十譚 風俗嬢
【注意】
この話はR-18を少し齧っています。
18歳以下の方はこの話を飛ばすことをおすすめします。
サリーを着ながら商品を運んでいく。
お待たせしましたと言って机に商品を置く。その時に、お客さんの顔を見た。どこか見覚えがある。
美形の身体。整った顔。可愛らしい桃色の髪。とても可愛らしさと美しさが両立している。市販で売られているような白いマスクの形をしているが色は淡い桃色。そして、水玉のような模様が可愛らしさを印象つけさせる。
思い出の中に手を突っ込んでいく。
思い出した。覆面男に拉致られた女性だ。
「ねぇ、定員さん」
引き止められた。
「良ければ友達にならない。手を組めばきっと──。後で連絡先交換しませんか」
「あ、それはちょっと」
戸惑いを隠せる気がしない。彼女の純粋な言霊に打たれるが、規則と連呼し、そそくさとその場を離れた。
それ以降は積極的に絡まれることはなかったが、彼女は喫茶店にい続けた。私は帰る時間となり裏へと回った。そして、帰宅の準備をして帰ろうとした時に、そこに先程の女性が立っていた。
「覚えていらっしゃらない? 硬岩組の手からあなた達によって助けられた根室凛よ。気軽に凛ちゃん、でいいからね」
あ、はぁ。ぐらいしか返せない。
「あ、そうそう。これから、ここで働かせて貰えることになったからよろしくね。これ、助けてくれたお礼」
手渡してきたのは桃色の熊のぬいぐるみだった。
私はそのぬいぐるみを鞄に入れた。
学校の鞄にそのぬいぐるみをつけた。
熊のそれを揺らしながら通学路を歩んでいく。その熊は無機質な表情でニヤッと笑った、ような気がした。
一連の授業も終わり、帰りの支度をしていく。その時、友達の一人和名田が近寄ってきた。
「なろろん。少しいい……かな」
学校帰り、通学路から外れた道にある喫茶店で彼女の悩みを聞いてあげることにした。
「わ、私ね。新しいバイトでね。辞められなくなったの」
「ごめん。どういうこと?」
「私、二週間働いてて、人間関係で失敗しちゃったの。もう一人で働いて、今とっても寂しくて」
彼女の瞳は液体で満たされていた。流れてはいないものの、もうすぐで流れてしまいそうだ。
「バイト先の契約書、二ヶ月で契約してて。辞められないんだ。このままだと辛くて死にたいかも」
コップの中の液体を啜っていく。白ストローが断続的に緑色になっていった。
「だから、なろろん。一緒にバイトで働いて欲しいの。一生のお願いだから」
つまり、彼女が私を呼び出したのは、全てはバイトに誘うためだった。
「けど、私、今のバイトあるし」
「掛け持ちしればいいじゃん。無理なら、辞めればいい!」
「やだよ。私は今のバイトに満足してるんだから」
コップの中のジュースがなくなっていた。
「友達からのお願い。そのバイト先に顔出すだけでもいいから」
あまり気に乗らない。出来ればその誘いには乗りたくない。
「もし顔すら出さなかったら……。もう絶交だからね」
その言葉のしがらみが私に複雑に絡んでくる。
彼女の眼差しが心に強く訴えてくる。絡まって動けない私を無理やり連れていく。
根負けした私は仕方なく顔を出すことにした。
そして、電車に乗ること約二十分強。そこから複雑な道を進んだ所にある店の裏口へと入っていった。
薄暗い部屋へと連れられた。
店員と思われる人が優しく声をかけ、座るように促された。
和名田は大人しく座る。私もその横に用意された椅子に座った。
「これに契約して。大丈夫。副業もオーケーだし、入るの週一でいいんだからね。それなのに、給料は何と一時間五万なんだよ」
桁がおかしい。背伸びしないと手に入らない金額が約一時間で、餌のように見えた。
「やっぱ、ごめん。やっぱり、私……」
「なんで。ここに来たのに? 書かないの。名前書くだけだよ。書いて。私を見捨てるの。ねぇ、見捨てないで!」
彼女の気迫と周りのオーラに気圧されて思わず名前を書いてしまった。罠だと薄々分かりきっていたのに罠に当たりにいってしまった。
「ありがとう。なろろんは私の一生の友達だからね」
彼女はそのまま帰る帰宅をしていった。
さっきまでの泣きそうな表情は消え、薄汚い笑みを隠した笑顔を浮かべている。
「和名田さん。約束通り、明日からは来なくていいですよ。それと招待料は通帳に振り込んでおきますので」
「やったー。高級なワンピース気になってたんだ。これで買えるよ。これもなろろんのお陰だね」
「どういうこと?」
「そういうことよ」
一瞬なんの事か分からなくなったが、冷静に考えれば騙されていることなんてすぐに分かった。
私のお人好しな性格が裏目に出た。どこからともなく悔しさが込み上げてくる。
彼女は私の気持ちなど考えず、気持ちを踏みにじって帰っていった。
「ごめんなさい。取り消したいです。それと、私も帰ります」
「無理だ。契約はもう取り消せないし、帰れない。お前は今からこの風俗店で働いて貰う。なぁに大丈夫だ。ピルさえ飲めば何にも問題ない」
