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滅びの国の神変奇譚  作者: UDG
妣が国
12/12

2の2 正義の味方

※ふざけてはいないと思います、と前置き。

「はーい、イケイケー」

「なんだその気味の悪い呪文は」

「あ、起きた。おはようミコトちゃん」


 よく眠った。そんな気がする。

 重いまぶたをゆっくり開くと、光の彼方に悪魔の顔が浮かんでくる。


「悪魔とは何よ、こんな絶世の美少女を前にして」

「いや、少なくとも少女ではない」

「じゃあ、絶世の美女?」

「その討論にはつきあえない」


 軽口とともに、痛みが襲う。身体の方々が悲鳴を上げている。それなのに生きている。いや、生き返った? 俺にはその区別がつかない。

 はっきりしているのは、例の汚い毛皮を背負った女が、汚泥のような何かを俺の身体に塗りたくっていること。あ、もしかして俺は裸なのか。


「…服を着たい」

「もう少し待ちなさい。今塗ってあげてるんだから」

「そもそも、ナギに薬の知識なんてあったのか?」

「んー、まぁあれよ。お手伝い。同じ海の仲間だしー」

「はぁ?」


 一応、この汚泥のような薬はキョウが用意したものらしい。ただしキョウは調合したわけではなく、それもどこからか託されたという。

 同じ海の仲間とか言っているので、ナギは薬の調合主を知っているようだが、詳細は何も教えてくれない。とりあえず、イケイケと唱えると目が覚めることだけは分かった。これで次に死んだ時も安心だな。

 ……………。

 心の中で冗談をつぶやくのは空しい。




「ここは…、どこなんだ?」

「ミコトちゃんってバカ?」

「…………」


 胎内岩から中に入ったのだから胎内に決まっている。毛皮女の言い分は分からなくもないが、この真っ暗な洞窟を胎内だと認識できる奴はいない。それとも、こいつらは土砂にまみれて生まれてきたとでも言うのか?

 …ありうるか。この非常識な面子なら。


 洞窟はもちろん真っ暗で、本来なら毛皮女の顔も見えないはずだが、奇妙なほどによく見えるのはなぜだ…と、周囲を確認する。

 そして、目を背けた。


「どうした相棒! まだ死んでるのか!」

「相棒にそんなこと聞かないだろ、普通は」


 ロッチのオッサンが光っていた。

 いや、正確には、オッサンが手にしている剣が輝き、洞窟を照らしていた。


「オンアビラウンケンソワカー!」

「間違ってるよねー、それ」


 よく分からない何かを唱えるたびに光る剣。間違ってるとか、そういう次元の話ではないと思うけれど、もういちいちツッコミをいれる気にもならない。

 そこにキョウも現れ、無言で俺に立ち上がれと促した。

 俺が通り抜ける瞬間に、裂けた木が閉じたことには思うところもあるが、恐らくキョウに何を言っても無駄だ。そして、目が覚めてみれば、洞窟に寝続けるのは苦痛だ。渋々ながら、その指示に従うしかなかった。

 立ち上がってみれば、いつもの身体だった。すごいね、イケイケ。


 四人で歩き出す、胎内。それは思いのほか歩きやすい通路になっている。

 長い坂道は、登っているのか下っているのか分からないのだが、順調に奥へと進んで行った。胎内を歩いた経験はないけれど、どちらかと言えば腸内を進んでいる気分。つまり四人は排泄物だ。

