第76話 傷跡
式典三日目。
この日は、グローリアとトレイ、二人一緒にはいなかった。
グローリアはどこか知らない暗闇に監禁されていた。
グローリアが炎の魔法少女を踏み殺した後、すぐに救援がやってきた。
テュポーンの中で見た魔消甲兵だ。
助かった。そう思った束の間、グローリアは思いだした。
自分自身も魔法少女だったということを。
逃げようとしたが足が動かない。魔消甲兵によって魔法の発動も封じられている。
グローリアはおとなしく連行されるしかなかった。
グローリアの顔に光が照らされ、取り調べが始まる。
「事件当夜、花火の打ち上げに紛れて住民を襲った魔法少女は、お前が殺した。間違いないな?」
「はい」
「犠牲者の数は214。お前のおかげで被害を最小限に抑えることが出来た。感謝する」
取り調べ人はグローリアへ感謝を述べると書類を書き始めた。
グローリアは自分の両手にかけられている手錠を見せて言った。
「だったら、これ外してもらえない?」
「それはできない。まだお前がいい魔法少女と決まったわけではないからな」
「これ以上話すことある?」
「少し待て」
取り調べ人はそう言うと部屋を出て行った。
グローリアはほっと一安心した。
魔法少女にとどめを刺した瞬間を見られていたとはいえ、現場にはキャプテン・マギカの焼死体。
グローリア自身も炎の魔法少女の仲間と思われても仕方ない場面であった。
しかし、どうやら多少は信じてくれているようだった。
グローリアは鉄格子の隙間から外の様子を見る。
随分と高い場所、おそらくテュポーンの内部だろう。
「トレイ……あのあと、どうしているのかな……」
トレイはケガをしていなかったが、救急隊によって運ばれていった。
自分は魔法少女だと告白するタイミングとしてはこの上なく最悪だっただろう。
「悪く思われていないだろうか……」
グローリアは不安になりながら空を眺めた。
しばらくして、部屋に一人の女性が入ってきた。
白衣を着ており、グレーの髪の上にはサングラスがかけられている。
「こんばんは、元気かな?」
「……」
あまりのノリの軽さにグローリアは茫然とした。
「ごめんねぇ、君が悪くないってことは明白なのに……」
「は、はぁ」
白衣の女性はグローリアの目の前に名刺を差し出した。
「私の名前はハルシオン・ソーディア。このテュポーンの指揮全体を任されている。最高責任者だ」
グローリアは名刺を確認した。
「最高責任者……ですか」
「まあね」
「何の用ですか?」
「いきなり本題入っちゃう?いいね」
ハルシオンは部屋の外からホワイトボードを持ち出してきた。
そのボードには大きな文字で「DUSK」と書かれていた。
「ダスク?」
「Damsel Union Stella Knight。略してDUSK。世界を守る星の戦士さ」
ハルシオンはボードをひっくり返して説明を続ける。
「このテュポーンには大きく分けて二つの戦闘部隊がある。一つ目が魔消兵を中心とした対魔法少女部隊。そしてもう一つが魔法少女を中心とした対人部隊。それがDUSK」
「それが……私に何ですか?」
「君が魔法少女だと判明してしまった以上、我々としては野放しにしておくわけにはいかないんだ。だから君にはDUSKに加わってもらう。魔法少女の管理と戦闘力の確保。同時に行うってわけ。天才でしょ?」
「断ったら?」
グローリアが恐る恐る聞いてみた。
ハルシオンは背を向けたまま言った。
「まあ、予想できるんじゃないかな?多少は」
部屋に静寂の時が流れた。
ハルシオンはグローリアの方を振り返る
「なーんて、嘘だよー!戦いたくないっていう魔法少女もいるからね。そういう子は別にDUSKに加わらなくてもいいよ。だけど監視はつくことになるかも」
「へ、へぇ……」
「ま、ゆっくり考えたらいいよ。このエリアの滞在はまだ4日もあるんだし」
ハルシオンはそう言い、グローリアの手錠を外してあげた。
「もう帰っていいんですか?」
