第74話 落日
『魔法戦争』
それはかつて世界の中心だった都市『エリア1』で起こった厄災。
どこからともなく魔法少女が現れ、侵略を開始し人々を殺戮した。
エリア1の人々は必死で抵抗したが、魔法少女の不可思議な力には敵わなかった。
一部の人は救済の方舟に乗り、戦火を逃れたが
魔法少女の起こした大爆発により、エリア1は消滅し、多くの命が失われた。
死の灰が永遠と降り注ぐ『魔法戦争』の跡地。
その場所はとても人間の住める場所ではなかった。
『エリア1』の歴史は忘れ去られた。
しかし、この忌まわしき戦争の記憶だけは語り継がれていくだろう。
『魔法戦争』から5年。
にぎやかな広場を一人の少女が駆ける。
「いてっ」
大柄な男にぶつかるが、少女は気にせず走り出す。
「気をつけろよー!」
男は怒る様子はなく、走り去る少女に向かって笑顔のまま注意をした。
「す、すみません!!」
少女の跡を追ってもう一人の少女が駆けてきた。
その少女は男に向かって頭を下げると、先ゆく少女を再び追いかけた。
「待ってよ!走るのが速いよグローリア!」
「へへ、トレイが遅いんだよー」
グローリアは相当体力に自信があるのかバック走を始めた。
それでもトレイは追いつかない。それどころか息を切らしヘロヘロになって地面にへばりついた。
「おいおい、もうへばっちゃったのかよ?」
グローリアはトレイの元へ戻り、顔を覗き込んだ。
その時、
「ふんっ!」
「うげっ」
トレイはグローリアの腕を掴み寝技をかけた。
「だ、騙したなトレイ!」
「引っかかる方が悪い!格闘技経験のある私がっ、こんな簡単にへばる訳ないだろ!」
グローリアは地面をタップして降伏の合図を出した。
「ぷはー」
「はぁー」
取っ組み合いを終えた二人は地面に伏した。
流石に疲れたのだ。
そんな二人に拡声器の音が響く。
二人が音の方を向くと、一人の男が壇上で演説をしていた。
「ん、あれはアンチマギカじゃないか!」
「あーそうだね」
A.MA。宗教団体だ。
宗教という信仰がマイナーな時代だが、アンチマギカはぐんぐんと勢力を伸ばしている。
それもそのはず、魔法少女の脅威に対して積極的に対処をする。彼らはいわゆる、人々の安全を守るヒーローなのだ。
「キャプテン・マギカだよ!」
トレイは壇上の男を憧れの眼差しで見つめて言った。
そのまなざしの先で筋肉ムキムキで肌にぴっちりと張り付いたスーツを着た色男が決めポーズをした。
周りの人々から歓声が沸き起こる。
老若男女問わず大人気だ。
「……あはは」
グローリアはヒーローとかそういったサブカルチャーに疎い。
当然キャプテン・マギカなど名前で聞いたことある程度だった。
グローリアはトレイの機嫌を損ねないように愛想笑いをした。
「あ、そうだ……!急がないと……」
ふと、グローリアは思い出しトレイの肩をたたいた。
今日、この場所に来たのはキャプテン・マギカが目的ではない。
「トレイ!」
「ん?あ、ああ!」
夢中になっていたトレイもようやく目的を思い出し、グローリアの後に続いた。
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今日は式典の日。『魔法戦争』終戦の日だ。
広場がにぎわっていたのはそのためだ。
二人の目の前に雲をも覆い隠す巨大な足が現れた。
「あれが『テュポーン』かぁ……」
それはエリア1の人々が戦火を逃れるために乗った方舟。
多くの人々の命を救った英雄である。
テュポーンは4本の足で世界中を練り歩ているが
式典の日から一週間ほど、この地、エリア7に滞在することになった。
つまり英雄の凱旋のようなものだ。
滞在中は特別に内部も公開される。
グローリアとトレイは、この日を心待ちにしていたのだ。
「は、早く乗ろう!」
「待って、写真撮ってから……!」
グローリアはカメラを取り出し、テュポーンを真下から撮りだした。
「さ、先越されちゃうよ、グローリア!」
テュポーン乗船には待機列が存在している。
先頭はいかにもオタクっぽい人が並んでおり、それに続いてかなり長蛇の列になっている。
今もまさに人がなだれ込んでいる状態だ。
「大丈夫、トレイ!」
グローリアはトレイに二枚のチケットを見せた。
「そ、それは……」
「優先チケット!」
