二十七譚 戦争名 コミケ
〇この回は二次創作的なものが含まれています。嫌いな人はその部分を軽く飛ばすことをご提案します。
コミケ。それは重度のヲタクから軽度のオタクまで全てが集まる一大イベントである。私は軽ヲタと呼ばれる俄以上廃人以下のヲタクなのである。
コロナのせいで人数制限された会場。勝負は入場チケットが配布される時から始まっていた。チケットは抽選型。あらゆる手を使い、チケットを手に入れまくった。そして、私の手には四枚のチケットがある。
全てを払わなければ手に入れられない。一枚でも買わないということはできず、全て買うか、全て買わないかの二択しかない。
余分すぎたチケット。転売はやってはいけないこと。転売が横暴しやすいこのチケット、対策は万全でやろうとすること自体が浅はかだ。
せっかく手に入れたチケット……。無駄にはしたくないのに、三枚も無駄になるのに高いお金を払うのが気がひける。
私はどうしたらいいんだ。
相談しようにも私が腐女子だと学校にはバレたくない。ということで、友達や幼なじみ、クラスメイトには相談できない。じゃあ、どうすればいいのか。
そこで頭に浮かんだのがホーレの人達だった。
バイト終わりに先輩の椎奈とレイに相談した。レイは乗り気で、椎奈は嫌々な感じだ。
他言無用。この約束を条件にレイを誘い、一方でレイは平日であることを条件にし許諾した。この契約は一致し、交渉に成功した。一枚は無駄金にならずに済む。残るは二枚、二人だ。
黒や偉、凛はシフトに入ってるのでパス。愛溜は同じ学校だし論外。このままじゃ駄目だ。
「もういっそのこと暴露すればいいと思うけど。そっちの方が居心地良くなるんじゃない」
「悪くなるの。学校のみんなに私が腐女子とバレたら、もう……学校生活は終わってしまう。だから、友達にもこんなこと言えない」
後ろの気配を察知。誰かがいる。
少し背が高い。
「なぁ、友達にも言えないって何のことだ?」
翔だった。
閉店後に、何故かやってきていた。
「な、何でいるの。というか、聞いてないよね?」
「ん? たまたま帰り道に通ったから寄ってみただけだよ。あっ、腐女子とバレたら……からしか聞いてないし大丈夫だよ」
思わず手が動いていた。溝打ち腹パン。
「聞いてんじゃん。あっ、ごめん。思わず殴っちゃった。今のなしね」
やってしまったことをなかったことにするように笑った。女は可愛い笑顔を浮かべれば何でも許される……訳ないか。
「翔……。いい所にきた。奈路、コミケのチケット余分に取ったから一緒に行って貰いたいみたいなの。協力してあげたら」
「い、言っちゃ駄目!」
「ああ、コミケかー。奈路って行くんだ。コミケ」
手が勝手に動いて彼の首元を掴んでいた。自分でも飛びっきりの笑顔で脅しの口調へと変わっていくのが分かる。
「これ、秘密ね。誰かにバラしたら殺すから」
彼は引き気味かつ怯え気味でその場に立ち尽くす。
そのまま無言で頷いていた。
「バレたのなら仕方ない。どうせ暇でしょ。これで二人目。後はやっぱり椎奈さんが来れば……」
嫌だよ、と言わんばかりの顔だ。
「なぁ、嫌々椎奈さん誘うんじゃなくて、もうヤコでよくね?」
ヤコとは、私達の友達、小林ヤコのこと。
「駄目。学校のみんなにはバレたくないの。もちろん、友達にも」
「あっ、ごめん。ライン送っちゃった。あっ、返事返ってきた。コミケ行っていいってー」
さっき秘密と伝えたことを憶えていないのだろうか。殺意が湧いてくる。
ドゴォ。
気がついたら翔をシバき終えていた。
「秘密って言ったよね? とりあえず、今はこれだけで許してあげる」
もう笑顔が止められない。本当の気持ちを隠すのに笑顔はとってもいい方法だ。
『遊びに行くんだよね?』『詳しい日程とか教えて』
