十九譚 対決 雪嬢
男が刀を振り下ろした。
その刀を鋭い牙が噛む。刀は木っ端微塵に噛み砕かれ、割れた刀の先側が階段を転げ落ちた。
「口ほどにもねぇな」
任侠の男の顔面向かって放たれる炎をまとう蹴り。彼は吹き飛ばされ、壁にぶつかった。その場で戦闘不能となる。
「マスク所持者で数十、数百人分の戦力だ。一人相手するのも苦労ものだが、二人相手してるんだ。勝つ方が凄いだろうな」
偉は落ちている刀を拾い上げた。
「これは貰っていくぞ」
二人はそのまま四階へと向かった。
しかし、そこには誰もおらず銃弾が散る悲惨な場所となっていた。
「こちら、偉。一階から四階まで登ってきたが敵に遭遇ならず」
『こちら、レイと椎奈。非常階段から地下への道を発見し、地下に向かってまーす』
敵の気配がしない。
無線機のランプが光った。それを取り出す。
『こちらレイ。地下にて雪嬢と黒さん、発見』
「そうか。待機頼む」
偉は地下に向かうことにした。
「地下か。なるほどな。おい、偉の野郎。先に行っとくぜ」
リスタは床を食い散らかしながら地下へと向かった。
何でも喰らう牙の能力と特別頑丈となった野獣の皮膚。異能が普通の人から乖離した行動を可能としていた。
取り残された偉は仕方なく非常階段へと向かった。
階段につくと誰かが降りてくる物音がした。上から翔が降りてきていた。
「すみません。ちょっと気持ち悪くなってダウンしてました。今から戦線に合流します。地下ですよね」
二人で階段を降りようとした時、すぐそこに血を流した死体が転がっていた。
銀色の地面に咲く弾丸の花。金属の花園の上にある一つの死体。
翔はそれを直視すると、思わず気絶していた。
「まあ、当然か。死体慣れしてないとこうなるよな。それに、この死に方も惨いしな」
翔を安全な所に置いていき、そのまま地下へと向かっていった。
地下に辿り着くともうとっくにリスタと望良の戦闘が始まっていた。拷問部屋の拷問器具はどれも原型を留めず壊れている。その様子を見ながら椎奈とレイが黒の救出の機会を窺っていた。
床や壁から飛び出る巨大な氷柱。視界を奪う吹雪。砕かれ放たれる氷の礫。それらを野獣の身体能力と何でも喰らう牙で何とか食らいついていた。防戦一方の中で勝機を探っているみたいだ。
「ったく、そう簡単に勝てねぇなら早々に飛び出していきがるなよ『火魔・不知火』」
揺らめく熱気が室内を覆っていく。
吹雪が消え水に変わっていく。
「遅せぇじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」
「勝手にいくなよ。まあ、ここは共同戦線だな」
揺らめく熱気が雪を繰り出させない。
「目障りですわ。まだ、拷問が終わっていないですのに」
鋭い牙が彼女を喰らおうとする。
「早々と死になさい」
床から生えてくる氷柱に串刺しにならないよう氷柱の側面を蹴り飛ばし天井まで跳んで回避する。
その氷柱を横から一刀両断する炎の刀。氷柱の上面が切り離された。
「ナイスアシストだ」
切り離された氷柱を思い切り蹴飛ばすリスタ。氷柱が望良向かって飛んでいった。
素早く作り出される氷のバリアが攻撃を防ぐ。
「もう許さないですわ。命乞いしても、許しませんから」
大技を繰り出してくるようだ。
扇子を高く挙げた。
その間に、黒が何かに引っ張られていた。
レイだ。
彼は糸を黒に絡ませて引っ張ったのだ。
「はい。マスター救出。後は任せたよ」
「やるじゃねぇか。俺らも負けちゃいられないよな」
「ああ。そっちは任せた。俺らも負けてはいられないな」
床、天井、壁からひっきりなしに飛び出していく氷柱。
複数の氷柱が偉とリスタを襲う。
「『火魔・鉄火肌』今日は特別に暴れ回るか」
「俺様も同じように暴れてやるぜ」
氷柱を跳んで避け、力を体に入れ込んでいく。