ネットで高額で取引されている。特待券。
優先してテュポーンに入れるだけではなく、通常では入れない場所も案内してもらえる。
「な、なんでそんなもの持っているの?」
「トレイと一緒にゆっくり楽しみたかったからね!」
グローリアはトレイに笑顔を見せた。
「グローリア……」
大切な親友と一緒に、一生に一度の思い出を作る。
少々値は張ったが、グローリアは十分価値があると信じていた。
「さて、いこっか!」
グローリアはカメラをしまい、トレイに手を差し出す。
トレイはその手を掴み、二人は共に歩き出した。
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ガイドが解説しながらテュポーンの船内を進む。
「ここは動力室です。無限のエネルギーを持つ魔結晶により、この巨体を動かすことができるのです。」
この世のものとは思えない緑色の光を放つ結晶。
初めて近くで見る魔法というものにグローリアとトレイは感動で言葉を失っていた。
「きれい……だけど、この力を悪用する人もいるんだよね……」
「うん……」
魔法は人々の生活を豊かにする、しかしその力はあまりにも強大だ。
悪意を持った人物に渡れば『魔法戦争』のような悲劇が再び起こりえるのだ。
ガイドはそんな二人の会話を聞きやさしく声をかけた。
「大丈夫ですよ二人とも。次は武器庫を見ましょう。」
ガイドの案内に二人はついて行った。
武器庫にはたくさんのロボットが格納してあった。
「ここは武器庫です。かつて『魔法戦争』を戦い抜いた兵器が格納されています。」
二人は目を輝かせてその兵器たちを眺めた。
「あ、あれmist.1だよ!ニュースで見たことある!」
トレイは一体のロボットを指さした。
全長およそ5mほど。背中には大きなタンクが数本取り付けられている。
「そうですね。あちらはmasic interruption soldier type1。通称、魔消兵。『魔法戦争』で使われた旧型の兵器です。対魔法少女兵器の初期モデル故、弱点も多かったですが、この兵器が多くの人の命を救ったことは疑いようのない事実です。」
グローリアは整列された魔消兵を眺めた。まさに圧巻だった。
「ん?ガイドさん。あれは何?」
グローリアは魔消兵の中に、一回り大きいものが混じっていることに気が付いた。
「ふふふ、気づきましたか。」
ガイドは自信満々に説明を始めた。
「魔消兵の弱点は2つ。それは燃費の悪さと弱点である魔法妨害装置の露出。そのふたつの欠点を解消したニューモデル。それがmist.2、魔消甲兵なのです!」
グローリアは魔消甲兵の裏に回り込んだ。
確かに、魔消兵の特徴である、魔法妨害装置のタンクが無くなっている。
「先ほど、魔法の力を悪用する者がいて不安だという話をしていましたね。ですがご安心を。すでにこの魔消甲兵は世界中に配備されています。暴動が起きてもすぐにこのmist.2で鎮圧することができるのです!」
「……」
「ふふふ、実際に動いてみないとわからない。という顔をしていますね?今回は特別の特別です。このmist.2を実際に動かしてみましょう!」
「……!」
予想外のサプライズに二人は興奮した。
ガイドが手を空中にかざすとモニターが出現した。
そして……
「では、起動!」
ガイドがボタンを押すと魔消甲兵は歩き出した。
「うおおおおお!!!」
グローリアとトレイは歓声を上げた。
「ここで暴れるのは流石にまずいので、実験場に移動しましょうか。」
ガイドがそう言うと、移動する魔消甲兵と共にガイドとトレイは武器庫の隣の部屋に移動を始めた。
「あ、あれ……?」
グローリアはガイドとトレイの背中を眺めたまま動かなかった。
「おかしいな……」
視界が歪む。
グローリアの様子がおかしいことに気づいたトレイはすぐに駆け寄り名前を呼んだ。
「グローリア……!!」
「……」
トレイの声が遠くなっていく。
グローリアはそのまま気を失った。
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「……トレイ!」
グローリアが目を覚ますと、そこは休憩室だった。
隣にはトレイが座っていた。突然目覚めたことに驚いている。
「グローリア、大丈夫?」
「……」
