第75話 炎魔
式典二日目。
相変わらず、テュポーンの見学は長蛇の列だ。
グローリアとトレイは今日は広場の屋台を回る予定だ。
様々な国の人たちが式典に参加しているため屋台には珍しいものが多い。
「見て!グローリア。綺麗な石!」
トレイは黒く輝くの宝石を指さした。
「これ!ください!」
純粋に式典を楽しんでいるトレイに対し、グローリアは浮かない顔をしていた。
(昨日のあの力は……)
結果的にトレイの命が救われたことは喜ばしいことだ。
しかし、自分たちが忌諱する存在である魔法少女。
まさか自分がソレになってしまうなんて。
グローリアはきれいな石を眺めて喜んでいるトレイを見つめた。
昨日、グローリアは気絶したトレイをホテルで休ませた。
そのためトレイは転落したことは夢だと思っているらしい。
(本当のことをトレイに告げたら、なんて顔をするだろう。軽蔑されてしまうだろうか。)
「どうしたのグローリア?元気ない?」
トレイがグローリアの顔を覗き込んだ。
「あ、い、いや!元気だよ!元気!」
グローリアは無理やり笑顔を作ってガッツポーズをした。
その時、広場に拡声器の音が響いた。
「魔法少女は許してはならない!決して!!」
グローリアはその声に体を震わせた。
「あ!アンチマギカだ。今日もいるね!」
アンチマギカ。
正義の味方のはずなのに、グローリアは恐怖に襲われた。
何の罪もないのに罪悪感が芽生える。
彼らは魔法少女の処刑なども行っている。
斬首、磔、火あぶり。
もし、彼らに見つかれば、自分も……
「わ、私は……」
「君、魔法少女が怖いのかい?」
恐怖で震えるグローリアに筋肉ムキムキのマッチョマンが声をかけた。
「キャプテン・マギカ!!」
トレイは歓喜の声を上げる。
グローリアは後ろを振り返る、昨日見た男だ。
アンチマギカの広告塔のようなキャラクター。
「安心したまえ!たとえ凶悪な魔法少女が現れたとしても、このキャプテン・マギカが必ず殺して見せよう!」
キャプテン・マギカはニカっと笑いグローリアを勇気づけた。
そしてグローリアの頭をポンポンと撫でた。
「……っ!」
グローリアは背筋が凍るような思いをした。
------------------
「本当に大丈夫?グローリア……」
屋台をたくさん回った二人は広場から少し離れたベンチで休憩していた。
常に緊張感を張り巡らせていたグローリアはぐったりと倒れていた。
「熱があるなら今日はもう……」
グローリアはトレイの口を指でふさいで言った。
「大丈夫だよ、二日連続寝不足で……」
今日の夜は花火を見る予定だった。
別に花火なんていつでも見ることが出来るのだが、グローリアはどうしても今日見たかったのだ。
なぜかはグローリア自身もよくわかっていない。
とにかく、幸せな時間を過ごしたいという一心だろうか。
「もう、ちゃんと寝ないとダメだよ?」
(『寝る』……か)
グローリアの体調が優れないのは極度の緊張であり、寝不足が理由ではない。
(どこかの本で読んだことがある。魔法少女は決して疲れない。傷を負っても直ぐに感知する。と)
その本の通り、グローリアは昨日一睡もしていないにもかかわらず、むしろ体調は優れている方だった。
(やっぱり本当に、魔法少女になってしまったのか)
だとしたら、やっぱりトレイに真実を言わなければならないだろう。
親友に嘘はつけない。グローリアは決心した。
ベンチから立ち上がり、グローリアは口を開いた。
「ト、トレイ。実は私……」
その瞬間、大きな花火が打ち上げられた。
「……あ」
ああ、なんてタイミングだ。
こんなタイミングで「自分は魔法少女です」なんて言えるわけがない。
花火はどんどん打ち上げられる。
黒色で染まった空を色付けた。
「グローリア……その……」
トレイは恥ずかしそうに顔を隠しながら言った。
「私も、好きだよ。グローリアのこと……」
「……」
雰囲気に流されてトレイは何か壮大な勘違いをしてしまったようだ。
(ま、まあいいか)
言うタイミングは逃したが、結果はオーライ。
グローリアはとりあえずトレイを抱きしめた。
トレイの肌は暖かかった。
グローリアはこれまでの緊張から解放された気分になった。
(このままずっと……こうして……)
抱きしめあう二人に、空気を読まず男が声をかけた。
「お、おい!お前ら!!」
グローリアはその男を睨みつけてやろうと思ったが、どうやらそんな様子ではない。
男はやたらと焦っていた。
「は、はやくにげろ……!」
男はそう言うと、空から流れてきた炎の雨に打たれて焼けた。
「な……!?」
夜空に描かれた花火。
それが広場に群がる人々に落ちてきている。
事故ではない。
打ち上げられた花火はふつう、地面には落ちてこない。
落ちてきたとしても火の粉程度のものである。
それが、打ち上げられた状態のまま、まるで真っ赤に染まったマグマのように流れてくる。
しかも、
「人を狙っている……!?」
逃げ惑う人々を追っている。
「ぎゃああああああ!!」
一人、また一人、確実に命中し、焼け死んでいる。
(まさか……これは……魔法少女の仕業か……!!)
