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滅びの国の神変奇譚  作者: UDG
10/12

1の9 念仏ヶ原

 ヒオリ村に滞在して三日。

 朝は目が覚めると、白装束のまま湯に浸かる。白濁した方の湯にしばらく浸かって、それからもう一つの方へ。

 ロッチのオッサンとはずっと一緒に行動している。そして湯船では、だいたい女性二人とも一緒になる。色気の欠片もない白装束も、濡れて肌にねっとり吸い付けば、ほとんど裸のようなもの。だけど、不思議と欲情はしない。


 朝ごはんは、相変わらずキョウが作った味のしない粥ばかり。

 いや、変な臭いみたいなものも時々するから、全くの白粥ではない。しかし、何が入っているのかは一切教えてくれない。みんな黙々と食べているので、仕方なく俺も食べる。幸い、量だけはあるので、一応は腹が満たされる。


 食後は寝る。

 てっきり山で修行でもさせられるのかと思ったが、何もしない。宿から出ることもできないから、ただ部屋で寝るだけ。

 そしてまた風呂に入り、飯を食って眠って、それを繰り返す。

 怠惰な日々。

 生まれて以来、初めてこんなどうでもいい一日を過ごしている気がする。どうでもいいと思っているのは、たぶん俺一人なのだろうが。


「どうだ相棒! よく出るようになっただろう!」

「仮にそうだとしても、話したくないが」

「まぁそう言うな! ワシはさっき出してきたぞ!」

「だから聞きたくないっての!」


 確かに体調は良い。そりゃまぁ、湯治場で湯治しているんだからな。

 ただしアレだ。臭い。粥ばっかり食ってるからだろう…と、危ない。オッサンに乗せられるところだったぜ。




 九日目の朝。どういう日程なのか、キョウはもちろん教えてくれないが、旅立ちの日となったらしい。

 別に感慨を覚えるほど長滞在したわけじゃないので、ただ宿を離れるだけの話。いや、現地の村人と交流していたら別だけど、宿では誰一人姿を見なかった。


「アイカイはおるか?」

「そ、村長様はその……」

「寝ておるか。ならいい。ワシらは山に戻る。世話になったと伝えてくれい」


 ということで、村人との応対はロッチのオッサンが担当したわけだが、聞き捨てならない言葉があったよな?

 寝てた?

 この朝日が昇ってずいぶん経つ時間に? 村長が?



「なぁオッサン。村長は夜に仕事でもしてるのか?」


 さすがに黙って忘れられる出来事ではなかった。そこで、とりあえず村長と面識のあるオッサンにたずねてみた。


「相棒! なぜそう思う?」

「いや、こんな時間に寝ているから…」


 その瞬間、いろいろ視線を感じた。

 村人の…、ではない。村長の恥みたいなものかと思ったから、村はずれの誰も近くにいないところで聞いたのだ。


「ミコトちゃん、まさかそんな常識も知らないのー? もしかしてバカーぁ?」

「じょ、常識って何だよ? オッサン!」

「せっかくだからナギに聞くがいい。相棒」


 ……………。

 ナギから聞かされた話は、衝撃だった。

 山人。まだ奴隷だった頃に、そんな存在を聞いたことはある。文字通り山中にひっそりと暮らし、里の人々との交流を好まないとか。

 それはあくまで、自給自足で交流の必要がないという程度のことだと思っていた。


「神話では、この地上には三種の人間が創造されたと言うわ。その一つが山人。見た目は里の人間とほとんど変わらないけれど、とても長生きするのよ」

「じゃあアイカイさんは…」

「あの人は純粋種だから、えーと、あとはオッサンに交代!」

「オッサン言うな!」

「じゃあ爺さんになるけど?」


 よく分からないやり取りのまま、オッサンに代わる。で、アイカイさんは二百八十歳らしい。うむ、まさしく人間じゃない。


「山人はなぁ、長生きする代わりによく寝るんだ。一生のなかで起きている時間が同じになるようにな」

「…どういうことなのか全く理解できない」

「簡単なことだ相棒。この身体はなぁ、使えば痛む。眠って休ませれば長持ちする。それだけのことだ」


 ……………。

 つまりこういうことらしい。

 人間が毎日眠っている時間を八時間とする。その人間が五十年生きるのだから、五倍生きる山人の場合は一日辺りの睡眠時間も五倍になる……って。


「五倍したら一日が終わってしまうぞ」

「一日で足りなきゃ次の日があるのに、ミコトちゃん頭大丈夫?」


 ナギには可哀相な人みたいな顔をされるが、そんな非常識な話を当たり前のようにしないでくれ。

 四十時間は寝続ける。それで寿命が延びる。いや、延びるっていうのか、それは?