 実際、不要なゴミなのだから喩えとしても間違ってはいないだろう。腸内を歩いた経験もないけどさ。

 そして変わり映えのしない景色に、そろそろ飽きはじめた頃、前方から大きな物音が聞こえてきたのだった。


「待てぇいっっ!!」


 狭い洞窟で、その声は途方もなく響いた。

 そして、どう考えても我々が理解できる言語だったのだが、誰も気に留めずに進んでいく。


「待てぇえいっっ!!」


 …………。

 やはり無視するのか。してもいいってことだよな。

 前方にぼんやりと人影らしきものも確認できるが、相変わらず誰も気に留めていない。それどころかジャリジャリと音を立てて、隠れようともしない。


「待てぇえぇいっっ!!」


 そうして目の前に近づいた。

 オッサンの剣の薄明りに照らされた声の主を俺はちらりと見て、そのまま視線を逸らして通り過ぎようとする。

 まぁなんだ。見なきゃ良かったって感じのあれだ。


「そこの小僧、今目が合ったであろう」

「いえ、合ってません」


 ……………。

 反射的に答えてしまい、すぐに罠だと気づく。


「……………目が合ったな」


 通称待て待て男は、こちらを向いてにやりと笑ったように見えた。

 既に三人はここを通り過ぎて、一人取り残された俺。


「こ、こんばんは、どなたさまでしょうか」

「遅いぞ! それと、こういう時は貴様は何者だと叫べ!」

「そう言われましても」

「叫べ!」


 まるでオッサンのように理不尽な要求。ああでも、オッサン並みと考えれば大したことはないような気もしてきた。

 よーし。


「怪しい奴! 貴様は何者だっ!」

「クックック」


 言ってあげましたよ。

 これで用は済んだので立ち去ろうとしたが、そこに待て待て男が待ったをかけた。


「聞いて驚け! 肉を切らして悪を断つ! 正義の使者、仮面ライジー!」


 叫び声とともに爆発音が響き、土煙が舞う。

 というか何だよそれ。仮面つけてんのかよって、ツッコミ所はそこじゃねーぞ。

 とりあえず粉塵が舞う危険な空間で、仕方なく口元を抑えた。やがて視界が元に戻り始めた時、そこに人影が増えていることに気づく。


「八っつのしもべ、少し懲らしめてやりなさい!」

「イーー!」


 何言ってんだとツッコむ間もなく、赤青黄桃緑などの奇妙な衣装を着た連中が俺を取り囲んだ。いや、狭い洞窟で囲むのは無理なんだが、まぁその辺は比喩的表現だ。

 ともかく、たぶん今の俺は危機的な状況にある。

 当然、助けてくれるんだろうなぁ…と前方を見渡すと、ロッチのオッサンがのっそのっそと戻って来るのが見えた。他の二人は?


「上から来るぞ、気をつけろ!」

「はぁ? オッサン、何を…」


 と、その瞬間、目の前に閃光が走った。

 うお、まぶし!


「フハハハッハァ! 見よ、八色の雷を。貴様らがゴミのようだ!!」

「バカめ。その甘さが命取りよ」


 ………いつの間にか、待て待て男はオッサンと向き合って、意味不明なやり取りを繰り広げていた。

 そして色とりどりの怪人たちは、ただそこに立っている。おかしいよな? 目眩ましの間に攻撃してくるだろ、普通は。じゃああれは何だったんだよ。

 余りの理不尽さに思考が止まりかけた時、待て待て男とオッサンは武器を交え始め、そして…。


「貴様とワシは剛と剛! ワシに勝てるわけがなかろう!!」


 オッサンはあっさり勝った。首元に光る剣を突きつけて高笑い。うむ。どちらが悪い奴なのか分からない。

 しかしそこで待て待て男は不敵に笑う。なんだ?


「フフフ、やるではないか小僧」

「ほほぅ、このワシが小僧に見えるか」


 ……いや、そこはツッコむところじゃないだろ、オッサン。

 なぜか待て待て男は立ち上がり、オッサンは剣を引っ込めた。何? どういうこと?


「時間無制限三本勝負、次もワシが取ってやる!」

「ほざくがいい、小僧よ!」

「やはりワシは小僧だったか…」


 だから小僧はどうでもいいだろ…と、二人はまた戦い始める。

 ……なんだろう。

 どんどん緊張感がなくなっていく。


「小僧! 今度は俺様の勝利だな」

「まさかいくらなんでも」

「どうだ、一歩も動けまい」


 二度目はまの人の勝利。もう名前を呼ぶのも面倒くさい。

 オッサンはなぜか鎖でぐるぐる巻きにされ、辛うじて刀だけは手にしている状態。確かに勝てそうにない…が、今度はオッサンが不敵に笑いだした。今度は。


「天よ見よ! ワシがタイムと叫べば、十五秒間すべての攻撃は無効となる! 仮面ラーイジ、貴様の野望はこれで潰えた。フハハハハハーッ! この世に悪が栄えた試しはないと知れっ!!」

