚がはやまり、火が集まり小さな炎となる。
強くなる漂う炎が強まっていく殺気を感じさせた。
「表にはまだ出ていないこのマスクはつけているだけで人間を超越した力を得られる。炎を繰り出したり雨を降らせたりと人間じゃ不可能なことをやり遂げられる。悪用すれば国家転覆なんて夢ではない」
マスクの口を動いたような気がした。
熱気で作られた蜃気楼が姿を捉えさせない。
「なのにだ。表沙汰になってないせいで、マスクで悪事を働いても、その悪事の証拠が信用されず警察は捕まえられない。白状ですらも証拠にすらならない。それどころか頭がおかしい、つまり精神的な問題があるとして罪が軽減されるかもな。結局、警察じゃ何にもできない」
彼の口から火炎放射が吹き出した。
思わず悲鳴とともに雨雲を繰り出した。降り注ぐ雨が火炎放射を霧へと変えていく。
近くの機械を潜り抜けて逃げるように進む。
このままでは死んでしまうと、本能が叫んでいる。
炎は機械を飲み込みながら着々と近づいていた。
「警察じゃ無理なら私達でやればいい。マスクで悪事を働く罪人を俺らで断罪する。その組織こそがホーレだ。基本、殺すつもりはないのだが、抵抗するなら殺す気でいる。でなければこちらが死ぬ。マスクの着用は拳銃を持っているのと同じなんだからな」
空高く飛んで炎をまとった足で目の前の機械を破壊した。
向きを百八十度転回し小さな雨雲を作った。
ミニ雨雲が炎を消し去る。それによってできた道を進んだ。
「何それ。炎を放つだけじゃないの?」
「火炎のマスクだ。放射だけでなく、蜃気楼を作ることも、炎を体にまとうことも、熱で身体能力を上げることも可能だ」
制服が汚れるとか、スカートとか、もうそんな余裕なんてないし、考えていることが馬鹿馬鹿しい。機械の上に立ち、次の機械へと立つ。そして、タンタンと移動していき彼との距離を離していった。
高い場所から思いっきり飛び降りる。
落下の衝撃を地面に転がることで弱めた。服や体は、黒や灰色に染まった。
機械の裏に隠れる。
なぜか息切れはしていない。このマスクのお陰だろう。
「『火魔・御神火』ここの所有者には申し訳ないが、機械を一掃させて貰う」
噴火のような炎。燃え盛る炎が周りに波及していく。
思わず近くの壁側へと逃げ出した。
このままでは、炎に巻き込まれる。お願い間に合って、と腹に力を入れた。
「殺らなきゃ。殺される!」
近くに転がっている鉄の棒を手に取った。
一か八か。返り討ちになるかもしれないけど、何もしないでやられるよりもマシだ。
「そこか……。ん、武器か。やはり簡単には投降してくれないのか。まあ、投降するふりをして、隙をついて攻撃されるよりかはマシだな。こちらも、やりやすくなる」
男の体がメラメラと燃えている。
見ただけで炎によって身体能力が上昇していることが分かる。
「いやいや、先に攻撃してきたのそっちじゃん。私だって武器を手に取るよ。正当防衛、分かる?」
マグマのような泥水のように粘りっこい炎が機械を巻き込みながら近づいてくる。機械は壊れ、溶け、地面には瓦礫のような残骸が残るばかりだ。
マグマも、男の炎も全てを消火する大雨を降らす。
「お願い。降って。間に合って。大雨!」
工場を覆う雨雲。工場の中にだけ強い雨が降り始めた。
外の景色は晴れ日和。中の景色は雨模様。
雨がマグマを霧に変えた。
すぐに降り止む雨。工場には白い霧だけが残された。
油断している場合じゃない。今は霧で攻撃されないかもしれないが、霧が晴れたら、炎で霧を吹き飛ばされたら、すぐに攻撃される。そしたらもう勝ち目はない。
「やるんだ!」
心に喝を入れて、鉄の棒を持ちながら走る。
人型の黒い影に向かって私はコレを振り落とした。シルエットは蹴りを入れようとしていたがどこか遅く、私の振ったコレの方がはやく当たった。
いい音が霧に消えていく。
男は蹴りを入れる前に地面に倒れた。
靄が晴れる。目の前には多分気絶した男が寝そべっていた。
「こ、殺してないよね。と、と、とりあえず、逃げよう」
ザワつく工場を後にしようと外へと向かった。
陽の光が射す外に出た。そこには三人の男女がそこに立っていた。
「先輩……もしかして負けたのでは?」
「「偉は簡単には負けん」と言いたいがマスク所持者の戦いはいつ負けてもおかしくない。最悪死んでもおかしくないんだ。油断するなよ、お前ら」
貫禄ある男性の放つ一言一言はとても重い。
大人しそうで緩りとした女の子と鋭く冷たいオーラを放つ女の子が彼の後ろから顔を覗かせる。
「そこの怪しげな男どもはお前の仲間か?」
火炎の男との戦いに必死で、私がここに追いやられた原因である怪しい男どものことが頭からすっかり抜け落ちていた。
「いえ、違います」
「そうか。彼らには大変申し訳ないことをしたな」
「ボコボコのボッコボコにしたものね」
そして、男どもの束を彼らは軽々と倒したということか。この状況、結構ピンチなのではないかと思う。
手に持っている棒を強く握りしめる。
また一か八かやるしかない。
私は真正面から突撃することを決めた。
「退いて! 退かないと──」
「退かないと……どうなるの?」
いつの間にか後ろに移動していた女の子。彼女の持つスタンガンが私の体に触れた。
曇りもない明るい太陽の下というのに、視界はだんだんと暗くなり、いつの間にか私は暗闇の中へと落ちていた。