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滅びの国の神変奇譚  作者: UDG
6/12

1の6 行人小屋

 謎の女キョウが加わり、四人で山道を登る。

 いや、謎の女その2か。そもそも、謎じゃない奴がいない。


 先頭はキョウ。次にロッチのオッサン、ナギ、俺の順になった。オッサンの位置は何となくそうだろうと思った。


「一応、次の行き先ぐらいは聞いてもいいか?」

「あっちに聞いて」

「お前が案内役じゃなかったのかよ、ナギ」

「お役御免でごめんなさいねー」

「ちっとも面白くねぇからな」


 ナギはずっと不機嫌なまま。立ち止まれば争いが再燃しそうな雰囲気を、オッサンのでかい背中で防いでいる。

 ミコト、ミコトと言い続けている点では同じだが、三人の目的は違うのだろうか。それをミコト本人らしい俺が推理するのもおかしな話だけど。

 野営地点――――ショーズと呼ぶらしい――から再び急峻な痩せ尾根に取り付き、休憩も取らずに登り続けている。予想はしていたが、キョウの体力も人間とは思えない。

 昔は行者が走って登ったらしいから、この程度ならありなのか? いや、行者は人間じゃないのかも知れないな。

 この山には月の神様を祀ると、クラコウジ村では教えられた。麓からは、もう雪をかぶっているのが見えたが、まだ紅葉も残っている。だから現在位置はそれほどの高さではないだろう。

 やがて広葉樹の背丈が低くなり、尾根道は眺望が開けてきた。恐らくは右手が西側じゃないかと思うが、目に映るのは一面の原生林ばかりで、人家は確認できない。相当な奥地に入っているのは間違いない。

 そして―――――。


「あれに登るのか? キョウ」

「その前に行く所がある」

「…ってことは、あそこにも行くんだな」


 クラコウジ村からぼんやり見えた塔のような何か。俺たちは今、間違いなくその方向に進んでいるはずだが、近づいた感じはしない。

 時々稜線の切れ目からうっすら覗く影を見て、現在地を何となく知る程度。村で見ていたのと違うのは、山頂とは別の位置だとはっきり分かる点だ。村から見る角度では、ほとんど重なっていた。




 尾根道から少し下り、激しい水の流れる音が聞こえると、やや大きな祠が目に入ってくる。

 水流は祠の裏手で湧く泉。オッサンはすぐに祠に手を合わせ、また唱え言を始めた。


「相変わらず慣れない景色だ。ナギの知ってるオッサンは、こういう奴なのか?」

「え? アンタの方がよく知ってるでしょ?」

「ああぁ?」


 そこで改めて確認した事実。

 ナギはあれが初めてのクラコウジ村で、ロッチのオッサンに会うのも初めて。冗談としか思えないが、それが事実らしい。


「俺とも初対面だったよな?」

「まぁ…、そうね」

「なのにミコトは知っていた。つまり俺はどうでも良くて、そのミコトに用があった。お前も、他の二人も」

「それは違うわ」

「どこが?」

「なんだ、痴話喧嘩か、相棒!? 俺はお前をそんな男に育てたつもりはないぞ!」

「話をややこしくするなよオッサン」


 少しだけ核心に迫りかけたのに、茶々を入れられそのまま有耶無耶に。

 それにしても、オッサンだ。相変わらず熊みたいな姿で勝手なことをわめき立てる。その意味では何も変わっていない。だから、いくら光を放とうと、神々しいという感想はもてない。えーと何だっけ、邪神? その方がまだ理解できるな。

 飯を食べながら、オッサンの拝んでいた祠を見る。

 何の信心もない俺は、神の区別なんてできない。ただ…、昨日ナギが言っていたことを思い出す。祠の中の石像は、剣らしきものを手にしているような気がする。どうやらこの神を、オッサンは拝んでいるようだな。

 ……それが分かったところで、現状の意味不明さの解明にはつながらない。


 この場所はガッショーズと呼ばれているらしい。どうもショーズってのは水が湧き出す場所を指すようで、ここもその意味では分かりやすい。逆に言えば、オッサンが何を拝んでいるのかを知る上ではどうでもいい名前だ。