「うん、いいよ。それとも家まで送ってほしい?」
「い、いえ大丈夫です」
グローリアはそそくさと部屋を立ち去ろうとした。
「決心がついたらまたおいで」
ハルシオンは笑顔でグローリアを見送った。
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テュポーンを離れたあと、グローリアはトレイを探した。
広場の消火活動は既に終わっており、ほとんどの死体も片付いている。
「グローリア!」
グローリアは自分の呼ぶ声の方を振り向いた。
そこにはトレイが立っていた。
「トレイ……」
グローリアはトレイの顔を見れて安心したと同時に、不安に襲われた。
あの事件の後だ、どういった顔をトレイに向ければいいかわからなかった。
トレイはそんなことは気にせずグローリアの両手を掴んでいった。
「ありがとね、グローリア!私を二回も助けてくれたんだね!」
トレイは心の整理を終えていた。
グローリアは嬉しかった。
自分を恐怖の象徴である魔法少女ではなく、まだ自分であると認識してくれることに。
「トレイ……」
二人は再開した喜びで抱き合った。
そのあと、グローリアはトレイにDUSKのことについて話した。
「へぇ、あのテュポーンがそんな戦闘部隊を持っていたなんてね」
「あ、内部情報しゃべっちゃダメだったかも」
「もう遅いよ」
一旦会話が止まり、二人は夜空を眺めた。
グローリアが勇気を出して口を開く。
「私がDUSKに加わったら離れ離れになっちゃうかも……」
「私は応援するよ。グローリア」
「え……」
あっさりとした返事に少し驚くグローリア。
トレイはグローリアに顔を見せずに言った。
「離れ離れになっちゃうのは寂しいけど、見つけたんでしょ?グローリアのやりたいこと……」
「トレイ……」
「それに、二度と会えなくなるわけじゃないしね!」
「そ、そうだね」
トレイは立ち上がり夜空に向かって背伸びをした。
そしてグローリアの方を振り向き言った。
「だからさ、いっぱい思い出つくっておこう!ね?」
トレイは笑顔だった。
しかし、その目からは涙があふれ出していた。
トレイが必死で絞り出した言葉。
グローリアはその思いを無駄にしないと心に誓った。
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その日の早朝、グローリアは再びハルシオンに会いに戻った。
「お、来たね。決断が速いのはいいことだ」
「私、DUSKに加わります!」
「いいね、ではさっそく手続きを進めようか」
そういってグローリアが連れてこられたのは広い空間だった。
「一体何をするんですか?」
グローリアはハルシオンに聞いた。
ハルシオンは防弾ガラス越しに答えた。
「まあいわゆる適正試験ってやつだ。お前がどういう能力を持っているのか、戦闘力は十分か。そういったことを調べる。こいつでな」
そう言い、ハルシオンはスイッチを押した。
すると壁が開き、その奥から足音を立てて何かが姿を現した。
まるで人間のように二足歩行をする。しかし首はなく、代わりに腕が4本ある体長3mほどの化け物だ。
「な、なにこいつ……」
明らかにこの世の生き物ではない化け物にグローリアは足がすくんだ。
「そいつは"マジン"。簡単に言えば魔法少女になれなかったやつの末路さ」
「……もとは人間なの?こいつ……」
「グローリア。躊躇している暇はないぞ。油断は死だ。構えろ!」
マジンはグローリアの姿を見ると、高速で襲い掛かってきた。
「来た……!」
マジンの拳がグローリアに襲い掛かる。
グローリアは間一髪で躱す。
恐らく鉄製であろう地面がボコボコに凹んでしまった。
(あんなの、まともに喰らったらいくら魔法少女でも……)
マジンがゆっくりとグローリアの方を見る。
首の奥で目玉のようなものが怪しく光った。
(やるしかない……)
グローリアは時を止めた。
(……!)
