一譚 "雨女"
「ねぇ、今日はさ、帰りにさ、ガチャカプに行こうよ」
「あー、最近オープンした店でしょ。ガチャガチャの種類がパないって噂だよねー」
「なろろんも行くよね?」
いつも私は受け身だった。自分の意思は関係ない。ただ誘われたからその誘いに乗るだけ。
慣れたように笑顔を作って「うん」と言う。
変わりたい。そんなこと思っても、結局私には変わる勇気なんてない。今までの積み重ねで作られた私のキャラを今更ぶち壊すなんてできない。
学校が終わり、友達についていって店へと向かった。
作り物の笑顔と、無理やり合わせていく会話。等身大の会話なら苦痛にもならないのに、背伸びしてまで友達と合わせて、疲労とお金をすり減らしていく。
キャッキャ、キャーキャー、ワーワーと他を寄せつけない空気で道なりを進んでいく。冷たいそよ風がスカートを揺らし、髪をなびかせる。弾む会話と弛まぬ笑顔。楽しいはずのその青春も、心の底では何も感じない。
ファッションなんて興味がない。ブランドなんか知らない。化粧も興味なんてない。無意識のうちに自分への自信が喪失していて、諦めの域に入っていることを知りたいとも思わない。
多くのガチャ台が陳列している店、店名ガチャカプ。それぞれがガチャを眺めて、可愛いものを物色している。
彩るビビッドカラーが目に余る。可愛いけど、欲しいとは思わない。きっと私の感性はみんなと少しズレているのだろう。
そもそも腐女子気質のある私が順当女子高生と一緒にいるのが場違いなのだ。私はダイヤルを回さずに眺めてるだけしかできなかった。
カラフルなアニマル。学校にある物のミニチュア。ゆったりとしたふわふわなモンスター。それぞれがダイヤルを回してカプセルを落としていた。
「ねぇねぇ、なろろんはガチャガチャ引かないの?」
「…………いいのが見つからなくて」
「じゃあさ、あれなんてどう? 何か出るかはお楽しみ。運試しのガチャガチャだよ」
指差された一つの大きな台。千円ガチャと書かれている。
百円から三百円程度のガチャが普通だが、それはその十倍もかかる。その代わり、運が良ければ家電製品など千円で一万以上のものが手に入る可能性がある。まさにロマンの塊だ。ただし、大半が百円から三百円程度の代物に変わってしまう。
財布を取り出して中身を見る。
千円が消えるのは痛いな。けど、ここでお金を使わなかった場合を想像すると入れなければいけない気持ちになる。きっと羽振りの悪い私を見てみんなは私を見限るかも知れない。見限らなくても気を遣わせてしまう。そのイメージが私に札を握らせた。
一枚の紙が機械に吸い取られていく。
ガタンッと物が落ちた。私はそれを取り出して、カプセルを開いた。中には装飾されたマスクが入っていた。
装飾が施された灰色のマスクだった。表面は雲のような幾何学的模様が広がっている。
滑らかな感触。生地がよさそうだ。それと、洗えば何度でも使えそうだ。
「ねぇ、つけてみてよ」
「わぁ、面白いマスク。つけて、つけて。写メるから!」
流されるまま不織布マスクとそのマスクを入れ替えた。
スマホに付随しているカメラのシャッターがきられる。無音の音が鳴り響いた。
「はぁ、プリクラぁ~。カメラじゃなくてプリクラで撮っておきたいなー」
「コロナで地元のゲーセン潰れたもんね」
もし地元のゲームセンターがコロナで閉店しなければ、私は有無を言わされずに連れていかれるのだろう。なんてこと考えてたら、無意識可でため息が出てしまった。
マスクが引き起こすトリガー。
ポツポツという音が聞こえてきた。嫌な予感。鞄の中を確認したが折りたたみ傘は入ってなかった。
「わっ、雨だ。強くなる前に帰ろう」
その場で傘を持ってる人は誰もいなかった。小雨のうちに帰ろうと必死になって外へと向かう。
外に出ると──晴れ晴れとした景色が広がっていた。
いつの間にか雨は止んでいた。
不思議なことに、その雨は私達のいるガチャカプにのみ降っていた。その意味不明な雨雲は風に吹かれて消えていった。
それから晴れの日に雨が降る不思議な現象が続いた。
謎の現象に恐くなって震えが止まらない日々もあったが、すぐにその現象の原因に気づくことができたお陰で不安は解消された。
摩訶不思議な雨はガチャで当てたマスクをつけている時に起きる。
持続時間や強弱はランダムでも、意図して雨を降らせることができた。
自由に雨を降らせられる。
夢のような道具を手にした私は何度も何度も雨を降らした。来る日も来る日も雨を降らしていく。いつしか持続時間を変えたり強弱つけたりできるようになった。雨を長く強く降らせるには思いっきり体に力を入れて雲を繰り出すまでのタメを長くすればいい。
持続時間は最大十分から十五分まで。降る雨が強ければ強いほど持続させられる時間が短くなる。
窓の向こう側は強い雨が降りしきる。はやいテンポで素早く落ちゆく雨粒が地面にぶつかって雨音を響かせる。五分もするとこのゲリラ豪雨はすぐさま消え去った。
ピロリン。
雨が止んだ後になるラインの着信音はよく響く。送ってきたのは近所の幼なじみだった。
『雨、降らしたのお前だろ? 急に降らすなよ』
私が雨を降らせられることは家族と友達とこの幼なじみのみが知っている。ゲリラ豪雨がくるといつも私が疑われる。まあ、疑われるようなことはしているが……。
適当に返事を打ち返した。
マスクを手に取って、それを眺めた。自由に雨を降らせられるなんて常軌を逸している。やはりこのマスクは凄い。
