幕間 ずっと遠い過去の話 後編
昨日の事件は夢ではなかった。
銃創は完全に治癒し、疲れも眠気もない。
私は完全に魔法少女になったのだ。
自宅には機動隊が押し寄せ、学校や近所の公園は警察が常に見張っている。
私に帰る場所はなかった。
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11月18日
けっこう歩いた。
視界内に警察はいない。
ようやくゆっくりできそうだ。
ふと空を見上げた。
ここの所いつも快晴だったが、今日の空は少し重い。
「ん?」
突然黒い影が現れた。
何かが空から落ちている。
「あれは……人!?」
近くにはそこそこ高い建物。
間違いない、飛び降りたんだ。
周りにいた人が悲鳴を上げる。
私の足は考えるより先に動いていた。
落ちるよりも先に、落下地点にたどり着く。
そして、落ちてきた人をやさしく受け止めた。
私より幼い、小学生か中学生ぐらいの少女だった。
「こんな小さい子が、なんで……」
周りの人は驚き静まっていた。
少女が助かった喜びよりも、化け物の力を見た恐怖の方が勝っているのだろう。
誰かがスマホを取り出し、私の姿を撮影した。
称賛するためではない。晒し上げるためだ。
私は少女をゆっくりとおろし、その場を立ち去った。
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後ろを振り返る。
先ほど助けた少女がついてきていた。
「あの……、何か用ですか?」
「お礼、言ってなくて……」
少女は申し訳なさそうに答えた。
「ああ、いいよ別に」
「ありがとう、あなたは私のヒーローだ」
嬉しかった。
少しだけ笑顔になれた気がする。
直後、パトカーのサイレンがなった。
まずい、もう駆けつけたのか……
「私、そろそろ行かないと……」
そう言い、私は少女の元を離れようとした。
「うう……」
少女は何かにおびえたように蹲り、耳をふさいだ。
呼吸が荒くなり、だらだらと汗を流す。
「だ、大丈夫……?」
周りに助けてくれそうな人は居ない。
私は少女を抱えて走り出した。
「知ってるよ、あなたのこと。魔法少女なんでしょ?」
唐突に少女は私に聞いた。
「テレビで見たよ。すごくかっこよかった」
テレビというのは防犯カメラの映像だろう。
端から見れば私が強盗を射殺した映像だ。
「もう、大丈夫なのか?」
少女の話し方からして、動悸は収まっているようだ。
「ねぇ、空、飛べる?私、空飛んでみたいなぁ」
無茶ぶりだ。私は少し考えた。
なぜ、少女は自殺しようとしていたのか。
少女の突然の動悸は何なのか。
答えは容易に想像できた。
少女は何かしらの病気にかかっているのだろう。
そして、先はきっと長くない。
私は周りに人がいないことを確認した。
そして、思い切り地面を蹴った。
「おお、すごい……」
風が冷たい。
空も曇っていて、決していい景色とは言えない。
それでも少女は目を輝かせていた。
「私は……イヴ、あなたは?」
イヴと名乗った少女は私に名前を聞いた。
「アイ」
私は自分の名前を答えた。
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11月28日
イヴは近くの病院で暮らしている少女だ。
病名は分からないが、余命は長くて半年だという。
「おはよう、アイ」
私はあれから毎日、イヴに会いに来ている。
決してかわいそうだからと思ったわけではない。
イヴと会うと笑顔になれるからだ。お互いに。
そして、昨日あったことを話す。
「昨日は大変だったよ、装甲車まで出てくるとは……」
「それで?やっつけたの?」
「まさか、相手も本気じゃないだろうしね」
病院近くのホームレス街の生活。
場所が特定されるたび、別の場所へと移動する。
日常とはかけ離れた生活にはなったが、今の生活にはそこそこ満足している。
勉強や部活はしなくていい。
別に嫌だったわけではないが、何かと強制されるのが辛かった。
今は自由だ。空も飛べる。
「じゃあ、また来るよ」
「バイバイ、アイ」
私は病院の窓から飛び降りた。
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12月1日