さらにスタンプ。もう小林で決定でいいか、と鷹を括った。
私、レイ、翔、小林。この四人でコミケに行くことになった。これでチケットを無駄にすることはなくなった。
人の波を抜け出た後に開かれるヲタクの祭典。そして、売り手も買い手も命懸けの戦争の土地。コミケとはそういう所なのだ。
睡眠はしっかりとれてるか、ここからはもう戦争の地だ。
私は好きなキャラクターのコスプレでやってきていた。ラップアニメのキャラクターで一番可愛い男の子のコスプレだった。
「恥ずかしくないのかなー、みんな、コスプレして」
ピキつきそうだ。どれだけ殴られたいのだろうか。もしかしてMなのか。コスプレしている私を前にして言う言葉ではない。
ただ、コスプレと言っても過激なものではなく、一般人の服と変わらない感じがあり気づかないのも頷ける。まあ許してあげよう。
パンフレットを見る。狙いのスペースをチェックした。
神スペースは先に抑えなければならない。
「私がコミケの楽しさを教えるから着いてきて!」
素人三人を引っさげて私達は人たまりの中を進んでいった。
最も欲しかった同人誌は手に入れた。後は自由に回れる。
「みて、凄くない。あの衣装」
「可愛い~」
レイも小林も楽しそうで何よりだ。翔は……知らない。
遊園地のような人の多さと現実世界とは思えない異世界のような雰囲気。現実を忘れてはっちゃけるこの空気で日々のストレスを解放していく。
「よう。姉ちゃんも同じ穴の貉だろ。拙僧と共に写真撮らねぇか」
共通したアニメのコスプレをしてる、いわゆる同業者。
見知らぬ人でもここでは仲間。最高の時間を共にする人になる。
「ボクも写真撮りたいと思ってたところなんだ~」
キャラクターになり切って彼の近くにきた。
何枚か撮られる写真。それを見て他のヲタク写真家も写真を撮り始めた。
「kickするmy rapはJust like this」
彼の一言でその場は盛り上がっていった。
私はその場の雰囲気に流され楽しんだ。
すぐに三人のことを思いだし、彼らの元へといき謝罪した。
コミケも一通り楽しみ、その後アフターとして近くのショッピングモールに移動した。
「何か独特な雰囲気だった。初めてだったから、楽しかった」
「良かった。来てもらってるから楽しめなかったらどうしようかと思ったよー」
小林は楽しんでくれている。まずは一つ目の安堵。
「僕も楽しかったよー。僕にとって休みの日って、祝日と長期休暇しかなくて、こうやって遊びに行ける日なんて全くないからさ。すごく嬉しいし、楽しいんだ。ありがとね」
言ってることを理解できなかったが、とりあえず楽しんでくれたことは分かった。二つ目の安堵。これで安心できる。
私達はフードコートに座り駄弁っていった。
「次は私もコスプレしてみようかな」
「うん、いいと思うよ。きっと楽しいよ」
彼女を腐女子への道を歩ませようと魔の手を伸ばしていく。
レイにも手を伸ばしかけていた。コスプレ用の腕に巻くリストバンドをつけようと無理やり服を巻くしたてていった。彼の許可なくそれをつけさせていく。
彼は泣きそうで我慢していることに気づかなかった。彼を苦しめる記憶のしがらみに気づけなかった。
小林と私とで彼の腕に巻かれている包帯を無理やりとってしまった。
包帯に隠されていた腕には無数の傷跡。
リストカット痕。
見てはいけないものを見てしまった。
「ごめん。レイ。私達、ふざけ過ぎてた。本当にごめんなさい」
私達はもう退くしかない。
非常に気まずい空気になった。
「…………ごめん。気にしないで」
あの時見せたレイの様子。何かに私達を強く怯えているようだった。なぜはやく強く怯えている様子に気づけなかったのか悔やまれる。
巻かれていく包帯。
レイの抱える闇の深さが垣間見えた一時だった。