もっと有効活用できそうだと考えてたら、いつの間にか顔がにやけていた。
いつもの学校でいつもの日常。
授業が全て終わり放課後となった。下校や部活動、委員会活動に向かう人々が教室から出ていく。教室には私達が取り残された。
「ありがとう。お願いするね」
「任せてよ」
企みを含んだ笑み。その企みのビジョンを考えると頬が弛んでしまう。
夕焼けが落ちていく頃に作戦は開始された。
ある男を待ち伏せた一人の友達。彼女は下駄箱付近で彼に「一緒な帰ろう」と誘う。その様子を二人にはバレない所で見ていく。
今だ──。私はゲリラ豪雨を繰り出した。いきなり雨が降り頻る。
突然なる大雨に足を止める二人。「雨だ……。まさかゲリラ豪雨に見舞われるなんて」そう言いながら鞄の中に手を入れ、折りたたみ傘を取り出していた。
「良かった。折りたたみ傘入れっぱなしで。一緒に入ってく?」
男は仕方なく傘に入れて貰うことにしたみたいだ。相合傘で雨の中を進んでいく。
その様子を見届けた。
雨を降らせて相合傘にさせるという作戦だった。彼女は突然雨が降ることを知っていたので折りたたみ傘を入れていた。そして、作戦通りに相合傘で帰って行った。
『彼氏できた』『なろろんのお陰だよ』
可愛いカラフルなアニマルのスタンプとともにそんなメッセージが送られてくる。
どこからともなくやってくる達成感。
私は特別なマスクに味をしめていた。 突然襲う不思議な大雨。晴れ間なのに、雨が降るはずなかったのに、なぜか降る事実はこの地域の人々の悩みの種になった。
洗濯物が。遊びに行きたいのに。そんな悲痛の声が聞こえる。
授業中、今日は雲一つない晴天だな、とぼんやりと外を眺めていた。そして、その授業が終わり、次の授業の準備に取り掛かる。次は体育の授業だった。それもただ走るだけの持久走だ。陸上部以外誰もが嫌だと嘆いている。
私も嘆く一人だった。マスクを取り出し、大雨を降らせた。濡れた地面は外で運動するなと言っている。案の定、運動場で行うはずだった体育は体育館でやることになった。
「これで持久走は防げた」
まあ、雨を降らせたからといって、持久走がなくなる訳ではなかったが。運動場が無理になったら体育館で走ればいい。そんなことは思いもしなかった。
ただ、その日からクラスのみんなに、私が謎の力で雨を降らせていたということがバレた。
それから学校中に噂が広がり、地域にも広がり、私は「雨女」というあだ名がつけられた。
まあ、「雨女は人間を超えた特別な存在である」と皆から持て囃されたため悪い気にはならなかった。
雨女として新たな日常を過ごしていくこと一ヶ月。
その日は休日だった。
友達と一緒に遊びに行き、それなりに楽しんだ後の帰り道。私は帰路の関係上、一人で知っている道を歩いていた。
元々人気のなかったのにコロナでさらに静まり返った道。その道を歩いている時に、どこかからか視線を感じた。
その視線の方向を見ると、怪しい存在がつけていることが分かった。
ふと人攫いのイメージが湧く。きっと私が雨女で特別な存在だから拐おうとしているんだ。そう思った途端、体が震え出した。その視線が消えることを信じて早歩きで帰路に向かう。
前から怪しい巨漢の男が立つ。きっと怪しい男の仲間だろう。
すぐさま道を変える。いつの間にか早歩きからジョギングへと変わり、全速力の走りになっていた。
所々、待ち伏せる怪しい男ども。それを避けるように進むといつしか知らない道をひたすらに走っていた。そうして着いた先は、誰もいなさそうな人気のない廃工場。
死ぬ。殺される。犯される。
不安が不安を呼ぶ。帰り道には怪しい男達がぞろぞろと集まってきていた。ただ、彼らはみな少しおどけたような表情だった。
「助けて……くれ。お前が俺らに捕まれば俺らは助かるんだ。だから、捕まってくれ。頼む」
心底悲痛な声を響かせている。
何が起きているのかは分からない。けど、彼の言う通りに捕まれば後は散々な目に合うことは分かる。
廃工場の方へと走ろうとしてふと気づく。私の馬鹿。結局廃工場の方へと逃げても逃げ場なんてない。つまり袋の中のねずみだ。
「『火魔・地火日壁』一度退場して頂こうか」
唐突に現れる謎の男。彼が繰り出したと思われる炎が地面から吹き出し、廃工場を囲む壁となって現れた。
道端に現れた怪しい男どもは炎が邪魔で来られない。
私と一人の男のみが炎の壁の中に取り残された。
高身長で整った顔。イケメンの類だ。無口そうな見た目と落ち着いた口調。傍から見て悪い企みを考えているように見えない真面目な雰囲気。第一印象は彼は悪い奴ではない、だった。
それと、特徴的なマスクをしている。黒色のナイロン製マスク。表面には口にも見える炎柄の模様が書かれてある。私の持つマスクと似たような雰囲気があった。
「アンタが「雨女」と言われているマスク所持者か」
私はつられて首を縦に振った。
彼は納得したように頷いた。
「そうか。それではこの町に雨を降らせ、そして町を混乱させてるのはアンタの仕業だな。仕方ないが、捕縛されて貰おうか。抗うなら……殺すまでだ」
私は彼らに狙われた。
突然手に入れたマスクによって雨女となり、その力で雨を降らせていたら町を混乱させたとして見知らぬ者達に狙われた。そして、なすがままに非日常へと巻き込まれていく。
この物語はマスクを手に入れたことから始まる私─鵜久森 奈路─の物語である。