グローリアの予想は当たっていた。
そして、次の瞬間、トレイに向かって火の雨がまっすぐ飛んできた。
「トレイ……!」
「あ、ああ……」
トレイはしりもちをつき、目の前の火におじけづいた。
グローリアはトレイの前に立つ。
(大丈夫……私の魔法は時間を止める魔法。トレイに気づかれることはない)
それに、グローリアはこのあとトレイに自分が魔法少女であることを告げるつもりだ。
「今、トレイを救えるのなら……!」
グローリアは空間に向かって飛び込んだ。
昨日と同じように時間は静止した。
火の雨はグローリアの目の前で止まっている。
(うわ……)
グローリアの体がゆっくりと地面の中に沈んでいく。
(まるで海の中だ。空中も地中も関係ない。泳いでいないとどんどん下に行ってしまう)
グローリアはバタ足で浮上し元の位置まで戻ってきた。
地面はぐちゃぐちゃにえぐれている。きっと時が戻っても地面はそのままだろう。
(さて、この火の雨をどうしようか)
地面と同じようにぐちゃぐちゃにかき分ければ、空中で炸裂するだろうか。
グローリアはそう考え火の玉に触れようとした。その時だ。
(……!!)
止まっていたはずの時間が再び動き出した。
「な……!?」
火の雨は全弾グローリアに命中した。
「グ、グローリアっ!!」
グローリアは火だるまになり、後方へ吹き飛んだ。
運よく噴水に着水し、火は消火した。
しかし、グローリアは瀕死の重傷を負った。
(いったいどうして……焼けた肌が痛い……)
時間が止まった世界。その解除方法はグローリア自身が呼吸をすることだった。
しかし、今回。グローリアは呼吸をしなかった。であるのに時間停止は解除された。
(火に触れたから……?)
グローリアはゆっくりと目を開ける。
トレイが再び火の雨に襲われていた。
「だめ……逃げて……」
逃げられるわけがない。あの火は追尾する。
トレイを助けられるのは、自分しかいない。
グローリアは深く息を吸った。
グローリアはもう一度、時空に飛び込んだ。
(……)
傷が痛む。しかし、グローリアは必死で耐えながらトレイの元に泳いできた。
(どうすれば助けられる……)
自分を再び犠牲にすればトレイは助かるだろう。
しかし、自分は今度こそ死ぬ。
(どうすれば……)
ふと、グローリアは足元に目がいった。
(私がさっき沈んだ地面。えぐれたままだ……)
グローリアが予想した通りだった。
時が止まった世界でグローリアが弄った物質は、時が動き出したら弄ったままの状態になる。
それはつまり、物質を水のように変形させることができるということ。
(それなら……!)
