十五譚 "蔓人"
「ああ。技って言うのは、絶対に技名があった方がいいんだよ」
そんなくだらないことを語るのは翔だった。
ホーレの椅子に座りながら、彼のくだらないことに付き合わされている。
ともにお互いの技名及び必殺技について考えよう。
少年漫画のキャラクターが漫画映えさせるために言ってるだけで、結局言わなくてもいいだろうにと思う。逆に、敵に何を繰り出すのか理解されるのでやめた方がいいと思う。
そもそも、そんなことを考えられる心に切り替えられない。昨日のことを未だに引き摺っている。
「って、奈路。あまり乗り気じゃないね」
「うん。単にカッコつけただけのくだらないことじゃん」
偉がコーヒーを持ってきた。
「偉さん。技名って必要だと思いますよね?」
いきなり聞かれて困るだろうに。
それでも偉は即答で答えた。
「ああ。技の種類が多いなら技名はあった方がいいな」
「えっ、何故ですか?」
思わず口が出ていた。
「いや、一応、理由はある」
「ほら。やっぱ技名は必要なんだよ。それに、かっこいいしな」
私には全く分からなかった。
「技名を言わなくても、技を出す前に何か動作を決めておくといいよ。いわゆるルーティーンだね。戦いの時は常に状況が違うし、技を安定して出すために予め決めた動作をするといい。手っ取り早いのが技を放つ前に技名を言うことだな」
なるほど。ようやく技名を言う理由が分かった。
技を言って雨を繰り出す私を想像すると、どこか恥ずかしさを感じそうで、技名は言いたくないと思った。
「まあ、技名作り頑張って下さいね」
二人で翔の技名作りが再開した。技名作りの大切さを聞いて、手伝った方かと頬杖をついた。
無駄にする気満々のノート。そこに痛々しい文字が一面を埋めていたが、全て没となり次の白いページに捲られた。
「僕の技って、技を一連の流れで使えば強制的に敵を倒せると思うんだよね。まずは戦いに有利な場にしたり有利な状況にしたりするだろ。次に敵に隙を与えないぐらいに猛攻して。そして、巨大な壁で攻撃を防ぎつつ逃げ場を無くす。そこまでいったら、相手を地面の下に落とす。最後はお楽しみさ」
片手に重力をかけながら白い目で見つめる。
幼稚なことに全力をかけているようで、少し馬鹿馬鹿しく思えてくる。いや、思っちゃいけないし態度に表してはいけないとは思うが、幼なじみということもあって、つい考え顔に出してしまっていた。
翔も翔で、相変わらずのペースで技を考えようとしていた。
だけど、やれやれと見ていながらどこか感じる懐かしさが嫌とは思わせない。
「あの時に使った技から考えよう。最初は敵に向かって近くのものをぶつける技からだ」
「何だっけ。フィフティーン、何とか何とか混沌ラストみたいな奴」
「ちょっ、待って。それ黒歴史になりそうな予感が」
その時のことを思い出して不覚にも「ふふ」と笑ってしまった。あの時は笑う余裕なんて何一つもないが、今となってその時だけピックアップすれば笑えた。
「ん? 今、なんて言ったの? 混沌……」
「え、私なんか言った?」
「うん。混沌の次になんて言った?」
うろ覚えで言った言葉をもう一度聞いてきた。ただ、うろ覚えのものを適当に言ったので私自身覚えてない。
「確か、混沌……ラスト?」
「そ、それだ。決まったぞ。技名は『十五:混沌完色彩』だ。どうだ」
「う、うん。良かったね。決まって」
手元のコーヒーを啜りながら、喜ぶ彼を見た。馬鹿馬鹿しくて笑っちゃう。
「じゃあ、次の技だ。次は壁を作る技だ」
「はいはい」
技名作りはまだまだ続いていった。
ホーレの中は穏やかな空気が流れ続けていた。
◆
使われなくなった港の工場の中。そこではいつものように、仮面の仲間達がそこに集まっていた。
覆面の岩男。雷使いの女漢。雪を降らす令嬢。三人は仮面の存在を前にひれ伏していた。
