幕間 ずっと遠い過去の話 前編
20XX年
私が人間として生きている中で最悪な年だった。
原因不明の新型ウイルスの蔓延。恐慌に次ぐ恐慌。
失業者の数は歴代最大となり、世界経済は崩壊した。
世界中、どんな国でも暴動が起き、その有様はまさに世紀末。
近々、大きな戦争が起こる。
そんなうわさを誰もが信じていた。
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11月15日、東京。
「あ、あれ……財布が……」
カバンに入れてあった財布がない。
落としたのか、盗まれたのかはわからない。
だが、いくら探しても財布は見つからなかった。
「運が悪いね、多分すられたよ、あんた。悪いけど、終点まで来てもらうよ」
「……はい」
以前だったら、「次回払ってね」と言われて終わったのだろう。
これも治安が悪くなった結果だ。
私はバスの終点まで乗り、書類を書いて解放された。
結果、私は学校に遅刻することになった。
が、そんなことはどうでもいい。
学校は特別楽しいわけでもなかったからだ。
より重要なのは銀行口座の凍結だ。
悪用されたらたまったものではない。
私は急いで近くの銀行へ向かった。
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「はい、確かに元の口座は凍結いたしました。こちらが新しい口座になります」
「よかったぁ、間に合った」
口座の中のお金も無事のようだ。
財布に入っていた数万円は無事に無くなったが。
帰ったら、何かおいしいものでも食べよう。
そう思って銀行から出ようとした、その時だった。
「いて……」
私は誰かにぶつかり地面に倒れた。
顔を上げると、体格の良い大男が数人立っていた。
顔は覆面で覆われており、全くわからない。
手には物騒な銃を持っている。
「あ……」
漫画とかで見たことあるので知っていた。
銀行強盗だ。
私は声を上げる間もなく、男の一人に手を掴まれた。
「全員その場から動くな!動いたらこいつの命は無い!」
「ひっ……」
怖くて体が動かない。
だれか、助けて。そう願って目を開いた。
すると、
「へぇ~すげぇ」
「銀行強盗、本物だぁ」
客は皆、スマホを取り出し、銀行強盗の写真を取り出した。
窓口は制止しているが、慌てている様子はない。
「いい加減にしろ!お前らは早くこれに金をつめろ!」
強盗が怒りを表しても、客は止まる様子はない。
まるで、私の命に関心がないようだ。
思ってみれば、そうかもしれない。
他の誰かが死のうが自分には関係ない。
狂っている?いいえ、
それがきっと普通なんだ。
でも、私は……
「生きたいよぉ……」
私の願いは届かなかった。
鳴りやまないシャッター音とフラッシュが強盗の五感を刺激した。
それが引き金となり、銃のトリガーが引かれた。
大きな音が耳元でなったのが最後、私の意識はプツンと切れた。
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意識が戻った時、私は天国にいるのかと思った。
しかし、そこは天国でも地獄でもなく現実だった。
さっきまで私がいた銀行。
強盗が銃を乱射したのか、辺りは血の海になっていた。
スマホで動画を撮っていた客はほとんど死に、生き残った者は部屋の隅でおびえていた。
強盗は金をつめいてる最中だ。
だけど、全員が私の方を見ている。
「な、ななな、なんだぁお前はぁぁぁ!!!」
強盗が私に向けて銃を放った。
私はとっさに目を瞑ったが、弾が当たる気配はない。
私が目を開けると、弾は空中でゆっくりと動いていた。
「え……」
弾だけではない。周りのものが全てゆっくり動いている。
私は指先で銃弾に触れてみた。
「いっ……」
銃弾は突然高速で動き出し、私の指をへし折った。
そして再びゆっくりと動き出す。
私はそれで理解した。
周りの時空がゆがみ、遅くなっているのではない。
私の感覚が鋭くなっているのだ。
人は死を目前にしたとき、周りのものがスローに見える。
漫画でしか見たことがないが、アレに似ている。
私は銃弾が当たらない場所へ移動した。
すると私の予想通り、時は加速し、元のスピードにもどった。
「何ぃ……!?」
強盗が驚愕し、銃を落とした。
それもそのはず、たとえ銃弾がゆっくり見えたところで、避けれるはずがないのである。
つまるところ、私は人間の限界を超えるスピードで移動したことになる。
それは強盗の目にもはっきりと移ったはずだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。
私自身もまた、この力に驚きを隠せなかった。
そもそも、銃で撃たれて死んでいたはずである。
私は窓に反射する私自身を見つめた。
さっきまで自分が着ていた地味な服ではなく、何とも派手で煌びやかな服を着ていた。
「えっ……!?」
まるで、魔法少女。
あまりにも場違いなコスプレに、私は少し恥ずかしくなった。
しかし、私は同時に理解した。
「魔法少女か、悪くない……」
私は天井に手を掲げた。
魔法少女が戦うには武器が必要だ。
今なら出現させられそう、そう思った。
出てきたのはアサルトライフル。
「はは……こうなっちゃうか……」
最初にイメージした武器が銃だ。
突然、武器をイメージすると言っても、強盗が使っていた銃しか出てこなかった。
私はそれを握りしめた。
あまり重くはない。それに初めて持ったのに使い方がなんとなくわかる。
「まあいいか!」
その銃弾は相手が悲鳴を上げるよりも早く、三人の強盗の眉間を打ち抜いた。
人を殺したという感触はない。
ただ、悪を倒しただけ。
「こういうとき、何て言うんだっけ……」
私が毎週見ているアニメの魔法少女のセリフが思い出せない。
とりあえず私はかっこいいポーズを決めた。
そして、拍手と歓声が私に送られる。はずだった。
上がったのは悲鳴。
銀行員は恐怖の悲鳴を上げた。
強盗を面白半分で撮影していた客でさえ、恐怖で震えてスマホを握れずにいた。
「だ、だいじょうぶだよ……?」
私の言葉を聞いてくれる様子ではない。
それもそのはずだ。
私の力はあまりにも異質。異次元。不可解。
人間が理解が追い付くはずがない、未知の恐怖。
「警察だ!銃を下ろせ!」
警察が来た。やっとこれで救われる。
そう思って振り返ると、警官の拳銃は私自身に向けられていた。
「そこを動くな!」
「どうして……」
私は弁明しようとした。
「う、動くな!化け物!」
「ばっ……」
警官が銃を放った。
先ほどと同じだ。その銃弾は簡単に避けられるように見えた。
だけど私は避けなかった。
試してみたかったからだ。
私の正体は何なのかを。
銃弾は私の心臓に命中する。
付近の骨や肺を砕いた。
全身に痛みがこみ上げる。私は吐血した。
「ごほっ……ごほっ……」
だけど、死ぬ気は全くしなかった。
痛みはすぐに引いてゆき、傷跡も完全に塞がった。
残ったのは、口の中に広がる血の味だけ。
「化け物……か……」
私は警官の横を通って、銀行の外へ出た。
警官は誰一人、私が横を素通りしたことに気づかない。
ただの人間だからだ。
外に出ると、冬でも温かい日差しが照らしていた。
「雨でも降ってくれたら、完ぺきだったのにな……」
私は歩いて家に帰ることにした。
帰ったら寝よう。
これはきっと悪い夢だから。




