十三譚 "金蛙"
休日のショッピングモールの中はコロナ禍の中でも人が多すぎる。
大人びた女子大生をコンセプトの服。この中で唯一の男である翔はあまり興味がないようで少しがっかりしてしまった。ただ、小林の褒め言葉ががっかりを上回った感情にしてくれた。まあ、翔に至っては何となくで誘っただけで元々はいなかったから、あまり気にすることでもないか、と頷いた。
ショッピングを楽しんでいると、ふと知人と鉢合わせてしまった。
私服姿の裏山椎名と獅子神澪だ。
二人は私達と同じように自身の服を選んでいた。
「あれれ、奈路さんだ」
「……こんにちは」
澪は椎名の後ろに隠れながら、照れながら挨拶をしていた。
小林は私の肩を叩いて誰なのか聞いてきた。簡潔に「バイト仲間」と答えた。そして、反対側には「友達」と説明した。
「あたし、小林って言います。可愛いね」
澪のオドオドした様子と、人形みたいな振る舞いに心を掴まれた彼女は友達になろうと積極的に関わりにいった。
だが、澪は──「ひっ。助けて」と椎名の付近で呟き、その場で小さく震えていた。
「近づかないで。澪ちゃんは……女性恐怖症なの」
「え? 女の子なのに、女性恐怖症?」
そう、澪は女性恐怖症なのだ。私も初めて一緒にバイトした時は遠ざけられていたが、今では何とか遠ざけられはしなくなった。
休日にしか出勤しない彼女は、他のバイト仲間よりもあまり交流が少ない。それでも何とか彼女のことを知り始めている。
ほとんど無言で、彼女にはどこか暗い過去があることが見え隠れしている。それでも、滲み出る優しさが人を引き寄せていく。見た目、お人形さんのようで可愛くてずっと見てられるって感じだ。
「詳しいことは聞かないであげて」
私はそれぐらいしか言えない。
ただ、それだけで小林は察してくれた。
私達はまた別々の買い物をするため通り過ぎていく、はずだった。
鳴るはずがない非常ベルの音が鳴り響き、周りは混乱の声で包まれていく。
私達は逃げ惑う群衆の中に身を投じようとした。
が、店から出る前に、廊下一面を襲う強烈な猛吹雪と地面からせり出す巨大な氷柱。一瞬にして視界も帰り道も奪われた。
「何が起きてるんだ……」
きっと災害が起きたのだ。見たことも無い災害が私達を混乱させる。このまま服屋に居続けるのも心が耐えきれず氷の中を進むことにした。
「行きましょう。私と澪ちゃんが先を進むから着いてきて」
冷たい雪に打たれ進む。
雪に埋もれた屍の上を歩いていく。
視界は不良。殆ど前が見えない。私は前を歩く椎名の裾を掴み歩く、後ろからは翔が腕を掴んでいた。
歩いているとふと変な音がした。幾つもの巨大な氷柱が脇に連なる店の全てに現れていた。もしあのまま店に居続けたら、氷柱に貫かれ死んでいただろう。そう思うと、選択を間違えた時の私達が思い浮かばれさらに恐怖を感じていく。
吹雪の中を進むごと数分。ようやく吹雪を抜けた。ただ、そこは出口ではなかった。吹雪が吹いていないだけの店内だった。そして、その中にはいくつかの屍が転がっていた。
旬の野菜が陳列されている棚を通り過ぎていく。ここから、魚のコーナー、肉のコーナーを通り過ぎていく。このまま進み、惣菜コーナー、冷凍食品コーナー、レジを通り過ぎるとすぐ近くには出口が待っている。
私達は角を曲がった。
この一直線を通れば出口だ。
「…………………………………敵を見つけた」
「伏せて!」
そこに現れたのはガタイのいい女だった。何も無い所を殴り、飛ぶ波動を飛ばしてきた。私達全員、頭を下げたことで攻撃は避けられた。背後の惣菜は木っ端微塵になり、無惨な姿のみが残った。
「殺しに来たってことは覚悟はできでるんでしょ。死ぬ覚悟がね」
いつの間にか投げられたナイフ。しかし、彼女から放たれる雷撃のバリアが攻撃を防いだ。
「強いわね。あんたに近づけば死ぬかもね。それに電気……。奈路さんの能力は使えないね」
あまりの強者の登場に足がすくみそうになる。
「何なの。いつから物騒な時代になったの。死にたくないよ、僕ら」
「ゴタゴタうるさいから黙って。死にたくないなら、あの女を殺す方法考えて」
椎名は一人で彼女に立ち向かおうとしている。私達は丸腰だ。
澪は小林を連れてどこかへと逃げ出した。
三対一。地面なら有利に見えるが、私達二人は戦力にならないので実質一対一。さらには、敵は異能力者。圧倒的不利だ。
体や鞄に隠しているナイフや錐が取り出される。
しなやかで掴みどころのない動きで敵を翻弄するが、雷撃のバリアの中には近づけない。
雷撃をまとう空を切る攻撃が乱発される。
私と翔は比較的安全な遠くで見てるため当たらずに済んでいる。椎名は持ち前の消えるようなフットワークで避け続けている。
「ねぇ、くだらない方法だけど……」
