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滅びの国の神変奇譚  作者: UDG
5/12

1の5 敵か味方か

 オッサンと蛇頭のじゃれ合いがあったその日。

 既に夕暮れに近かったが、龍神池を離れて再び山に分け入った三人。そろそろ足元も怪しくなりつつある頃に、次の休憩場所らしき草原に到着した。

 周辺は少しだけ開けていて、小さな草原の中央には沢が流れ、奥に巨石が幾つかある。そして沢沿いから巨石周辺には、例によって石の祠が幾つか立っている。

 巨石の一つは空洞を作り、そこに誰かが石板を組んで岩室が造られている。入口の広さは二人並んで入れる程度で、奥行きは暗くてよく分からない。


 ナギは薪を並べて、手際よく火を付ける。薪は…、さっきオッサンと蛇頭が暴れた時に散乱した枝だ。俺も少しは背負ったが、オッサンがとんでもない量を持ち込んだので、一晩燃やし続けても大丈夫だろう。

 赤く照らされる巨石には、読めない文字らしきものや、人物の姿らしきものが彫られているのが見える。どれも風化が進んでよく分からない。いや、風化してなくとも分からないけど。


「気味が悪い場所だな。何か出そうにしか思えない」

「出たら大喜びで手を合わせなさい。ミコトちゃんに逢いに来てくれたんだから、ありがたやありがたやって」

「そんなありがたいものが現れる気はしないな」


 そもそも、奥行きのある岩室なのに、ロッチのオッサンはその半ばで勝手に腰をおろし、その先に進ませようとしない。火で照らそうにも邪魔をしやがる。

 どう考えても、碌なものはない。人骨が散乱していても、正直全く驚かないぞ。


 で、そのオッサンは、用意した食事を済ませると、彫られている何かの一つの前で胡座を組み、ブツブツと何かを唱え始めた。

 ちょっとだけだが、俺はそれを見て戦慄した。

 過去一年間、オッサンが神に祈りを捧げたことなど一度もなかったというのに、目の前にいるのは熟練の風格をそなえた修行者だ。悪い夢を見ているようだ。


「ミコトも拝んだらどう?」

「拝むって、何を? ナギはこの神を知っているのか?」


 一方のナギは、持参の汚い毛皮にくるまって、興味なさそうに俺に提案してくる。

 自分は拝む気ないくせに。


「よく見たら分かるでしょ? 剣を持ってる」

「え? …………あぁ、あれか?」


 オッサンの前に見えるのは、せいぜい人っぽい輪郭が見える程度。言われてみれば、縦に線のようなものが彫られている気がするが、気がするだけで確証は持てない。

 結局、ぼんやりとオッサンの背中を眺めている間に、詠唱は終わった。オッサンはくるりとこちらに向き直すと、いきなり立ち上がって剣を頭上に掲げた。


「天よ見よ! 我は故あって力を戻した! これはこの世のための唯一の道であるっ!」


 ……………オッサン大丈夫か?

 思わず声をかけようとして、そのまま俺は動けなかった。


 オッサンは光っている。

 あの熊のような図体で、突然発光したのだ。


「いったい…」

「災厄の蛇神が目覚めたのよ」

「はぁ!?」

「蛇神ではない! 龍神と呼べ!」

「どう見ても蛇だったじゃない」


 理解を超える事態が目の前で起きた。

 俺は速やかに目を閉じて、そのまま意識を失うことにした。ああ眠い…。


「寝るな相棒!」

「叩くな」

「目をそらすな相棒! 俺は人であって人ではない。そしてお前も!」

「何言ってるか分かんねぇよ!」


 既にただのオッサンに戻ったオッサンは、意味不明な発言を大声で繰り返す。これが普通なら、わざわざ狼や熊に居場所を教えているようなもの。

 しかし、錯乱しながら俺はなぜか確信していた。

 ここは今、安全だ。

 だから眠るべきだ。岩室の中にも入らず、オッサンから目を背けるように寝っ転がると、勝手に眠気は襲ってくるのだった。




 翌朝。本当に俺は外で寝っ転がったまま熟睡していた。我ながら大胆…で片づけていい問題じゃないような気がする。

 ただ、岩室の中からは地鳴りのような鼾の輪唱。オッサンはともかく、ナギが張り合うように轟音を鳴らすのが辛い。いや、目覚ましになっていいのか?


 仕方ないので、とりあえず火を起こす。

 野宿では、野獣に襲われないよう火は絶やすな。そんなことを偉そうに教えてくれたオッサンは高鼾で、教わった俺もこの有り様。

 しかし、俺たちは襲われなかった。何かが近づいた形跡もない。

 よく分からないが、そしてできれば考えないようにしたいのだが、あのオッサンの光のせいじゃないかと思う。


 昨夜の出来事は、未だに理解できない。

 人間という生物は、突然発光しない。それは子どもでも知っている。じゃあ?