「な、何をこしゃくな! 者ども、イナズマストーム二号だ!」

「イーー!」


 …オッサンのあまりの言いぐさに一瞬記憶が飛びかける。

 というか、このまま忘れて立ち去りたいのだが、それまで棒立ちしていた連中が動き出して、逃げるに逃げられない。


「行くわよ!」

「なんで急に女の声!?」

「気が散るから黙ってろ、相棒!」

「オッサン、攻撃される側じゃねーのか!?」


 目の前では色とりどりな連中が、何か楕円形のものを蹴り合っている。実に奇妙な光景だったが、やがてこちらに飛んできた。

 得体の知れないものを蹴り返す気にもなれず、とりあえず避ける。

 すると後方で爆発が起こり、色とりどりの煙が立った。何だよそれ。


「なぁ、これは茶番か?」

「当たれば死ぬ攻撃が茶番? ミコトちゃんはまだ目が覚めてない?」

「………覚めてないかもな」


 いつの間にか戻っていたナギに、自分としては至極穏当な見解を述べてみた。ナギの返答も、ある意味では穏当なものだった。全く納得はできないけどな。

 色とりどりは全員整列し、中央のすき間からまの人が顔を出す。

 そしてまの人は改めて、俺に向かって剣を向けた。


「必殺! ヲノコロ、コヲロコヲロー!」

「ぐぁっ! 目がまわる!」


 そして俺は攻撃された。

 渦を巻くように視界が歪み、なんだか分からないうちに身体の節々も痛くなる。

 だめだ。理解できないがどうやら今度は危機だ。


「ミコト! こういう時はアレだ! アレ…」


 意味不明な攻撃から必死に耐えていると、オッサンの声が聞こえてくる。


「何だよオッサン! 気が散るから邪魔するな!」

「あーーー、そう、シンガンを使え!」

「はぁ!?」


 何を言っているのか理解できないまま、謎の攻撃に翻弄される俺。ヤバい、やっぱり結構危機なのでは…と、ようやくシンガンが何かに辿り着いた。

 心眼、だろう。恐らく。


「どど、どうやって使うんだ? シンガン」

「知らん! とりあえず目を閉じろ!」

「無茶言うな! というか最初から開けられない」

「あー、えーと、こ、心の目で見ろ!」

「オッサンいかれてんのか」

「バカ野郎! いいから目を閉じろ、ミコト!」


 対処法も見つからないまま、思わず目を閉じてしまった。

 しかし!

 閉じたら目が見えるわけはない。俺はただ、敵の前で無防備になったのだ。バカだろ。


「行くぞ! 必殺! サウンドバスターブレード!!」

「ぐあぁ…」


 まさしく悪の組織の怪人の断末魔を叫びながら、どんどん意識は薄れていく。そうか、俺は倒されるためにやって来た福本さんのような男だったんだな………。

 な………………。

 ……………。

 ………。




「死んだはずだよミコトさんー」

「生きていたとーは、ノージョ様でも」

「知らぬ仏のミコトさんー」

「うるせぇ!」


 目が覚めた。

 そろそろ慣れてきた。

 たちこめる異臭と、べっとり肌を覆う液体。ありがとうナギ。こうやって人間は、蘇ることを拒否するようになるんだろう―――と、そんなことより。


「おい、オッサン」


 ぼんやり映りだした瞳で、仁王立ちした巨体を確認した。


「どうした?」

「死んだぞ」

「知っとるぞ」

「シンガンは?」

「そんなありもしない何かを頼るな。よい教訓になったじゃろ」


 ……………。

 オッサン、いっぺん死ね!

 いや、俺はもう三度は死んだから、四度死ね!

 晴やかな笑顔の奥に、まの人の姿を確認した俺は、とりあえず盛大に溜め息をつくしかなかった。


※ミコトの素性を語らぬままに年を越してしまうとは。まぁそんなこんなで、次回で胎内の行き止まりまでは到着するでしょう。

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