小林だ。二人が戻ってきていた。何故か二人は炭酸ジュースが積まれたカゴが置かれたカートを持ってきていた。
二人から作戦を提案される。
彼女から見えない棚の影に隠れ、炭酸のジュースを思いっきりシェイクし始めた。そして、振り終えたそれを翔に手渡しし、彼はそのジュースをオメメに投げた。
ジュースが雷撃のバリアにぶつかると、勢いよく中身がぶちまかれる。砂糖が混じった液体が敵にかかっていく。
繰り返し投げ、破壊されるジュース。
オメメはあまりの鬱陶しさにバリアを解除した。そのタイミングを計らって、澪が前に出る。手元に絡まらせた糸を動かし、繋がれた炭酸ジュースを目の前に持っていった。
「わざわざ錐でキャップに穴を開けて糸を繋げたんだよ。上手く罠が発動すれば……」
ペットボトルがオメメの額に当たる。糸が緩められ罠が作動する。その時、彼女は思わず目を開けてしまった。
突如、ボトルが膨らみ爆発を起こした。
溢れ出る液体が目の中に入っていく。至近距離から破裂し飛ぶペットボトルの残骸が顔の皮膚を傷つける。
「最大の嫌がらせが完成するって訳!」
何が起きたのかはよく分かってない。ただ、小林も澪も成功したって表情をしている。
「今のうちに逃げよう!」
その間に通り過ぎていこうと考えた。
ただ、オメメは技を乱雑に繰り出し、その付近は無数の攻撃が続いたため、近づくことができなくなった。
「くそっ、見えないからってヤケクソに攻撃してきた。裏から回るしかないか」
私達は遠回りするように店の中を走っていった。
「どうだった。さっきの罠」
「凄かったよ。けど、どうして爆発なんかしたの?」
「あれね、錐でキャップに穴を開けたじゃん。それで、糸には「〇ントス」を括りつけていたんだ。投げてる間は遠心力によって炭酸とそれは混ざらないけど、糸を緩めると「メ〇トス」が炭酸の中に入っていくっていう仕組み」
「聞いたことある。炭酸の中に「メン〇ス」を入れると危ないって」
至近距離からの破裂に彼女は一溜りもないだろう。
私達は勝ってもないのに勝利の余韻に浸りながら走っていた。それが、私達を危険な状況に陥れる。
私達の前に先回りしたオメメが立ちはだかった。一時的に足止めはできても、長いこと足止めするにはあの攻撃では威力と効果が足りなかった。
糸を投げ、それを引っ張ることで敵に近づいていく澪。いつの間にか近づいている椎名。しかし、二人は彼女から放たれる風圧に飛ばされてしまった。
オメメは私達の方へと近づいてき、すぐに追いついた。
「マスク…………………Danger」
狙いは私のようで、私向けて拳が飛んだ。もう死ぬ。死を覚悟した。
目をつぶりかけた。
横入りのパンチがオメメの顔面に直撃した。彼女はバランスを崩し、私に向かう拳は外れた。
「やめろよ。許さない。奈路は僕がきっと守る」
果敢にも挑む翔はとても壮大に見えた。
オメメはまだ戦える。
次の攻撃はもう防ぎれない。そう思ったが、彼女の背中に刺される錐が攻撃を止めさせた。
「なるほどね。電気を体に流すことで筋肉を硬直させてる。柔い刃物じゃ殺せないってことね」
ピンチに陥れば陥る程、椎名の頬は弛んでいく。
恐怖で腰が砕け動けない小林はその動向を震えながら見ていた。
「………………………………邪魔」
狙いを椎名らに定めた。
オメメは振り向き、狙いに向かって真っ直ぐ進む。
「暗殺生活していて一撃で葬れない人間は初めて見たよ。まあ、マスク所持者だし、当然かな」
攻撃を避けることに徹する二人。何とか彼女らは無事でいる。
状況は変わらない。
何か状況を変える一手が欲しかった。
「参上、私、も、手伝う」
蛙の被り物を被ったゼットがそこにいた。
唐突なる思わぬ助っ人だった。
「こちら、とっておき、マスク、ある。これを、非、マスク、者、へ」
立体型のマスクを掲げた。植物の模様がある。
翔は近づいて、それに手を当てた。
「これがあれば、僕は戦えますか。このまま逃げてるだけじゃ、かっこ悪いんだ。だから、僕に力を下さい」
「オウ、キッド。オーケー。ホープ、ユー」
翔に渡されるマスク。彼は今つけている普通のマスクと入れ替えた。
つけた途端苦しみ出す翔。
何かが起きているようだ。
「僕は。かっこ悪いままで終わりたくないんだよ」
何とか苦しみを脱却したようだ。彼はキリリとした顔で敵を見定めた。裏首が緑色に見える。よく見たら、無数の蔓がマスクから伸びている。
袖から出てくる蔓。それが異邦感を醸し出す。
漲る力が溢れ出ていった。
「生きる率、五パーセント………………………………lucky guy」
オメメが彼の新たな姿に気づいた。
狙いを翔に定めていた。そして、翔も戦う意志を示した。
「今から僕はお荷物の僕じゃない。深く傷の根を残す僕だ」