規則なく暴れる炎の化身と野獣。氷は全て炎の牙を鋭い牙に噛み砕かれていった。
全ての氷柱が砕かれた。
望良は氷柱攻撃を諦め、礫を飛ばして攻撃していった。
氷の礫が空中にいる二人を襲う。
まとう炎が氷を軽く溶かすが溶かしきれなかった礫が皮膚を裂く。頑丈な体でも皮膚が裂かれた。
「これで終わりに致しましょう」
また、氷の礫が飛ぶ。
「『火魔・蚊遣火』何度も何度も同じ攻撃を受けるなんて世話ないね」
炎のバリアが現れた。その中に入ろうとする礫は溶け消えた。
そして、偉の横にいた輩はどこかへと消えていた。
「終わりにしようか」
火炎放射が放たれる。が、三重に張られる氷のバリアがその攻撃を防いだ。
「やりますわね。非常に厄介ですわ。ですが、このバリアは溶かしても復活するバリアですの。簡単には破られませんわよ」
「そんなもん、破る必要もねぇだろ」
バリアの中、床から現れるリスタ。
彼は望良の扇子を持つ腕を握り、強く睨んだ。
「俺は女子供に手を出す趣味はねぇ。だがな、仲間を傷つけたことは許さねぇ。だがまぁ、俺のシマでこそこそやってたてめぇらにも非があるが、制裁しに行った俺らにも少しは非があるだろうよ。だから、少し釈明の機会を与えてやるよ。てめぇらはあそこで何を企んでた」
バリアの中は遮断機能があった。
外の声が聞こえていない。偉が何かを話すように口を動かすが、リスタには届いていなかった。
「わたくし達を舐めてますと痛い目みますわよ」
氷の剣がリスタの体を突き抜ける。
隠し持っていた剣に刺されたリスタはその場で倒れてしまった。
氷で作られた盾と剣。
氷のバリアが外されると、偉は剣を振るい攻撃した。
氷の剣と炎をまとう刀がぶつかり合う。
部屋の半分を覆いはじめた雪。今度は望良が盛り返してきた。
炎と氷の衝突。
部屋が燃え上がり、部屋が凍りついていく。
時間が経てば経つほど氷は溶け水となる。その水が炎の威力を下げていった。
とうとう炎をまとう刀が折れた。
望良が優勢となり、防戦一方を強いられていく偉。
そこに、新たな助っ人が現れた。
「こちらデー部隊。地下で戦闘中…………了解。突入します」
盾を持つ警察がぞろぞろと地下に入ってきた。
「まさか警察が来ますとは。仕方ありません、撤退するしかありませんね」
吹雪が部屋の半分以上を覆った。
さらに、吹雪が強くなっていく。
「まずい。ここから逃げろ!」
その声は虚しくも届く前に大量の血飛沫が舞った。
その頃、私達は外で警察組織に保護されていた。
多数の警備隊に守られながら、中にいるみんなの無事を願っていた。
突然現れたパトカーなどに驚きを隠せなかった。
まさか山奥にこんなにもガチガチに武装した警察達がやってくるとは思いもしなかったからだ。
建物の中から出てきた椎奈、レイ、そして、黒。三人の無事が知れて涙が出そうになった。
「マスター。無事で良かっ──」
黒の元へと駆け寄った。そこに立っていた黒は、片目が潰されていて、片腕が酷くボロボロとなっていた。
おぞましいその姿に恐怖と悲哀で涙が零れていった。
黒は無傷とはいかなかったのだ。
「泣くことはない。俺は死んでいないぞ」
目の前で人が死んでいって……死んでいった人々はその死を弔われる暇もなく無下に踏み躙られていく。
強く強く頭の中に響いていく。善と悪の狭間に挟まれる。
みんなで逃げたい。もう誰も傷ついて欲しくない。
そんなことを願っていた時、襲いはじめる猛吹雪。その吹雪の正体はきっとショッピングモールの時のと同じで、敵の仕業だろう。
頭の中を過ぎる、翔、偉、リスタの死。
一つ一つの死の想像が私を辛くさせていく。やはり、人が死ぬのは恐すぎるな。
手を伸ばしても何も起きない。
何も無い空気を掴もうとしても、何も起きなかった。
何も起こせない無力な私はいもしない神に無事を祈ることしかできなかった。