グローリアは疲れからか、気を失ってしまったようだ。
トレイは呆れながらグローリアに言った。
「あーあ、せっかく魔消甲兵が動いている所見られたのに。もったいない」
「どうだった?トレイ」
「そりゃもう圧巻だよ、あんなに重厚なロボットが高速で立体移動していたんだから」
「はは、そりゃすごいや」
丁度そのとき、ガイドがお茶をもって休憩室に入ってきた。
「大丈夫ですか?」
「すみません、今日が楽しみで昨日眠れなくて……」
「そうですか、また体調が優れないようでしたら、申し出てくださいね。いつでも中断できますから」
「ありがとうございます。」
その後は何のトラブルもなく進行した。
食品生産工場、住民区、観光区など、まるで地上と同じような施設が揃っていた。
そして最後は、テュポーンの最高度に位置する展望デッキだけとなった。
「ではごゆっくりお楽しみください」
ガイドはそう言い立ち去っていった。
これにてガイドは終了、あとは自由解散だ。
一面に広がる空がきれいな赤色に染まっている。
少しだけ冷たい風も感じる。
「きれいだね」
「うん……」
二人は黄昏を眺めながら手をつなぎあった。
しばらく空を眺めた、そして地上を眺める。
またしばらくしたら空を眺める。その繰り返しだ。
時間はゆっくりと流れる。
グローリアは二人で幸せな時間を過ごせた。
今日はなんて充実した一日だろう。そう思った。
「ねえグローリア!こっちにまだ高い場所があるよ!」
トレイはそう言い梯子を登り始めた。
「まって、トレイそっちは……」
トレイが登っている梯子、それは明らかに作業用梯子で一般人が立ち入ってはいけないものだ。
グローリアはトレイを止めようとした。
しかし、トレイはもう結構な高さまで登っている。
「すごいよグローリア!風が……つよくて……」
トレイのサファイヤ色の髪が強く靡いている。
明らかに風の強さが違う。
「トレイ!!今すぐ降りてきて!!そこは危険っ……」
その言葉を言い終わる前に、トレイは足を滑らせた。そしてそのまま強風によって展望デッキから投げ出される。
「あ……」
グローリアは展望デッキの策に身を乗り出して手を伸ばす。
しかし、トレイは既にグローリアの手の届かないところまで落ちていた。
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時間が戻せられるならば、それはどんなにいいことか
後悔なんてしなくて済むのに
愛する者を失わずに済むのに
もう一度選択をやり直せるのに
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グローリアは展望デッキから飛び降りていた。
それは明らかに自殺だった。
時は戻せない。
だからせめて、最期は自分の愛した人と一緒に居ようと思った。
何かがグローリアをそう決心させたのだ。
黄昏の光がグローリアに集まり、包み込む。
「トレイ!!」
グローリアが最愛の者の名前を叫んだ時。
グローリアは空間を引き裂いた。
それは海に潜る感覚に似ていた。
その瞬間。時間は止まった。
風はやみ、夕日に向かって飛んでいるカラスは空中で静止している。
光は色を反射せず、視界はモノクロに染まる。
グローリアは水に沈むようにゆっくりと空中を落下していた。
頭が真っ白になっていたが、次の瞬間、ようやく気付いた。
自分は空中を自由自在に泳げる。
時間が止まった世界で、自分だけが自由自在に。
その不思議な感覚に溺れそうになる前に、グローリアは優先すべきことを思い出した。
(そうだ、これなら……間に合う……!)
グローリアはトレイに向かって一直線で空間を潜航した。
そして、トレイの真下に移動する。
グローリアが深く息を吸うと、止まっていた時間はゆっくりと動き出した。
気絶しているトレイをグローリアは優しく受け止める。
数秒自由落下をした後、グローリアは何事もなく地面に着地した。
その瞬間を見たものは居ないが、グローリアは複雑な表情をしていた。
「これって……」
自分の体に起こった変化。考えるまでもない。
時間を止め、あの高所から落下して死なない人間など存在しない。
「私、魔法少女に、なっちゃった……」
気絶して眠っているトレイにグローリアはそうつぶやいた。




