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九譚 警察

 朝だ。目を覚ますとそこは朝の日差しが舞い込むホーレの中だった。

 時間は朝の八時。急いで家に帰り、颯爽と準備をすれば、学校に間に合う。私は急いでその場から離れようとしたが、なぜか黒が制止した。

「これを持っていきなさい」

 お弁当が手渡された。

 私は感謝を述べて、ここを後にした。

 家につくと、すぐに自分の部屋へと向かった。急いで鞄の中に教科書をつめる。準備を終えたら、さっさと学校へと向かっていった。


 学校の時間。

 昨日の事件が頭から離れず授業が入ってこない。何も分からないまま全ての授業が終わり下校の時間となっていた。

 今日はバイトはない。

 友達に誘われて遊びに行く。けれども、その遊びも楽しいと思う気持ちの余裕はなかった。いつの間にか時間は過ぎ去っていた。

 家へと着き、自分の部屋で寝転がる。

 母が帰り夜ご飯の支度をし始めた。そして、夜ご飯の時間に父も帰ってきた。三人で机を囲む。

「昨日、バイト先で寝ていたんだな。電話がかかってきてたぞ」

「うん。疲れてて……」

 どことなく気まずくなっていく。それとともに、目の前の食の色が失われていく。

「心配したんだぞ。もしこれ以上、門限に帰れない日があるならバイトはやらさないからな」

 いつもは優しい父だけど今日は違った。心配が込み上げ少し厳しさが勝っていたようだ。「けど、迎えに来なかったじゃん」と反発したくなったが言わなかった。

 ふと自宅宛に電話がかかってきた。

 父が受話器を取る。最初は丁寧に硬すぎず砕けすぎずの表情で電話していたが、電話していくごとに表情が硬くなっていった。そして、電話が終えるととても堅苦しいオーラを出しながら椅子へと座った。

「取材の電話だった。奈路、お前、昨日の立てこもり事件に関わってないだろうな?」

 とても重々しい雰囲気。


 昨日、覆面の男を中心とした硬岩組が立てこもり、政府宛に人質解放の交換条件を突きつけた。しかし、政府はその条件を飲むことはなく、その条件を世間に開示することはしなかった。警察は身動きが取れない中、硬岩組に敵対する牙狼会が攻め入り建物を制圧した。人質は無事に解放され、覆面の男を中心とする硬岩組は捕まえられた。

 主犯者と思しき人物は未だに捕まる気配はない。その前に、その主犯者の正体すら分かっていない。

 この結果、牙狼会の二人が死亡。二十四名が負傷、内六名が重症だった。この事件は硬岩組と牙狼会の抗争の延長戦として捉えられたが、一部ではさらに根深い組織などと繋がっているのではないかと言われている。


 私はこの事件にピンときていた。そもそも、この事件に関わっていた。

 きっとこのことを赤裸々に告白すればもう二度とホーレには戻れない。

 罪滅ぼしの成り行きで入ったホーレだが、今は手離したくない存在となっている。このまま父によって引き離されたくない。

 何も答えられないまま私はオカズを摘んだ。色がなくなっている。それを口に入れても味はしなかった。それどころか、喉に詰まる。

「言いなさい」

 強い圧だ。それでも、言えない。葛藤の狭間に潰された私はただただ涙を流していた。

「土曜日、有給を取る。その時に、確認する」

 このままでは無理にでも引き離される。

「待って!」

「なんだ?」

 何も言えなかった。

 結局、そのまま時は過ぎ去り、食事の時間は終わった。

 ゴミ箱に捨て去られる半分以上残る残飯が虚しさをかきたたせる。

 部屋にこもり、布団にくるまり暗闇に隠れた。その中でとめどなく流れる涙を布団とシートで拭い去っていった。



 土曜日が来てしまった。

 父はホーレに「話をしたい」と面会する時間を取らせた。営業時間をはやめたホーレは、夕方には誰もいない喫茶店となっていた。

 静かな席に座る。隣では悪質クレーマー並の強い威厳で深く椅子に座る父。対面するのは黒と偉。他は誰もいない静かな店内。

「それで、娘はあの事件に関わってたんですか」

「えぇ、その件はあなたのおっしゃる通り関わりました。私達は喫茶店以外に、最近現れた摩訶不思議なマスクを集めて回る業務も取り扱っており、その事件でもそのマスクが関わっていました。お宅の娘さんをその仕事に当たらせ、危険な目に合わせたのは私らの落ち目でございます。大変申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げる黒の姿を見て、心が痛くなっていく。

