二十六譚 「立花愛溜」
授業が終わって昼の時間。
いつもの弁当を食べる時間だ。いつもはクラスの友達と一緒に食べるが今日は違った。別のクラスの女の子が一緒に食べたいと言い寄ってきたのだ。私にとっては、彼女のことは全く分からない。縁もなかったが、彼女は私のことを一目置いていたようだ。
立ち入り禁止の屋上。そこへと続く扉は鍵が閉まっていた。
その前の階段で弁当を広げて階段の上に座る。
彼女はパンの袋を破った。メロンパンだった。
「ウチ、二組の立花愛溜。よろしくね」
「私は六組の鵜久森奈路。こちらこそよろしく」
「みんな、なろろん、って呼んでるんだっけ? ウチもなろろんで呼んでいい?」
私は「いいよ」と言った。代わりに、彼女のことを「めるるん」で呼ぶことになった。
白いご飯に黄色いふりかけをかけていった。
卵味のご飯を箸で摘み、口の中に頬張った。
彼女はメロン擬きのカステラ味のパンを同じように口の中に頬張った。
「ウチ、君の働いてる姿見たんだ。傷ついた人を安全な場所に移動させたりしてたよね。愛溜は、そんな仕事したいと思っててさ。だから、紹介して欲しいんだ」
美味しくもない昨日のオカズの余りと肉を合わせて口に入れる。不味さと肉の肉汁が味を相殺していく。
「うーん、それは難しいかも」
「お願い。この通り。やってみたいの。その仕事」
どう言い訳すればいいのだろうか。
ホーレの裏の仕事はバレたくない。言い訳を頭の中に召喚して精査していった。
「ごめんね。あれは……。たまたまおつかい頼まれた時にモンスターに遭遇したから、ああいうことになっただけで。ほんとは単なる喫茶店でのホールの仕事なんだ」
「そうなの? てっきり、化け物退治の仕事かと。あ、けど、みんなにバイトするって言っちゃたし」
袋の中には半分残ったメロンパンがある。袋を輪ゴムで巻いて封を閉じられた。もうごちそうさまなのだろう。
「お願い。喫茶店のホール仕事でもいいから、紹介して!」
拝むように手を合わせ私に向かって目を瞑る。
断りたくても断れなかった。
「い、一応、店長に聞いてみるね」
「ありがとう。絶対だよ!」
チャイムが鳴った。
適当に弁当の中のものを口に入れ食べ終える。
そして、次の授業に遅れないように足早に教室へと戻っていった。
昼後の授業もダラダラと終わり、掃除をし終えて帰り時間となった。
帰りの仕度をしている時に、愛溜がそこに来ていた。
「やっほー。来ちゃいました。一緒に帰らない? これからウチら友達だし、いいよね?」
近くにいた友達三人が何かはしゃいでいる。
とても異様な光景に思えた。
「いいけど。あっ、みんなも……って、どうしたの?」
「どうしたのって、二組の立花愛溜じゃん。一緒に帰れるなんて凄いことだよ!」
茉莉花は興奮していた。私はとても戸惑ってしまった。
「どうしたの?」
「え、知らないの。愛溜様は凄い特技を持ってるんだよ。その特技目当てに友達になろうと近づく人も多いし。けど、みんな友達になんかなれないの」
「まあね。それだけが目的で近づく人は終わったらもう縁切られるし、それをやられてからはもう友達は自分からしか作らないことにしたんだ」
なるほど。凄まじい特技を持っていて、そのせいで偽善的な友達面が利用しにくるから、友達になろうとする者をシャットダウンしているのか。可哀想だなと思ってしまった。
ところで、その凄まじい特技とはなんだろう。気になってソワソワしてしまう。
「ウチの特技は縁結び祈願。高確率で好きな人とカップリングにさせることができるんだー。良かったら、なろろんも好きな人とくっつけてあげようか。ただ、有名人とか二次元とかそういうのは無理だよ」
凄まじい特技だ。