グローリアは地面を手に掬って、トレイの目の前に投げた。
それを何回も何回も繰り返し、地面の壁を作り上げた。
時間停止を解除したとき、液状だった地面はがっちりと固まり、強固な壁となり、トレイに降り注ぐ火の雨を防いだ。
(やった、上手くいった)
「トレイ……立てる?」
グローリアはトレイに手を差し出した。
トレイはグローリアの手を掴み言った。
「グローリア……そのケガ……!」
トレイはグローリアの顔を見て泣きそうになった。
きっと焼けただれ、ひどい顔になっているのだろう。
魔法少女はケガの回復ができる。きっと火傷もすぐに治る。
しかし、トレイにはつらい思いをさせてしまった。
とグローリアは思った。
だが、今はそんなことを考えている余裕はない。
「とにかく、逃げよう……」
グローリアはトレイを連れて物陰へ逃げ込んだ。
------------------
建物と建物の隙間。
外は悲鳴の荒らしだが、ここならば比較的安全だ。
グローリアは確信を持っていた。
(間違いない、あの火の雨は魔法少女の攻撃)
では本体はどこにいる。
あれだけの広範囲攻撃、本体を探すのも至難の業だ
トレイは顔を伏せて泣いている。
グローリアはここを離れるわけにはいかなかった。
その時だ。
「ふははは!私の名前はキャプテン・マギカ!悪しき魔法少女よ!私が滅ぼしてやろう!!」
グローリアはその声に反応して隙間から顔をのぞかせた。
あれはアンチマギカのヒーロー。かっこよく決めポーズをしている。
すると、今まで人々を追っていた火の雨は、急にキャプテン・マギカに向かいだした。
「危ない!」
次の瞬間、キャプテン・マギカは炎に包まれた。
しかし、キャプテン・マギカは無傷だった。
「無駄だ!このキャプテン・スーツに魔法少女の攻撃など通用しない!」
炎は消え、スーツで覆われていない髪ですら燃えていない。
キャプテン・マギカが自分で言ったように、魔法による攻撃は完璧に防御できるようだ。
「出てこい、悪しき魔法少女よ」
キャプテン・マギカがそう言うと、建物の屋上から一人の少女が飛び降りた。
そして手のひらの上で炎を作って見せた。
「そう、あなたはもっと残酷な方法で死にたいのね?」
キャプテン・マギカは炎の魔法少女に向かって走り出した。
「問答無用!死ねぃ!」
炎の魔法少女は連続で火の雨を放った。
しかし、キャプテン・マギカに当たる直前で消え、まったく効いていない。
「無駄無駄ァ!キャプテン・パンチ!」
キャプテン・マギカの渾身の拳が魔法少女に命中した。
魔法少女の体は地面に倒れ、炎となって消えた。
「やったか?」
「違うよ、それは私の炎が作り出したカゲロウ。つまり偽物」
炎の魔法少女は少し離れた位置でその様子を見ていた。
「姑息な手を……」
「そして、もうあなたは終わり」
「!!」
キャプテン・マギカが足元を見ると、謎の液体が撒かれていた。
「この匂いは……ガソリン!」
「あなたに魔法は効かないみたいだけど、これは耐えられる?」
炎の魔法少女は一発の火の玉を放った。
それはキャプテン・マギカの近くに駐車してあった車に命中する。
「まずい……!」
車はすぐさま爆発し、キャプテン・マギカの足元に撒かれていたガソリンに引火する。
そして、辺り一帯に大爆発を起こした。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
キャプテン・マギカは悲鳴を上げ燃え始めた。
「あはは、魔法を無効にするスーツだって?大したことないね!」
炎の魔法少女は笑いながら、敵の死にざまを眺めていた。
「……」
グローリアはその様子を見ていた。
炎の魔法少女の真後ろで。
爆発が起きた時点でグローリアは時を止めていた。
そして、回り込んでいたのである。
「……!?」
炎の魔法少女がグローリアの存在に気づく。
「あ、あなた、誰……!」
「グローリア……です」
グローリアは躊躇していた。
目の前にいるのは人々を殺戮している魔法少女。
隙だらけの魔法少女を殺すのは簡単だった。
しかし、本当に殺していいのか迷っていた。
人を殺めるなんてそう簡単にできることではない。
「いつからそこにいた」
炎の魔法少女はグローリアに聞いた。
グローリアは言い訳を探していた。
この魔法少女を殺していい言い訳を。
「答えろ!」
グローリアは何も言わない。
「答えないなら、殺す!」
炎の魔法少女は火の雨をグローリアに向かって放った。
「そうだ……あなたはトレイを襲った……二回も……」
グローリアは炎の魔法少女の目の前に瞬間移動した。
「な……」
グローリアは炎の魔法少女のみぞおちに蹴りを入れた。
「はぐっ……」
炎の魔法少女は地面に倒れる。
魔法少女の蹴りはよく効く。
魔法の力を纏った蹴りは解体用クレーンの5トンの鉄球よりも重い。
これもグローリアが以前読んだことのある本に書いてあったことだ。
食らえば死ぬ。
炎の魔法少女がまだ生きているのは、同じく魔法の力で防御したからだろう。
しかし、もうまともに動ける状態ではなかった。
炎の魔法少女はグローリアに聞いた。
「あなたも……魔法少女なのか……ならどうして奴らの味方をする……?」
「何言っているか、わからないよ……」
グローリアは炎の魔法少女にとどめを刺そうとする。
その時だった。
「グローリア……」
グローリアを探していたトレイと目が合った。
「トレイ……ごめん……私、魔法少女なんだ……」
そう言い、グローリアは涙を流して笑って見せた。
そして、地面に伏せている魔法少女の顔面を踏み抜いた。