風俗の店だった。和名田も騙され風俗嬢となったのだろう。そして、私をダシにして難を逃れるのと同時に紹介料を貰う。こういったチェーン方法で設けてきたのだろう。そう考えると、彼女の涙は本物なのだろうと思う。
だからと言って、このまま辛い思いをしたくない。
どうにかして逃げられないものだろうか。
「奈路さん。困ってる? 助けにきたわよ」
なぜかここにやって来た凛。
「なんで凛さんが……」
「熊ちゃんの中のGPSが変な所に向かっていったから気になって来ちゃいましたー。あ、それと盗聴器も入ってるからさっき話してたこともバッチリ聞いてるよ」
あっ。私は鞄につけていた熊のぬいぐるみを見た。まさかこれにGPSや盗聴器がつけられていたとは。けれども、そんなストーカー的行動をしたのかを聞く暇などなく、今は藁にもすがる思いで彼女を頼るしかなかった。
「凛さん、助けてください」
「いいよ。後、凛ちゃんでいいからね」
凛は私の手を掴むと、「さあ、来て」とどこかへと走り出していった。何事もなく向かった先は行き止まりだった。建物と建物との感覚が広い。大きなコンクリートの壁が先へ行くのを防ぐ。建物が影を作り全体的に暗い。
帰り道には彼らの店の者と思しき数名の者。男三名女一人の厳つい集団だ。
「外へと出る道は一つしかねぇからなぁ。そこさえ防げばいい。勝手に袋の中に行ったのは馬鹿みたいだったぜ」
煙草の白い煙が暗い中で強く印象に残る。
「可哀想にな。仕事なら優しくヤられただけなのに、こうなっちまったからには輪される覚悟を決めて貰わないとな。あ、そこの姉ちゃんもだぞ」
「店のもんに手を出したねえちゃんが悪いんだぜ」
「映像撮らして貰うぜ。高く売れっからな」
彼らはジリジリと近づいてくる。横では凛がニヤニヤと笑っていた。
「ねぇ、奈路さん。雨を降らせてくれない」
「えっ、はい。分かりました」
私はマスクの力で雨を降らせた。
袋小路の暗い行き止まりの中を雨が降りしきる。彼らは唐突な雨に困惑していた。
「凛のね、趣味は人間観察なの。だから教えて欲しいな……。感想を」
雨がうねり始める。
この光景は見たことがある。前の事件の時、私が雨を降らせた時に敵がなぜか溺死した状況と全く同じだ。
「な、なんだよ。ゴボォッ。ボレ。ババラバヴォッデビ」
体が竦む。どこか恐怖を覚えそうだ。
「喋らないで。肺に水が入って早死にしちゃうんだからね」
動きがおかしい。
一人の男と一人の女が下半身を脱ごうとしている。私は思わず目を閉じて下を向き、さらに手で目を塞いだ。暗闇の中で声だけが響いていく。
「ねぇ。そこの人。仲間の男に強姦される気分はどう? 怖い? それとも、死の間際の生の活動は気持ち良い? あっ、喘がないで。肺に水が入っちゃうからね」
必死に死なないようにしてるけど、死へのカウントダウンが始まっている彼ら。
「じゃあ、今度はもう一人追加するね。今度は輪姦ね。それでさぁ、今はどういう気持ち? ヤリたくないのに操られてヤってる気持ちはどう? 辛い? それとも、快感に抗えず愉しい? って、喘がないでって言ってるのに。喘ぎはじめちゃったよ。あーあー、ほらね、すーぐ死んじゃった」
声や音しか聞いてないのに、これほど恐怖を覚えるものだろうか。場面を想像すると胸焼けがしそうだ。鮮明に想像しようとすればする程吐き気が強くなる、
「ごめんね。ほんとはね。もっと遊びたいんだけど、今日はこれで終わりにするね。さようなら」
優しく放たれる可愛らしい声もここでは悪魔の囁きに他ならない。
「奈路さん。終わりましたよ」
目を開けると無惨な姿で溺死した死体が転がっている。
私達はそれを無視して先へと進んだ。
凛は車でここに来たようで、私は彼女に送迎して貰うことになった。
助っ席の上で、私は心の奥底で震えていた。どこからともなく襲う恐怖が寒気を思い出させる。
「凛はね、小説家なのよ。それも非現実的な物語を作る空想創作作家。だからさ、普段じゃ有り得ないような出来事を空想するのが好きなんだ。例えば、大学への爆破予告でほんとに爆破するとかね」
車内にかかる洋楽。英語の羅列を聞きながら、無理やりでも恐怖を和らげようと英語の歌詞を反芻させる。
「それと人間観察も好きだなー。けど、観察って言っても日常的なことしか分からないのよねー。だから、今日みたいに有り得ないような状況に陥った人間の行動や気持ちって凄く興味深いの。さっきのも、とても楽しかった」
考えていることが怖い。きっとそれが素の彼女だからもっと怖い。
「それもこれも、奈路さんのお陰。凛の能力は奈路さんの雨があるからこそ、ようやく意味のあるものになる。だからさ、手を組みましょう。手を組めば色んなことができるよ。きっとね──」
彼女は私の家の前で車を停めた。きっと熊のぬいぐるみに組み込んだGPSで確認でもしたのだろう。
夕焼けの色に打たれながら車から降りる。
「また、バイト先でね。そうそう、熊ちゃん大切にしてね」
釘を刺された。
部屋に戻るとすぐにぬいぐるみを解剖した。その中には複雑な機械が入っていた。