「これ以上奈路を危険な目に合わせられない。これを機に奈路はこのバイトを辞める」

 私の意見は何も尊重されず、そのまま淡々と物事が運ばれていく。このまま辞めるなんて納得できない。

 分厚く重い空気が唇に乗っかかり、口を開けられないようにする。

 私は、私の人生は、本当にこのままでいいの──。

 自問自答を繰り返し、分厚い空気を霧払いしようとした。

「ええ、承知致しました」

「さあ、帰るぞ。奈路」

 手を握られてハッと現実に戻る。言うなら、この場しかない。


「私はこのままここで働きたいっ!」


 強い反抗心を掻き立ててぶつけていく。

「危険な仕事があるのは分かってた。けど、それでも私はホーレで働きたいの。辞めたくない!」

「はしたない。駄々をこねるな。もう辞めると決めたんだ。帰るぞ」

「勝手に辞めると決めただけで、私は辞めるとは言ってない」

 黒はなぜか父の肩を持つ。

 壁がさらに硬く強く大きくなっていく。

「奈路さん、あなたはまだ高校生だ。親の同意がなければ働けない。それに、人生は長い。もっと色々な経験を積みなさい。それがあなたの為になるから。色々な経験を積んで、またここで働きたくなった時はここに来なさい」

「そうだ。店長は話が分かる人だ。店長もこう言ってる。諦めてこのバイトは辞めるんだ」

 覆面の男よりもさらに強力な敵。どうしようもないぐらい強大な敵がこんなにも近くにいるなんて盲点だった。まさに灯台もと暗しだ。



 どう攻略すればいいかも分からない。

 下手に当たれば一生この失敗を引き攣ることになる。

 諦めるしかないのか。

 強い葛藤が私を夢のような空間へと投げ出した。

 暗い暗い暗闇の中で目を覚ますとスリーディーアニメ化した私が机を囲んで座っている。すぐにここは夢の中の会議室だと分かった。

 スーツをきた奈路が司会を務める。

「これより、ホーレのバイト存続会議を始める。バイトを辞めるのに賛成の者は手を挙げよ」

 二名の私が手を挙げる。

 大人の女性に見えるコートを着た奈路。「マスターの言う通り、人生はまだ長いのよ。こんな所に固着する必要はないわ。人生を無駄にしちゃ駄目よ」

 今度は小学生に見える奈路。「お父さんの言うことを聞かないとダメー。奈路のこと大切に思ってるんだよ。家族を大切にしなきゃ」

 その通りだ。だけど、認めたくはない。

 司会の番に移る。

「次は父親に反対してでもバイトをし続けるのに賛成のものは手を挙げよ」

 今度はまだ手を挙げていない二人が挙手した。

 カラフルなファッションの奈路。「今、自分の思いを通さないまま諦めたら、きっと、ずっと後悔することになる。明日からずっと辛い思いをするのは私なんだよ」

 警察官の服を着た大人の奈路。「罪を償うためにここで働いたのではないのですか。このまま引き下がるとは甚だ滑稽です。それに、あなたの決めた信念は容易く折れる代物なのですか」

 彼女らに縋りたいのに反対意見を取り払えない。

 不安定な中で均衡がとられる問題。

「あなたはどちらの意見でしょうか。あなたがどちらかにつかなければ決着がつきません」

 スポットライトが当たるのは腐女子感丸出しでいたパジャマ姿の奈路だった。

「どっちでもいいんやけど。このまま折れたらそれだけのことやし、折れずに我を通せばそれだけ意志が強いってことやな。どちらを選ぶにしても、後で後悔しない方選べばいいんちゃう?」

「それは……バイトを続ける方ですか?」

「いや、ウチはどちらでもいい派。家で趣味楽しめりゃ、何でも良かー」

 結局、どちらにも倒れることはなく、バイト辞める派と続ける派の討論が始まっていった。

 それらの討論は私の耳には入らない。最後の奈路の意見のみが頭の中で反芻していた。

「決めた。私、戦ってみる!」

 勝者は続ける派だ。



 現実世界の中で帰りゆく父に向かって言葉を言い放つ。

「急になんか辞められない。心の準備が欲しいの。だから、このまま働かせて。その間に何かあればすぐに辞めるから。だから、だから、後少しだけでも……」

 苛立ちを含んだ瞳で訴えかけてきた。

 気を緩めばすぐに屈してしまう。耐えろ。そう言い聞かせて、何とか張り合おうとした。


「俺からもお願いします。奈路さんはホーレの大切な一員です。ホーレの社員として俺が危険な目には合わせません。どうかもう一度考えてくれませんか」


 偉だった。

 深く頭を下げて訴える。

「これで奈路が怪我でもしたらどうするんだ。お前ら暴力団の店で働かせられる訳ないだろうが」

 怒り爆発。強烈な怒号が店の中に響いていった。

「勘違いされておりますので修正させてください。私()は暴力団ではありません。ご安心を」

「だとしたら、あの事件はどう説明するんだ」

「あの事件では彼らと目的が合致したためその場で手を取りました。あれ以降、彼らとの接触はございません」

 怒りはおさまっていないが、無理矢理でも抑えてる姿が見える。

「分かった。だが、もし奈路に少しでも危険な目に合わせたら承知しないぞ。すぐにでも()()に通報してやるからな」


 店を出て車の中へと乗り込んだ。

 窓の外の暗闇と景色を見ながら、いつしか夢の中へと入り込んでいった。


 何とか働かせて貰えるようになった。

 ただし、必ず毎日門限には帰ること、少しでも危険な目に合わないことなどを条件とされた。


 こうして波乱な一日が終わった。

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