 山の頂上までは、半分を過ぎたぐらいだという。ただし俺たちは今すぐ山頂には登らない。これは重要だ。


「なら、あっちに行くのか?」

「……お前は頭が弱いのか?」


 素直に質問をぶつけてみると、キョウは酷い答えを返してくる。いや、ずっと酷かったし、この先も酷いに違いない。嫌な確信だな。

 これからミダガハラを歩いて、その先にあるケンガミネへ進むという。ケンガミネは、山頂とは反対方向らしい。


「一歩進んで二歩下がるってやつだ、相棒!」

「それって戻るだけよね」

「バカは治らない」

「うるせぇ女どもめ!」


 ナギに続いて、まさかのキョウがツッコミを入れた。オッサンのバカさ加減には正直ほっとする。現時点で、一番怪しい挙動をしているのに安心できるっていうのもすごい話だ。

 というか、ナギとキョウもあっさり和解してるよな? さっき、握り飯を分け合ってるのも見たし。


 そんなわけで登山再開。

 ミダガハラには行人小屋というものがあるらしく、今夜はそこに泊まる。なお、この情報はキョウに聞いた。口数は少ないが、必要なことは教えてくれる。もしかすると、一番まともな人かも。

 まぁ、一番まともじゃない登場をしたけどな。キョウは。


 ひとしきり、低木林の道を登る。霧に蔽われて視界はほとんどないが、足元に問題はないのであっという間に湿地帯に登り詰めた。

 霧の切れ間から見える限り、相当に広い湿地だ。

 既に花は咲き終わり、草の葉は黄色く染まっている。この面子じゃなければ、景色を楽しんでのんびりしたくなる所だ。この面子じゃなければ。

 ところどころには、落し穴のような池がある。水に触れてみると、当たり前だが冷たい。落ちたら死ぬかも知れない。山椒魚は気にせず泳いでいるけど。




「素晴らしい宿でしょ? ミコト」

「道案内を放棄した奴にそんなこと自慢されてもな」

「何? ミコトちゃん反抗期? ナギちゃん悲しい」


 ミダガハラの行人小屋。そんな風に書いてあるのかと思えば、木の板に大きく書かれた文字は「六根清浄」だった。

 ロンコンショージョー。

 どっこいしょの語源である…と、どうでもいい記憶が思い起こされる。確か村長に聞いた。心底どうでもいい。


 小屋の中に入ってみる。二階建で、一階は半分が土間、奥は板敷になっている。土間には竈があり、ここで煮炊きするようだ。特に珍しいものではない。

 あ、もちろん板敷の端っこには木像がある。何者かは知らないが剣は持っていないから、オッサンが拝む神ではないだろう。

 で、土間の左側に二階への梯子がついている。


「なんか臭い小屋だな」

「行者はいろいろ焚くから、そんなものよ。アンタも見たことあるでしょ?」

「あ…、まぁな」


 クラコウジ村の社殿でも、ゴマ焚きとかいうのをやっていた。近くの山から枝をかきあつめる手伝いをさせられたから覚えてはいる。

 もっとも、そのゴマ焚きとやらは、村長が適当にやっていた。唱え言を記した巻き紙を用意していたが、半分ぐらいは読めなかったらしく、村人の名前を適当に読み上げ、最後は最近食った飯を唱えて水増ししていた。



 夕暮れ前に食事を終える。オッサンと俺は米を背負っているから、少しずつそれを炊いている。

 一人増えたわけだが、特に問題はないという。どうやらキョウが加わるのは予定通りだったようだ。

 もっとも、キョウが手ぶらでやって来たわけではない。そもそも、この行人小屋には大量の食糧があったが、それはキョウが運び込んだという。要するに、キョウはこの小屋の管理人のような役割だった。

 そう考えれば、山中で突然出くわしたのも、多少は納得できる。相変わらず、自身のことは何も語ろうとしないが。



 そして夜。

 非常に不可解なことが起こった。


「こ……、ここに寝るのか?」

「そうよ」

「相棒! ワシがどこにいるか分かるか!」

「むしろ分からなくて清々するのは気のせいか」


 行人小屋の二階。いや、二階のさらに上に、三人は押し込められた。

 屋根裏の狭い、部屋とも呼べないほどの空間。三人が行儀良くすれば、一応横になって寝ることはできそうだが、明かり取りの一つもなく、全く何も見えない。なのに燈明はキョウが持ち帰ってしまった。

 いや、明かりはまだどうでもいい。どうせ夜だし、眠るだけ。強いて言えば轟音の二人に挟まれたら、眠る自信がないだけだ。

 問題は臭いだ。

 刺激臭の混じった奇妙な臭い。階下でゴマ焚きをしたせいなのか、とてつもなくクサい。こんな場所で眠るなんて、どんな苦行だよ。


 そう。俺は知らなかった。

 本当の地獄はこれからだということを。



 やがてまぶたが重くなってきた。まだ轟音は聞こえてこないから、二人は起きているのだろうか。今のうちに寝てしまおう。そうすれば………。

 ……………。

 ………なんか、変な臭い? 煙?


