二十八譚 最後と最初のHoLE
【人物紹介・2】
〇ケー・ロ・ゼット 謎の変人
……金の武器を取り出す異能。謎に包まれた変人。
〇土岐櫛渕 警察
……護衛としてホーレに入ってきた。
〇九 ビビ 風俗嬢
……裏のホーレにおける戦闘員として入ってきた。
〇立花愛溜 高校生
……表の喫茶店のバイトとして入ってきた。
モンスターを前にして、勇敢に立ち向かう兵隊達。彼らはモンスター討伐の訓練を受けたもの達である程度の強さまでなら数人掛りで倒せる。
彼らのお陰で最近はモンスターによる被害も少なくなってきている。蔓延るモンスター達も弱いものばかりだ。それもこれもまだ魔力石が二つも残っているからだそうだ。
それに連れてホーレの裏の仕事も減少。
さらには表の喫茶店も今年最後となる。
雪の降りそうな寒さの中、乾いた風がひっきりなしに吹いてくる。
「今年最後のホーレは平和に終われそうですね」
「ああ。平和こそが一番いい」
二人の会話を聞きながら、ホーレは閉店時間まで一直線に進んでいく。
このまま平穏に今年最後のバイトも終わると思っていた。
外から悲鳴が飛び交う。さらには、聞き覚えのないような音が鳴り響いている。モンスターの可能性が高かった。
「こっちに近づいてきていないか」
店内にいた人々は外に出て、民衆に加わり逃げていった。
四足歩行の翼の生えたドラゴンのような、けれどもどこか単に大きな爬虫類みたいな見た目だ。モンスターに対面するのは私、黒、偉、椎奈、愛溜の五人。
唸りとともに口から放つ無数の針。
「危ない。『火魔・蚊遣日』くそっ、防ぎきれなかった」
幾つかの針が先に張り巡らされていく炎のバリアに入り込んでしまった。ほとんどは炎のバリアに弾かれたり、バリア内に入り込んでも誰にも当たらず地面に当たり不発弾となる中、一つの針だけ私の右太腿を貫通した。「痛っ」と反射的に放った。
「大丈夫か。奈路」
「私は大丈夫。致命傷なんかじゃないから。それよりもあのモンスターをお願いします」
モンスターに人間の理論は一切通用しない。
無知な私は針をすぐに抜き、地面に放り投げた。血が地面に滴り落ちていく。
偉は炎によって身体能力を上昇させ、炎を纏う蹴りでドラゴンの頭を粉砕した。それは冷たい冬風に吹かれ、塵となって消え去っていった。
仲間達が振り向いて私のことを心配する。
「おい、危ないっ!」
攻撃を受けたことの心配ではない。何か、さらなる脅威を前に焦りを含んだ顔だ。
足元にひんやりとしたゼリーの感触がする。
さらなるモンスターだった。
服の絹に浸透し気持ち悪いようなゼリーの冷たさが足を震えさせる。
緑色のスライムモンスター。スライムモンスターは主に、何かに触れると技が発動されるパターンが多い。例えば、炎のスライムなら攻撃を受けると反射的に炎の攻撃を繰り出す。きっとこの緑色のスライムも。
下手に攻撃はできない。
私は立ち尽くした。
そう言えば、さっきまで痛みを含んでいた太腿が痛くないような気がしている。それのいる太腿を見ると、傷口が塞がっていた。
害がないような気がして私はそれを持ち上げた。予想通り、攻撃されなかった。
ホーレにスライムを持ち帰った。
黒が腕を傷つけてスライムに当てると、その傷口はみるみるうちに閉じていった。
「まだ確証はないが、そのスライムは傷を回復させるスライムかも知れんな」
意思を持ったモンスターは私の元にきて絡んできた。
小動物のような気兼ねさがとても可愛いい。
「とりあえずこちらに預けさせて貰いたい。もし害があるかどうか、回復の性能などを知りたい。いいか、奈路」
私達はこの緑色のスライムを預けることになった。
客が逃げたこの店内では片付け作業に追われた。もう客はこないことを見越して閉店時間前に片付けを終えた。
帰宅準備。私は更衣室で着替えていった。
そこで、愛溜が口を開く。
「椎奈先輩。お願いがあります」
「何。何の用?」
「さっきの戦闘を見て、ウチ、足でまといになると感じたんですよ。だから、愛溜も最低限戦えるように、護衛用暗殺術を教えてくれませんか」
彼女は黙り込む。
その部屋の中は無音に包まれた。
「いいよ。休み返上で教えてあげても。ただ、死ぬ程辛いし、この事は誰にも悟られてはならないから。それでもいいなら、いいよ」
「わかりました。その方向でお願いします」
「私もお願いします。私も足でまといのままでいたくない」
連られて私もお願いした。理由は愛溜と同じだ。
この沈黙は私の意志をより強めていってくれた。
今年最後は修行で終える。
教えて貰う技はナイフに関するものだった。
やはり一朝一夕でできるものではないと実感する。暗殺なんてもの上手くはいかない。
そう思っていたのに愛溜ははやく技を身につけていった。
「愛溜は才能があるよね。飲み込みがはやい気がする」
誰もいない静かな森の中でナイフを振り回す。傷付いた太木が幾つもできあがっていく。ナイフの先端を自分側に、そして、左腕の左側が刃になるように持つ。そして、切りつける。
シュッという音がする。
敵に見立てた木のミネを鋭く切りつけた。
「それに左利きは右利きを相手にした戦闘が多くなる日本でとても有利ね」
私だって負けていられない。
まずは敵に行動が悟られないように小刻みに動き、攻撃する時に力強く踏ん張りナイフを早く突き刺す。
ナイフが木のミネを穿ち、皮が剥がれていった。
「奈路も初心者にしては出来ている方。けど、実践で使うとするならもっと努力が必要ね」
空風が吹く中、私達は手の皮が擦り切れる程、太木を切りつけていった。
大晦日の大掃除、新年の家族行事、二日には初詣、三日は家族の時間と家で一日一日を過ごしていった。
四日目、五日目は椎奈による指導。
六日目からホーレが始まり、バイトに入った。
「奈路。正式にこいつは我々で預かることになった」
緑色のスライムだった。
スライムが手を乗った。擦り切れていた傷がみるみるうちに消えていった。スライムは私に会えたのが嬉しいのかはしゃぐように腕を伝って肩周りで遊んでいった。
「なろろん、この子に名前つけようよ」
「そうだね。なんて名前つけよう?」
開店前のホーレではスライムで話題が持ち切りだ。
「普通にスライムでいいんじゃないか」
「うーん、それだとなー」
名前を出し合って没になる。最終的に残ったのは「ライム」だった。緑色ということもあって果物のライムでもあり、スライムの二文字目以降のライムでもあり、と全会一致で「ライム」に決まった。
「よろしくね、ライム」
楽しそうにはね回るライム。
動物のようにじゃれつき、けど、動物とは違う感触がまた別の感覚にさせる。
ホーレに可愛いペットが増えた。
さらに活気づいていく店内に思わず笑みが溢れていった。