 …………。

 つい最近、オッサン以外に発光した何かを見た記憶がある。つい安易に結び付けたくなる。そして、そのまま思考を放棄する。

 荒唐無稽。結論はそれしかないのに、耐えて考え続けるのは苦痛だ。


「お前がミコトか」

「あ、ああ?」


 突然名前を呼ばれ、反射的に返答しながら違和感に気づく。

 慌てて頭を上げてみれば―――――。


「…………そうか」


 オッサンが買う娼婦のように、際どい衣装の…、ああ、何かの装束を着た女がいた。いつの間に? 別に俺に特殊な能力はないから、ぼーっとしていただけ? まぁその辺はどうでもいい。

 一方的に、俺の素性を確認しただけの女。それを咎めようと思ったのに、声が出ない。

 でかい。

 いや、背も女とは思えない高さだが、一応俺よりは低い。それよりも、頭の下の方にある二つの盛り上がりだ。ただの修行者がよく着る白装束だったのに、谷間がすごすぎて娼婦と勘違いしてしまうほど。やばい、二度見、いや、三度見してしまう。

 それ以外もとんでもないな。上から下まで、およそこの世に存在していいと思えないような、恐ろしい美女。ああ、ナギも相当だが、これはまさか…。


「き、吉祥天女…」

「バカ?」

「お前には聞いてないぞ、ナギ」


 いつの間にか隣にいた毛皮女。ものすごく不機嫌そうな顔で、不機嫌そうな声。

 対する目の前の美女は、相変わらず口を開かない。


「知識の足りないミコトちゃんに、ナギお姉様が教えてあげるわ。吉祥天も観世音も、性別なんてないのよ。そして、こんな淫らではしたない姿で男を襲ったりしないのよ!」

「お、おいナギ?」


 明らかに不穏な台詞を吐いたナギは、そのまま謎の美女に向き直り、戦闘態勢をとる。

 睨みつけたまま数分が経過。

 謎の美女は、その間表情一つ変えることはなかった。


「余裕ね。私じゃ相手にならないわよね、キョウ」

「貴方とじゃれ合うために来たわけではない」

「お、しゃべった。………キョウ、さん?」

「そうよ。キョウ。邪悪な魔人とでも憶えておけばいいわ」

「それくらいにしておけ、ナギ」


 ボサボサ頭のオッサンも起き出した。

 相変わらず目の前の女が何者かは分からないが、この反応を見るにどうやら敵というわけではないらしい。

 まぁ…、ナギの態度も本気だったのは最初だけで、少なくとも攻撃する気はなかったようだし。


「わざわざご足労すまない、キョウ」

「光が…見えた」

「ああ。まだ本調子ではないがな」


 光? ああ、あれか。やはりあれは夢でも冗談でもなかったのか。

 熊のようなオッサンが光るという異常事態を、表情一つも変えずに受け入れるキョウ。どうやらあれが何を意味するのかも知っていて、しかもそれがここにやって来る契機になっている、と。そこまでは推理した。

 あとは、もうちょっと口数を増やしてもらいたい。


「ミコトは…、条件を得たか?」


 そこで再び俺の顔をちらっと見て、オッサンに問いかけるキョウ。

 何度見ても、その外見は人間のレベルを超えている。これでオッサンのように光ったら、五体投地する自信があるぞ…。


「一年経った。量は足りている」

「そうか」

「ちょ、ちょっと待て! 勝手に話を進めるな! なんだ条件って、足りてるって!?」

「…………」


 いきなり俺の話題。しかもオッサンの発言は何だ? 何が足りてる? 一年で足りさせるような何かがあったか?

 しかし、当事者の困惑は徹底的に無視されていく。


「大丈夫、よ」


 不機嫌な態度を隠さないナギが、穏やかな声でつぶやく。

 それは俺をなぐさめる言葉ではなく、オッサンへの同意。キョウは無表情のまま。


「ナギも見た。だから行くぞ。邪魔はしないな、キョウ?」

「私には、干渉する権利はない」

「あら、そうかしら? ナギちゃんは見たわ。この女、いつまでもついて来るわよー」


 ナギの茶化すような台詞に、初めてキョウの表情が曇った…気がする。

 ともあれ、三人の間で話はついた…らしい。良かった良かった……なわけあるか!


「だから勝手に話を…」

「ミコト」

「え、あ、はい」


 い、いきなり名前を呼ばないでくれ。緊張する。

 とりあえず分かったのは、キョウは口数が少ない。そして、ご多分に漏れず、他人の話を聞かない。どうでもいいな。


「会いに行く。お前の親に」

「親? 親!?」


 余りに予想外の返答に大声を挙げてしまったが、キョウはそれ以上何も説明しないまま、オッサンとナギに支度を促した。

 親…だって?

 天涯孤独、親の顔も知らずに育ったことで有名なんだぞ。両親なんて都市伝説の域なんだぞ。というか、仮に親がいて、なぜこんな死地で会う必要があるんだ? 親に会うのに身体を鍛えるってどういうことだ?

 いくら俺の心が混乱しても、この場の三人は何も答えてくれそうもない。

 はっきりしたのは、三人はグルだ。「ミコト」という名前に反応して、勝手に人を翻弄する者たちだ。


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