その日、イヴはずっと黙っていた。
「どうしたの、イヴ?」
「……」
ただ空を見つめている。
そして我に返ったかのように私の顔を見つめた。
「あ、ああ。ごめんごめん。ちょっと昔のことを思い出して。」
「昔のこと?」
「私ね。もともとこの国にいたわけじゃないんだ。近くの国が戦争に巻き込まれて、それで逃げてきたの。逃げている途中、みんな死んじゃった。家族も、友達も……」
「そう……」
私は何も言い返せなかった。
私は最悪の時代を生きているとはいえ、イヴほど悲惨な人生ではないからだ。
それでも、私はイヴを元気づけたい。
それだけのため、嘘を振り絞って言った。
「戦争は……いつかきっと終わるよ」
「え?」
「私が終わらせてあげる!」
「ふふ、強いねアイは……」
「あたぼうよ、私は魔法少女だぞ!」
ようやくイヴが笑顔になったのを見て、私は別れを告げた。
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12月7日
私はイヴを病室から連れ出した。
最近元気がなかったイヴを勇気づけるためだ。
「どう、綺麗でしょ?」
そこは町の中で一番大きなタワーだ。
一般市民が利用するの展望デッキよりもさらに上。
通常は立ち入ることが出来ない場所だが、魔法少女である私なら問題ない。
「ここは私のお気に入りの場所なんだ。」
ここは町を一望できる。
夜に見ると最高の景色になる。
「ありがとう、アイ。すごく綺麗だよ……」
「へへ……」
イヴが喜んでいるのを見て、私もうれしくなった。
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12月10日
その病室にイヴはいなかった。
代わりに、白衣と仮面をつけた異様な集団が立っていた。
「待て」
私は嫌な予感がしていた。
もし、病室を間違えていたらどんなに良かったことか。
しかし彼らは私を呼び止めた。
「君に相談がある」
私は足を止めて振り返った。
「今、イヴは危篤状態だ」
「君の助けが必要だ」
彼らは私を騙しているようには見えなかった。
いや、たとえ騙されたとしても。
ここで逃げ出したら、もう二度とイヴに会えなくなる、そんな気がした。
「わかった、イヴに会わせて」
病院のエレベーターから地下二階へ向かう。
明かりは薄暗く、足音だけが静かな空間に響く。
「ここだ」
「……!」
ある一室の扉を開けると、そこにイヴはいた。
無数の管につながれており、イヴの面影は一切なかった。
唯一、あの美しい銀色の髪だけが覆布の隙間から垂れていた。
会えたのに嬉しいような悲しいような。
「君は知っているか分からないが……」
仮面の医師たちが話を始めた。
全てが頭の中に入ってこなかったが、イヴの病は想像以上に進行しており、このまま放っておけば近いうちに死ぬそうだ。
「唯一、イヴ救う方法は……」
未知の力を持つ、私の能力を利用すること。
「わかった……」
私の回答は一つしかなかった。
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12月16日
瓦礫が落ちる。
外の光が差し込む。
私に繋がれた鎖を引きちぎる。
ゆっくりと歩く。
「イヴ……」
光の方へ進む。
目の前に広がった景色は。
言葉では言い表せないような地獄だった。
燃え盛る大地。
灰色の空。
地面を這う人間。
飛行する兵器。
全部、私のせいだ。
魔法少女の力など、他人に渡すべきではなかった。
私が、戦争のトリガーを引いたのだ。
「ああああああああああああああああああああああ」
叫んだ。泣いた。
私の声は、戦車のキャタピラ音にかき消された。
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lovirus、私はそう名付けた。
そのウイルスは私の体から生み出された。
人を異形の怪物に変えるウイルスだ。
いや、正確に言えば怪物に戻すという言い方が正しいか。
私の力を利用した兵器を作ったみたいだけど、所詮は玩具。
ラヴィルスで生み出した化け物に勝てる訳がない。
ラヴィルスは人から人へ感染する。世界中へ広がるのも時間の問題だ。
そうすれば世界はあっという間に滅びる。
その後のこと?