幾度の時止めでグローリアは気づいたことがあった。
それは、光すらも止まった世界で、色がついているものがあるということ。
そして今現在、色がついているのは目の前の化け物、マジン。
(そういえば……あの魔法少女の炎も色がついていたような)
グローリアは昨日、色のついた炎に触れ、随分と痛い目を見た。
それが意味すること。
グローリアの時止めは、魔力を帯びたものに触れることで解除されてしまうということだ。
グローリアは確信を得るため、マジンの後ろに回り込み、その体に触れた。
すると止まっていた時は再び動き始めた。
(うん、予想通り!)
マジンは標的を見失い辺りを見渡した。
グローリアはマジンの背中に渾身のパンチをお見舞いした。
3mのマジンは大きく吹き飛び天井に激突し、落下した。
「もう十分だな、いいぞ」
ハルシオンが合図をすると、壁の奥からロボットが出てきて気絶しているマジンを回収していった。
グローリアはハルシオンに聞いた。
「今ので分かったんですか?」
「うむ、君は"瞬間移動"の能力を持っているな!」
「……そうですね」
間違っていたが、端から見れば時間停止も瞬間移動も大して変わらないため、グローリアは訂正しなかった。
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「もう終わりですか?」
演習場から離れ、グローリアとハルシオンはどこかへ向かっていた。
「いや、あともう一つだけやることがある」
とある部屋にたどり着くと、ハルシオンは暖炉から一本の棒を取り出した、棒の先には何かがついている。
グローリアはそれを見て聞いた。
「焼印、ですか?」
「うん、申し訳ないけど、体のどこかにDUSKのメンバーである印をつけさせてもらうよ」
「でも、魔法少女ってどんな怪我でも治るんじゃないですか?」
グローリアは昨日のことを思い出した。
炎の魔法少女の攻撃で、全身は焼けただれたはずだった。
しかし、たった数時間で元通り、完治していたのだ。
「ああ、だけどこの焼印は特殊でな、魔法少女であっても治すことができないんだ。理由は分からないが、現在位置を追跡できる便利なやつだぜ」
「追跡……」
「どこに押す?できるだけ目立たないなら足の裏とか……」
ハルシオンがグローリアに聞いた。
グローリアは何も言わず服を脱ぎ、自分の腹を指し示した。
「ここにお願いします」
意気揚々と話をしていたハルシオンだったが、グローリアの裸を見た途端、驚きの顔を見せた。
グローリアの全身は傷だらけだった。
火傷の跡、切り傷の跡、抜糸の跡。
「その体は……」
「これは……話すと長くなるかな……」
といいつつグローリアは話そうとしない。
「いや、言いたくないことだろう、言わなくていい」
その様子を見てハルシオンはグローリアに言った。
「焼印、押してください。お願いします」
ハルシオンはその言葉を聞き、グローリアの臍の右辺りに烙印をした。
十数秒が経過。グローリアは表情を一切変えず、新たな傷がつけられる自分の体を眺めた。
ハルシオンはグローリアの体からそっと焼印を離して言った。
「おめでとう!これでお前もDUSKのメンバーだ!」
暗い空気から一変、祝福ムードに変わった。
グローリアは自分の体に刻まれた烙印を確認した。
「うん、悪くない!」
「これからのことはこのエリアを離れたあとで話そう。それまでは式典を楽しんでおいで」
「ありがとうございます!」
グローリアはハルシオンに礼を言い、部屋を後にした。
(早く帰ってトレイに伝えてこないと……)
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グローリアが走り去っていったあと。
ハルシオンは一人で考え事をしていた。
(あの体の傷は親の虐待によるものか)
(魔法少女は絶望の中に希望を見出して覚醒する……)
(てっきり、親友を助けるために覚醒したのかと思っていた……)
(だが、)
(ならばお前はいったい、いつから魔法少女だったんだ……)
「グローリア・シャナドゥ……」
ハルシオンはめらめらと燃える暖炉を眺めて、その魔法少女の名前を言った。