「ちょっと待て。ということは、オッサンも山人だよな? オッサンは眠ってないよな?」

「ほほぅ、そこに気づくとは賢いな、相棒!」

「ミコトちゃんが賢くなって、ナギちゃんちょっと寂しい」

「気づくだろ、普通!」


 オッサン二百五十歳説を、俺は認めたわけじゃない。というより、確認する方法がない。ないが、ナギの言い分を当人が否定しないのだから、無視するわけにもいかない。そして、それが事実なら、村長と同じように眠らなければならないのだ。

 ロッチのオッサンは、登り坂の山道を踏み歩きながら、ポツポツと語っていく。


「ワシは純粋種ではない。だから山人と言っても、人間と同じように暮らしておる」

「じゃあ寿命は…」

「長生きしている理由を聞きたいか!」

「…………」

「聞きたいかっ!」

「いや、それほどで…」

「聞きたいかっ、相棒!!」

「わーかったよ、はい、聞きたいですオッサン!」

「よおし!」


 器用に後ろを向いて叫んでは、すぐ元に戻って登るオッサン。こんなバカな登り方なのに、木の根や岩に足を取られることもない。

 そして俺は、こっそり告白するが別に理由を知りたくはない。どうでもいいよな?


「それはなぁ、気合いだぁ!!」

「………………」

「やっぱりミコトちゃんはおバカさんねー、ナギちゃん安心」


 ふ、ざ、け、る、な。

 ふざけるな糞オヤジ!

 真面目に聞こうとした俺がバカだった。確かにナギの言う通りだ。騙されやすい男として有名なんだ。


「これはジンミだ。その力で死を遅らせている」


 そこに、それまで全く会話に加わっていなかったキョウの一言。場は静まり、誰も話を続ける者はいなくなった。



 ジンミ。

 オッサンがジンミだということは、もうほぼ分かっていた。

 人間離れした怪力というだけなら、鍛えたと言うこともできる。しかし、龍神池のあれで、他の結論は出そうになくなっていた。

 人間は光ったりしない。それに、オッサンが手に入れた剣も、手品のように突然現れたもの。繰り返される超常現象を、ジンミと呼べば一言で片づけられる。ただし、俺はジンミを見たこともなかったから、確信できなかったというだけ。


 それでも、思ったほど驚いていない自分もいる。

 まぁあれだ。自分が墜落死させられた一件に比べれば、ジンミかどうかなんて些細な話。いや、あの墜落死自体がジンミの証という説もあるが。

 ―――――そう。

 オッサンがジンミなら、俺もジンミ?

 ただし、あの時の俺が生き返ったのか、死ななかったのか。物見で何が起こったのかも分からない。死ななかっただけなら、運が良かったで片づけられる話。まぁ、明らかに落ちたのに無傷で助かるってのが既におかしいけどな。




 村を離れた四人は、物見から下った道を再び戻って行く。

 この辺りの山はあまり高くないが、風が強く吹き付ける稜線の木々は、丈が低くなる。所々には笹も群生している。

 たまに、道が笹で覆われていることもある。かき分けながら登るのは面倒だし、すぐに道に迷いそうだ。

 ………普通の登山だったらの話だけどな。

 キョウは平地を歩くように、というより走るように笹の中を進んでいく。後ろのオッサンは、時々足をすべらせながらも、同じ速さ。ナギに至っては、ほとんどかき分けもせずに笹の間をすり抜けている。最後の俺が歩く頃には、左右に笹が踏み固められた立派な道ができていた。ああ、だいたいオッサンのせいだ。

 やがて木々が途切れ、草原が現れた。


「あれ? 行きにこんな場所あったか?」

「ミコトちゃんって頭いかれてる?」


 …………。

 笹藪の辺りに分岐があったらしい。恐らくは三人が踏み潰した笹で見えなくなっていたのだろう。

 まぁ確かに、笹藪自体あまり記憶がなかった。そもそも、物見からは川に下って、こちら側に登りなおしていた。それなのに、下り坂らしき坂はなかったのだ。今ごろ気づくのはマヌケなのだろう。

 ただ言わせてほしい。

 この三人に着いていくのは大変だった。およそ山歩きとは思えない速さ。この草原まで、普通の山歩きなら一日かかりそうだが、まだ昼飯前だ。余計なことを考える余裕などあるはずもなかったのだ。