そんなことはどうでもいい。
今は私がしたことに終止符を打つだけだ。
「ははは……」
巨大な化け物が次々と誕生する。
東京は火の海に包まれた。
タワーの上で360度の劇場を眺める。
その景色は以前見たあの夜景より美しかった。
「やっぱり、ここにいたんだね」
私は後ろを振り返る。
そこにはイヴが立っていた。
「久しぶり、生きてたんだね。イヴ」
「……」
イヴは何も言わず、私の横に座った。
「この景色を見て、どう思う?」
私はイヴに聞いた。
「全然、綺麗じゃないよ。アイ」
「……」
怒り、憎しみ、恐怖、絶望。
あらゆる感情からの解放。
これが真実の世界だ。
イヴ、なぜわかってくれないんだ。
「あなたの意志じゃ、あの怪物は止められないの?」
「うん。それに、止めたくない。」
「わかった。」
イヴはそう言うと、タワーから飛び降りた。
「え……」
私は手を伸ばした。しかし、イヴは真っ逆さまに落ちていった。
そして、イヴは白銀の光を纏い一振りの刀を生成した。
「あれは……」
直感でわかった。
あれは私と同じ魔法少女。
でも、どうして……
考える間もなく、一筋の光がラヴィルスによって生み出された怪物へ向かって行った。
1つだけわかることがある。
イヴは、あの魔法少女は、この災厄を止める気だ。
「やめて……」
イヴは怪物を切り伏せると、また次の怪物の元へ駆けた。
「壊さないで……」
なぜこんなにも必死になるのかわからない。
イヴ。あなたの家族や友達を奪ったのは、この世界なのに……
イヴは休むことなく、次から次へと、刀を振るった。
「お願い……、イヴ……」
7日の戦いの末、イヴは全ての怪物を討ち滅ぼした。
私の描いた理想の世界。
争いがない、誰もが平和に暮らせる世界。
その世界を作り上げる"計画"は失敗に終わった。
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アイは力を使い果たし、地面に倒れた。
アイは世界を滅ぼそうとした張本人。
生き残った人たちはアイを取り囲み武器を握った。
イヴは彼らを制止し、アイの目の前に立った。
「アイ……どうして……」
「どうしてもこうしてもあるかよ……あと少しだったのに」
「……」
「私は、この世界を理想の世界に変えたかっただけ。私は悪くない。
醜い争いを続け、人の命を何とも思わない、そんな世界が正しいと思うのか!美しいと思うのか……!
私はそうは思わない……お前らが……悪いんだ……!」
アイは最期の力を振り絞り、イヴの足を掴む。
「私は死なない……かならず……もどって……」
何か言い終わる前にアイの体は砂のように崩れ落ちた。
「アイ、私が必ず理想の世界にしてみせる……だから、少しだけ待ってて……」
アイによって救われた命。無駄にはしない。
イヴはそう胸に近い、アイに黙とうをささげた。
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ラヴィルスが生み出した怪物によって壊された世界の復興には時間がかかった。
まず、世界政府が誕生した。
人類が住むことのできなくなった土地を境界とし、世界を20つのエリアに分割した。
生き残った人類は皆協力し、新たな一歩を踏み始めたのだ。
100年の時が過ぎたとき、それぞれのエリアが国として機能し始めた。
魔法少女の力を利用した兵器、そして世界を滅ぼした魔法少女。
その力はあまりにも強大だった。
新たな火種を生み出さないためにあの日のことは黒歴史として封印されることとなった。
あれから1000年の時が経とうとしている。
人々は荒廃し、すっかり元通りになった。
これが人の性か、とイヴは諦めかけていた。
そんなある日のこと。
「お姉さん~?俺らと遊ばない?」
イヴは二人の男に絡まれていた。
「嫌です」
イヴはそう言い即座に立ち去ろうとした。
「いいじゃん、いいじゃん、楽しもうぜ?」
1人の男がイヴの手を掴んだ。
イヴはその手を振りほどこうとしたが、もう一人の男に後ろから捕らえられた。
「チッ……」
イヴはポケットにしまってあった催涙スプレーを取り出した。
「おい、やめろ!嫌がっているだろ!」
その時、ひとりの少年が男たちに向かって叫んだ。
「なんだぁこのガキィ?」
「調子に乗るなよ、小僧!」
男はイヴを離し、少年に向かっていった。
「僕が相手だ!」
少年は拳を構えた。
「まずい……」
大人二人に少年が勝てるはずもない。
イヴは魔法少女の力を解放した。
二人の男のベルトを一瞬で切り裂いた。
ズボンがずれ落ち、そしてパンツが丸出しになった。
「くっ……」
「覚えてろ……」
男二人は捨て台詞を言い、去っていった。
少年はほっと一息吐いた。
「ありがとね、きみ」
イヴは少年の顔を見つめお礼を言った。
少年は照れ隠しをしながら、何も言わず立ち去った。
イヴはこの世界に残された微かな希望を感じた。
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「……」
「シルビア、どうした?」
広場でうたた寝をしてたシルビアにトワが話しかけた。
シルビアはゆっくりと目を開けた。
「少し昔のことを思い出していた。」
シルビアは刀を手に取り立ち上がった。
「どこへ行く?」
「もうすぐ戦いが始まると聞いたので……」
「いや、今回はお前は出なくていい」
「どうして?」
トワはにやりと笑い、空に手をかざした。
空中に巨大なモニターが出現した。
「これを見なさい」
モニターには魔法少女軍と魔法結社の魔法少女が映し出されていた。
魔法少女たちはにらみを利かせ、今にも戦闘が始まりそうだった。