「口封じどころか殺せず逃げられ警察に打ち上げられた。これじゃ、その男の人を殺すのはリスクしかない。つまり、キミ達は口封じに失敗した訳だ」
人間の音じゃない。その音が耳を痛ませていく。
「申し訳ございません。ですが……」
「言い訳は聞きたくないな。まあ、無能なキミ達に変わって調べてきたよ。ケーの正体掴んだよ」
「本当でございますか。頭が上がりません」
実力者をねじ伏せる有能さ。
その仮面の男(女?)は膝をつくオメメを土下座させ、その上に座った。
「ケーはあだ名だったよ。現在は黒崎黒と名乗っている。姓名どちらともアルファベットのケーから始まるからケーと呼ばれているようだね。今彼は異文化喫茶ホーレの店長をしている」
何故か得ている詳しい情報。
その情報がどこから手に入れたのかも全ては謎に包まれている。
「異文化喫茶ホーレ。キミ達は聞いたことあるんじゃない。そもそも、もし聞いたことないのならキミ達の情報収集能力が足りなさ過ぎて心配になるよ」
ウォンもオメメもピンときていない。
それを見た令嬢風の彼女はため息を放った。
「李ウォンさん。あなたが起こした誘拐事件、失敗しましたわよね。失敗の原因は邪魔してきた牙狼会、蛙の被り物をした男、そして、ホーレの店員達ですわよ」
「さらに言うと、キミ達が見逃したケーは脱出時にホーレの店員がいたと聞くよ。キミ達の失敗は全てホーレの仕業かもね」
仮面の彼(彼女?)はその場から降り、月光の下へと向かった。
「とりあえず、キミ達は狙いのケーを誘拐し、拷問でも何でもいいから魔力石の在り処を吐き出させてね。今回はキミに一任するよ。郡山望良さん。任務は全て任せるから、失敗は許さないよ」
その場はリーダー格の退場によって解散となった。
誰もいない廃工場に残った三人。
「ねぇ、イウォンさん。オメメ=デンゲキさん。一つお願いがありますのよ。聞いて頂けるかしら?」
幾つかの氷柱を作り出し、それを組み合わせることで座れる場所を作った。そこに、座り彼らを見下す。
「あなた達はとても約立たずと思いますの。分かりません? 胸に手を当てて下さい。すぐに約立たずだったと思い出すことでしょうから」
怒りのオーラが溢れ出ている。
しかし、下手にしがらみを作れないため手を出せなずしどろもどろとなる。
「そこで、あなた達はわたくしの与えられた任務から降りて欲しいですのよ。あなた達がいると足を引っ張られるような気がしますわ。だから……」
オメメが顔を彼女のすぐそこへと近づける。
怒りのまま、彼女を睨む。
「あら、────様の言葉聞いておりませんでした? 任務はわたくしに一任すると。あなたの出る幕はないですの」
その言葉を聞き、引き下がる。
二人は何もできずその場で立ち尽くす。
「それでは、成功の結果報告を楽しみに待っていて下さいね。それでは、さようなら」
突然襲う猛吹雪に隠れ、彼女はどこかへと消え去った。
吹雪が途絶えた。望良が雪から姿を現したのは彼女の別荘だった。
執事が手を腰あたりに当て丁寧に頭を下げていた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
彼女は執事に言伝する。
仮面の人から任された任務のことを。そして、現在考えてる遂行の手順を。
「それでは護衛を雇います。もちろん、郡山家御用達の裏の者達でございます」
郡山家は裏に繋がっている一家である。
そして、郡山家が直々に契約を結ぶ三人の実力者と、死を厭わぬエスピー達。
二日後。
その屋敷へと集まる人々。黒スーツに包まれた人々が背筋を伸ばし命令を待っている。二つの刀を腰に添えた任侠の男。掴みどころのない暗殺者。誰よりも体格と大きさが各違い、人の二倍はある身長の大男。この屋敷は強者で固められていた。
「それではお嬢様に代わり、このわたくしめが作戦をお伝え致します」