「ほんとにすごいんだからね、本当にカップルになるんだもん」
そんな特技を持っていたら、そりゃあ人が寄ってくるわ。しかし、どうやってカップルにさせるのだろうか。祈願と言ってたし、神社にでも祈るのだろうか。もしかしたら、何でも叶う神社を見つけて、そこを独り占めして祈ってるのか。という妄想をする。
「それで好きな人とカップりたい?」
頭の中に偉の姿が浮かんだ。
藁にも縋って、この恋を実らせていいのだろうか。
私には勇気がない。だから、この手を使って偉と結ばれなきゃ、もぅ彼との機会はなくなるかも知れない。けど──
「いや、やめとく」
彼氏は自力で作りたい。そうじゃなきゃ、きっと私と彼との心はより近寄れなくなる。
「えっ、嘘。もったいない。なろろん、ほんとにいいの?」
茉莉花の圧にも屈しない。私はその特技を利用する気にはなれないのだから。
愛溜は不思議な力を持つみたいだ。
人と人とをくっつける不思議な力が。
「今までどれぐらいカップル成立させたの?」
「うーん、覚えてないかなー。失敗した数なら覚えてるよ。四組。ちょっと神様は味方しなかったみたい」
帰り道。
分かれ道を前に次々と別れていき、残されたのは私と愛溜のみとなった。
「あ、愛溜の道ってこっちじゃないよね?」
「そうだけど、お喋り楽しいからいいよー」
そんな理由でわざわざ同じ道を歩いてくれていた。
申し訳ない気持ちで彼女と別れ、ホーレへと向かった。
マスターに彼女のことを言った。
返ってきたのは「厳しい」の三文字だった。
私も「ですよね」と四文字を返した。
入り口が開いたお客だと思って顔を向けたら、現れたのは愛溜だった。
「なろろーん、着いてきちゃった」
明るい表情で入ってきた。
ボブカットの髪が揺れる。スカートがなびく。
「なろろん。伝えてくれた?」
「伝えたけど、厳しいって」
「分かった。直談判してくる。それで店長さんは誰なの」
彼女はマスターを呼び出した。
二人は裏へと向かっていった。その間、マスターの代わりに偉が入り、ホールメンバーが少なくなった。私とレイの二人で品を運んでいった。
短いような長いような時間。
ようやく帰ってきた二人。
「なろろん。これからバイト仲間だね。よろしくね」
掴みどころのない動きで私に寄ってきた。
すぐに別の場所へと向かっていった。
「これからお世話になります、立花愛溜です。よろしくです」
「気がはやいね。ま、いっか。僕はレイ。よろしく」
掴みどころのない自由さ。子どもっぽいレイとは気が合いそうだ。
自由な笑顔が振りまかれていった。
冬休みに入った。
休みに入って初のバイトだ。
「ここで働くことになったアルバイトの立花愛溜です。特技はカップル成立させること。好きな漢字は「愛」です。愛し合い愛を溜めていきましょう。これからよろしくお願いします」
「私が新人の指導係を任せられてる裏山椎奈。これからビシバシいくから」
「はぁい。よろしくです」
愛溜のホーレバイトが始まった。
裏の仕事はなしで、表のみのバイトだ。
初日は椎奈や私の後ろに付きながら仕事を覚えるに徹した。そして、ホーレ三日目となり初めて一人で注文を取るようになった。
終始笑顔で丁寧に振る舞う。才能なのか私よりもテキパキしていて優秀にも思える。
その日のバイトも終わった。
「サービスが当たり前だと思わないで欲しい。こっちは最低限の仕事に加えて笑顔で対応してあげてるのに、何あの態度。ウザッ。注文された商品以上のサービスしてるっつうのに……」
グチグチグチ。愚痴が放たれる。
これから私は愚痴を聞かされるのかと思うとため息が出てしまう。ため息を吐いた後に空を見上げるとオレンジ色が満遍なく広がっていて綺麗だった。