 草原はやや湿っているが、ミダガハラほどではない。残念ながら景色はあまり変わらず、黄色から茶色に遷ろう草紅葉が続く。

 そして―――――。

 久々に見えた、謎の塔。そして頂上もそれなりに近くにある。それなりに…というだけで、あそこまではまだかかりそうな距離だ。

 キョウが言っていたタイナイイワが、あの方向ではないらしいことは想像がつく。



「ミコトちゃん! ナギちゃんとの本日の愛の巣到着~」

「ああそうか」

「なにーぃ? ミコトちゃん、反応悪いなー」


 草原の端の辺りに山小屋があった。ネンブツ小屋というらしい。何というか、その名前だけで普通の人間が避けそうだ。

 まぁ、こんな場所に登って来るような奴が「普通」なはずはないか。


 小屋の中は……、ミダガハラ小屋よりやや小さめのようだが、似たような構造になっている。梯子があって二階もある。例の屋根裏があるかは確認できない。

 ともかく、ちょうど昼飯時だった。例によって、キョウが粥を作る。この粥は米の他に、稗と塩、そして何か分からない生薬を混ぜているらしい。


「おお…」

「何? ミコトちゃん」

「具が入っている…」

「そんなことで感動するの? おかしな子ねー」


 ナギにバカにされようが驚くぞ。

 なんだか分からない具。うどんなのかと思ったが、食感が全く違う。乾したキノコのような香りもする白い謎の紐状物体だ。


「豆腐だ。味わって食べろ」

「ありがたやありがたや」

「念仏唱えなくていいのよミコトちゃん」


 戸惑う俺をみかねたわけじゃないだろうが、キョウ大先生が答えを教えてくれた。

 いや、教えられても疑問符は消えない。どう考えても豆腐の見た目ではないし、味も違う。が、作った本人がそう言うならそうなのだろう。

 なお、小屋の名前に念仏とあるのだが、そして草原も念仏ヶ原らしいが、我々が念仏をする機会はないという情報も得られた気がする。それ以前に、俺は仏の名など唱えてもいない。


 とにかく謎の具が入ったことで、粥は劇的にうまくなった。まぁ元が地底深くから、地上に近づいた程度の変化だが、食事の苦痛が減るのは素晴らしい。

 そして、午後は何をするのか…と思ったら。


「やっぱり念仏なのかよ」

「そりゃするでしょー。ミコトちゃん、いい加減目を覚ましなさいよ」

「俺は俺だ。アレなら覚めないからな」


 小屋の前の広場に座って、向かう方向は頂上と塔の側。

 キョウの先導でブツブツと何かを唱え始める。オッサンとナギは一緒に唱えているけれど、俺は全く分からないのでうーあーおーと適当に唸ってみた。

 時々アーミーダとか聞こえるので、ミダガハラと同じ仏を拝んでいるような気はする。他の仏の名は聞き取れない。


「おいナギ。まだ終わらないのか?」

「雑念を祓いなさいミコト。そうすれば何かが見えるわ」

「はぁ?」


 すぐに飽きたが、ナギには諭され、キョウには思いっきり睨まれた。どうやら不真面目な態度ではいけないらしい。

 逃げるか?

 それは無理だ。今の俺は、恐らく三人の誰からも逃げ切れない。そして、オッサンとナギはまだ加減してくれるかも知れないけれど、キョウは何をするか分からない。

 きっと殺されずに苦痛を味わう羽目になる。それなら今の苦痛の方がまだマシだ。



 念仏はいつまでも続いた。

 昼過ぎに始まったはずなのに、日が落ちて月明かりになってもまだ終わらない。

 キョウは同じことを繰り返し唱えている。それが分かってしまうほどに俺はあーうーおーと唸り、そしてだんだん意識が遠のき始めてきた。どうあがいても苦行からは逃れられないようだ……。


 ……………。

 ………………え?


「誰かいる」


 思わず声を出してしまう。

 そう。俺たちの背後の方から何か聞こえてくる。いや、何かではない。念仏だ。俺たちと一緒に声を出し、止まると音が消える。

 耐えられずに後ろを見た。

 そこにあるのは小屋。小屋だから、他の登山者がいてもおかしくはない。しかし人の気配はしないし、音はそこから聞こえていない。


「なぁ」

「仲間だ。明日会いに行く」


 キョウは全く動じる様子もなく、淡々と説明して、そのまま念仏に戻った。残る二人も平然としている。少なくとも、三人はこの声の主を知っている。

 なら良かった…のだろうか。

 ここは山を分け入った草原の端。周囲の低木林も笹原も、人が暮らすような場所ではない。仮に俺たちの同業者だとして、なぜそんな所で念仏を唱えるのだろうか。

 恐怖は去ったが、納得のいかないまま。念仏は結局、翌朝まで続いた。謎の声も夜通し聞こえていた。




「よし相棒! 先達に挨拶に行くぞ!」

「あ、そ、そうか…」


 ようやく苦行から解放されて、粥ものどを通らず倒れるように眠ったが、わずかな睡眠時間で叩き起された。

 そして四人が向かった先は、小屋の裏の低木林。わずかに下ると、木は高さを増して行く。そして―――――。


「………………………これ、が」

「ワシらはノージョ様と呼んでおる! 挨拶しろ、ミコト!」

「は、はぁ…。おはようございます、ノ、ノージョ様」


 とある木の根元に、白骨が散乱していた。

 いや、ただ散乱しているだけならまだいい。良くはないが理解できる。

 オッサンの足元に転がっている髑髏。そこになぜか舌が付いている。赤く湿った、生ものの舌が付いて、そしてたまにブルブル震えるのだった。


「ノージョ様はシャシンなさった御方だ。ワシも知らぬ昔からおられる」

「ミコトちゃんが可愛いから、いつもより余計に動いてるわよー」

「……………」


 どうやら俺は想像を絶する世界に連れてこられたらしい。

 自分が墜落死したことよりも、テカリ輝く舌は衝撃だった。もう後戻りはできないのかも知れないな。


※非常に中途半端に、ここまでが序章です。次からは刺すか刺されるかの殺伐とした世界に(牛丼屋ではない)。

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