「えっ!?」


 跳ね起きる。そのまま天井に頭をぶつけて、鈍い音が響く。


「うるさいわねー」

「いや、煙だろ!? 火事だろ!?」

「黙ってて。口開きたくないから。それと、火事じゃないから。火事の方がマシかも知れないけどねー」


 な、何を…と言う間もなく、煙が何かに変わった。

 猛烈な刺激。むせる。口を開けることができない。反射的に床に伏せてしまうが、床板の節と節の間から、強烈なやつが這い上がってくる。

 控え目に言って、地獄。

 ゲホゲホと咳き込む音ばかり響く。オッサンもナギも咳き込んでいる。

 助けを呼ぼうにも、口を開けた途端にのどが焼ける。なんなんだよ、これは!




「終わった」


 どれぐらいの時間が経ったのか分からない。気絶していたのかも知れない。

 例によって必要最低限の言葉をつぶやいたキョウ。それを聞いたオッサンがむっくり起き出して、さっさと階下に降りる。ナギもさっさと降りていた。しっかり毛皮を抱えていて、あの地獄の臭いがこびりついている。

 …………。


「オッサンもナギも、せめて何があるかぐらい教えてくれ。いくら何でも、一緒に旅をする人間に対する仕打ちじゃないだろ!」

「だそうよ、オッサン」


 二階に降りると、鉄板の上に何かが焦げた跡が見える。というか、キョウの手元にある燈明とは別に、鉄板の上がわずかに赤く光っている。どうやら焼香のようなものだったらしい。明らかにくべるはずのない香辛料の類が見えるが。

 で、さすがにオッサンの顔を見たら黙っていられなかった。

 キョウは最初から期待してないし、ナギも数日前に会ったばかり。しかしオッサンとは一年をともにした。というか、オッサンが俺を相棒と呼んでいるのにこの仕打ちは酷い。酷すぎる。


「すまなかった相棒。だが、行というものは、なるべく邪念のない中でやるものでな」

「あれを事前に教えられたら邪念が生じるのかよ」

「逃げようと思うだろう」

「む………」


 ………そりゃ逃げるだろう。もうすぐここは地獄になりますと教えられて、誰がわざわざ苦行に挑むものか。


「た、大切な行だと理解していれば、きっと耐えた」

「自信なさそうよ、ミコトちゃん」

「仮定の話なんだし、しょうがないだろ!?」

「それなら、事前に聞かなかった結果、逃げずに耐えた。だから今後も教えない方が良いという結論になるわねー」

「いや、聞かなかったから耐えたんじゃないぞ。二人が黙ってるから…」

「まぁお前はよく耐えた! さすがワシの相棒だ!」

「勢いでごまかすなよオッサン…」


 要するに、身を清める行。あの屋根裏は、最初からその行専用の空間だった。だから二人の鼾が聞こえなかったわけだ。

 あんな酷い行を、山に入る際には必ずやらなければならない。それが行者という生物の習俗だそうだ。やだねー、なりたくない職業と聞かれたら真っ先に名前を挙げたいね。職業なのか疑問もあるけど。


「最低限、これだけは教えてくれ。またこんな酷い目にあったりするのか?」

「相棒、お前なら大丈夫だ!」

「その言葉で理解した」


 あるんだな。気が滅入って、夜しか眠れそうにない。

 ………それよりも。

 オッサンとナギは、あれを知っていた。恐らくあれの経験者だ。思い起こしてみれば、ナギの汚い毛皮には、わずかに刺激臭がした。それはただ汚れに無頓着だったのではなく、洗い落としてはいけないと考えていたからだった? まさかな。どんなに清めようが、汚れを上書きすれば無意味じゃないか。


 山上の湿原のただ中にある小屋は、恐ろしいほど静まりかえった。

 そして、二つの轟音が辺りを震わせ、そして俺は――――。


「結局眠れねぇじゃねーか! というか叫んでるんだから目ぇ覚ませよオッサン! 毛皮女!」


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