第59話 ディアナ
あの日。
アルカが魔法少女Xを追い詰めたあの日。
アルカが事務所に帰ると、助手の姿はどこにもなかった。
「……」
事務所は真っ暗。
机の上には置き手紙。
アルカはその手紙を読んだ。
-アルカへ、すれ違ったときのために置いておきます-
その手紙には助手の行き先が書かれていた。
その場所はよく行ったことがある場所だったが、アルカは不安になった。
助手が事務所を出てから数時間は経っている。
やけに静かな事務所の空気がさらに不安を駆り立てた。
アルカはすぐに教会に向かった。
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林道を抜け、教会にたどり着いた。
今日は定休日だろうか、教会の電気は完全に落ちていた。
アルカは教会の扉を開けた。
月明かりに照らされるステンドガラスの光の下。
ミコトが箒を持ちながら立っていた。
「どうしたの?こんな夜中に。」
「私の……能力で確認しました。」
アルカはミコトから目を逸らしながら話し始めた。
「助手が死にました。」
「……」
「死体を隠しても意味ないんですよ。痕跡を辿れば周辺の物語は見ることができるからです。」
「そう、やっぱり……か……」
「あなたが、殺したんですよね。ミコト……」
ミコトは持っていた箒を置いた。
そして、もう片方の手に持っていた仮面を取り出し、アルカの足元に向かって投げ捨てた。
「正解だ。もっとも、お前にとっては簡単な問題だったか?」
「あなたがXだと言ってくれれば……話し合えたかもしれない……!でも、もう……遅かった。」
アルカは悲しみの表情を浮かべながら、ミコトに剣を向けた。
「あなたを殺します。ミコト。」
「うぅ……」
ミコトは蹲り、ぼそぼそとつぶやき始めた。
「うまくやっていた……私は……悪くない……」
ステンドガラスから流れた光はミコトへと吸収された。
吸収された光はミコトの衣装を形成した。
命を救う者。まるで医者のような姿。
ミコトはその白衣を脱ぎ捨てた。
魔法少女Xの黒い衣装。といよりはタイツに近い。
そして、全身や四肢に血のように流れる緑色の光のライン。
緑の光はミコトの大剣にまで流れている。
「私は……悪くないんだ!」
ミコトは大剣を構え、アルカに迫った。
「うわああああああああああ!!!」
無意味な戦いが始まった。
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アルカは終始優勢だった。
ミコトの攻撃は捨て身の特攻のみ。
アルカはその攻撃を捌き、確実にダメージを与えた。
しばらくしてミコトの反応速度が低下する。
それにより発生した隙をアルカは見逃さなかった。
「……!」
ミコトの大腿に斬撃。
ミコトはバランスを崩し地面に倒れる。
ミコトは顔面を強打した。
血が爆ぜる鈍い音。
「……やったか?」
しかし、ミコトは動きを止めなかった。
地面に剣を突き立て杖の代わりにする。
そして、ふらふらとしながら立ち上がる。
ミコトが大きく息を吐いた。
その口からは吐息と共に血液もあふれ出した。
虚ろな目をしながらアルカを見つめる。
勝敗は決していた。
それでもミコトは剣を下ろさない。
アルカはミコトにとどめをさすため、ゆっくりと近づく。
せめてもの情け。首を跳ね飛ばして一瞬で命を絶つつもりだった。
「さようなら、ミコト。」
アルカは剣を振り下ろした。
その瞬間。
ミコトが一瞬加速する。
首に振り下ろされるはずだった刃はミコトの肩に当たった。
そして、ミコトの左腕が切り落とされると同時にミコトの剣がアルカの胸に突き刺さった。
「あぁ……」
「一瞬の油断が命取り。魔法少女同士の戦いはこれが怖い……」
ミコトは剣に突き刺さったアルカを持ち上げ、壁に向かって振りぬいた。
剣から抜けた。アルカは壁に激突した。
気を失ったアルカにミコトが迫る。
「大丈夫……あなたはいい人だから。殺しはしない……」
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数時間後。
「おはよう……アルカ。」
「……」
椅子に縛り付けられたアルカにミコトが質問した。
「このナイフに見覚えはある?」
「ベン……ジャミン先生の……ナイフ?」
「正解、残念ね。」
ミコトはそう言うと、手に持っていた注射をアルカの頭に打ち込んだ。
「あ゛ぁ゛……!!」
アルカは痛みに悶えて叫んだ。
そしてすぐに意識を失った。
「記憶消去か……」
ミコトは声のした方を振り返る。
そこにはカイザーが立っていた。
「あら?ここは立ち入り禁止よ。カイザー。」
「やっぱり、まだ魔法少女だったんだな。」
「やっぱり?」
カイザーは室内に置いてある空き瓶を持って言った。
「魔法水の瓶。魔法少女が居なければこんなもん持ってたりしない。」
「ふーん。ガブリエラを助けたときは緊急事態だったけど。意外と抜け目のない人ね。」
「意外とは余計だ。それで、そいつの記憶を消してどうするつもりだ?」
「殺したくないだけよ。でも生かすとしたら記憶があるのは都合が悪いの。」
「それで罪悪感を消し去ろうとしているのか?」
「……」
ミコトは何も答えなかった。
カイザーは空き瓶を元の場所に戻した。
「まあ、俺にはお前の計画を邪魔する力も正義もないからな。」
そうとだけ言うと、カイザーはミコトの部屋から出ていった。
「私の罪は消えないから……」
ミコトはそうつぶやくと、丁度目覚めたアルカに語りかけた。
「おはよう、アルカ。」
「……」
ミコトは一枚の写真をアルカに見せた。
「この子に見覚えはある?」
「私の……助手……」
「まだ、覚えているの?しぶといわね。」
ミコトは再びアルカの頭に注射をした。
「あ゛ぁっ……!!」
(絶対に……忘れない……)
(絶対に忘れてたまるか……!)
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しばらく記憶消去の手術は続いた。
「私は……アルカ……ディアナ……」
「……」
ミコトが名前を聞く前に、アルカはそう言った。
ミコトはアルカの助手の写真を見せた。
「この子の名前、わかる?」
「……わからない」
「じゃあ、あなたの名前は?」
「アルカ・ディアナ……」
アルカははっきりと答えた。
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アルカは涙をぽろぽろと流した。
「ディアナ……」
そう。それが助手の名前だ。
ようやく思い出すことができた。
いや、一度も忘れたことはなかった。
自身の名前に刻むことで、絶対に忘れることがないように。
アルカとの戦闘に敗れ、倒れているメイは笑った。
「あはは……そうか、やっと、思い出したか……」
アルカはメイに手を差し伸べた。
メイは立ち上がり、白い服を着た少女を見ながら言った。
「ディアナがミコトに襲われたとき、私はたまたまその瞬間を目撃した。すぐさまディアナにデミ化手術を施すことで一命は取り留めた。記憶に障害が出てしまったがね。そして、この『楽園』で保護していたってわけだ。」
「ありがとう、メイ。そうか、この子がディアナ……」
アルカはディアナの顔を見つめた。
確かにディアナのはずだ。
アルカの名前を覚えていたのが何よりの証拠。
しかし、アルカはまだディアナの顔を思い出すことはできなかった。
アルカは嬉しいのか悲しいのか複雑な気持ちになった。
「アルカ、アンチマギカに加わる気はないか?」
メイがアルカに聞いた。
「どうして?」
「ミコトを、あの悪魔を殺すんだ。政府と協力して……」
メイの話によると、メイはミコトが魔法少女Xであることを見抜いており、悪行を止めるために何度も暗殺を試みてきた。
リンネのアジトの襲撃の際、政府の軍と鉢合わせたのは、メイが政府と連絡を取っていたからである。
アルカがアンチマギカに連れてこられたのは全くの偶然であるが、ここまでのシナリオはメイが仕組んだものである。
メイはアルカに手を伸ばし、握手を求めた。
「嫌だよ。ばーか。」
アルカはメイの手を弾いた。
「どうして!?」
「こんな非道な連中と手を組む理由はない。」
アルカの言い分はもっともであるが、メイは感情的になって説得を続けた。
「一人じゃ絶対にミコトには勝てない!あいつは……」
「大丈夫、私は一人じゃない。行こう、ディアナ。」
「は、はい。」
ディアナを連れて、アルカを楽園から脱出した。
一人残されたメイは茫然と突っ立っていた。
「アルカ……気づいてよ……。あいつは……あいつの魔法は……!」
その叫びはアルカに届くことはなかった。




