第58話 楽園
工場の最下層。
谷底に聳える巨大な水槽。
流れる液体。響く大地。
緑色の光と煙、放たれる臭気はどことなく甘い香り。
それは命の灯。魔法少女たちの涙。
「アルカ……待ってよ……」
走るアルカに息を切らしながらメイがついてきた。
「これからどうするつもり?」
「まずは、この工場に捕らえられている魔法少女たちを解放する。それから脱出だ。」
アルカはそう答えた。
「どこにいるかわかるの?」
「ああ。」
アルカはレーンを流れる魔結晶を一つ掴んだ。
そして、それに対して能力を発動した。
神の眼はどんな物語でも映し出す。
魔結晶はただの道具だ。
しかし、元は魔法少女。
魔法少女が殺される過程をたどれば彼女たちが収容されている場所がわかる。
「うん、見えた。」
正確に言えば、見えたのは途中まで。だが、それで十分だった。
本来、加工品の物語を見るときは加工前の素材の物語を見ることはできない。
魔法少女という存在故か加工直後だからは不明だがイレギュラーな事態に救われた。
しかし、たとえ結晶から物語が見えなくても別の手がかりをたどればいいだけだ。
「こっち!」
アルカはメイの手を引いて走り出した。
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不気味なほど暗い通路。
じめじめとした湿気。
掃除がされている気配は全くない。
ネズミの鳴き声が聞こえる。
そんな通路をしばらく歩いた先。
「ここか……」
鋼鉄の扉。巨大な南京錠。
普通の人なら絶対に開けられない。そんな雰囲気を放っていた。
アルカは錠を炎で溶かし、その扉に手をかけた。
鈍重な扉はゆっくりと大きな音を立てて動き出した。
暗い通路に光が差し込む。
「!?」
その光景はアルカが想像していたものとは全く異なるものだった。
溢れんばかりの光。
豪華な噴水。綺麗な芝生。立ち並ぶ家々。
間違えて出口まで来てしまった。
そうとも思えないほど異常な光景にアルカは言葉を失った。
「あ、神様が来たよ!」
一人の少女がアルカたちを指さして言った。
すると、物陰からたくさんの少女が現れた。
白い服に黄金色の髪。
まるで妖精のような少女たちがアルカとメイに集まってきた。
「神様?」
茫然としているアルカに少女が尋ねる。
「今日は誰を迎えに来たの?」
その言葉を聞いたとき、アルカは我に返った。
神の眼を使い、自分の予想と照らし合わせる。
そして、アルカは頭を抱えた。
「この子たちは捕まったんじゃない……元々ここにいたんだ。まるで養豚場の豚みたいに……エネルギーを作り出すためだけに育てられているんだ……」
「ご明察!」
アルカが声をした方を振り向くと、時計台の上にエニグマが立っていた。
「ま、この『楽園』と外の『工場』を見れば誰だって予想はつくがな……」
「エニグマ……」
エニグマは時計台から飛び降りて、アルカたちに近づいてきた。
「魔法少女を捕まえるのは簡単じゃない。だから魔結晶の生成するエネルギーの効率は現実的じゃなかったんだ。だけど、こうすることで解決できた。」
「なら、いったいどうやってこれだけの数の魔法少女を揃えた?」
「こいつらは魔法少女じゃない。もとは人間、つまりデミだ。」
デミ。
魔法少女ではない人間に魔法少女の力を移植したもの。
アルカの友人であるロロもその一人だ。
「異端狩り。アンチマギカの名のもとにデミを掃討し捕獲する。あとは脳を弄って記憶を消せば完成だ。」
「お前らはアンチマギカでも何でもない。ただのどうしようもないゴミクズ野郎だ……」
アルカの怒りは既に頂点に達していた。
剣を抜き、炎を纏う。
エニグマはにやりと笑った。
「さっきは油断したが、もう二度と不覚はとらない。」
エニグマが取り出したのは小さな黒い箱。
その黒い箱からこの世のものとは思えない触手が何本も現れた。
触手が一斉にアルカに襲い掛かる。
アルカは華麗な剣捌きで一つ一つしっかりと触手を切り落とした。
そして、メイに向かって叫ぶ。
「メイ!この子たちを連れて先に逃げて!」
「……わかった!」
メイは少女たちを『楽園』の外へ誘導した。
「させない……」
エニグマの触手がメイたちに襲い掛かる。
しかし、その攻撃はアルカの手から放たれた業火に阻まれた。
「さて、ここからが本番だ。あの子たちがいると本気出せないんだよね。巻き込んじゃうかもしれないから。」
「この私を舐めるなよ……」
再度アルカとエニグマは交戦した。
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『楽園』は炎上した。
草も木も、家も何もかも、焼け落ちた。
熱気と陽炎立ちのぼり、煤塵が舞う。
二人の魔法少女は血まみれになりながら互いの正義をぶつけていた。
「いい加減……死ねぇ!」
エニグマは黒い箱で直接アルカを殴った。
「勝った!お前の体内に触手を生み出した。内側から喰い破れろ……!」
エニグマの宣言通り、アルカの体内から無数の触手が飛び出し、大量の血が噴き出した。
「ははは……は?」
「やっと、捕まえた……」
アルカはエニグマの手を掴んでいた。
エニグマが必死に引き離そうが、アルカの体が触手に蝕まれようがその手は決して離れない。
その魔法少女に近づいたら最期、魂の一かけらも残さず燃やし尽くされる。
「あんたには地獄の炎がお似合いだぜ。」
「ぐ……離せぇぇぇ!!」
エニグマが叫ぶ。
炎は瞬時にエニグマの体を包んだ。
力を失い、エニグマが地面に倒れるまでわずか数秒。
エニグマの体は誰かわからぬほど真っ黒になった。
それでもしばらく炎が消えることはなかった。
アルカの体から触手が消滅する。
アルカは地面にゆっくり腰を下ろした。
「はぁ……」
炎上した楽園を眺める。
「……?」
アルカがふと燃え上がる家を見たとき、その中に白いものが蠢いているのが見えた。
目を凝らして見る。
それは『楽園』に連れてこられた少女の一人だった。
「まずい……逃げそびれたか……」
アルカはすぐに立ち上がり、少女の救出に向かった。
燃える瓦礫を丁寧にどかし、少女を抱き上げる。
少女は煙を吸い気を失っていた。
エニグマの言ったことを信じれば彼女もデミだ。
ならば命の心配はいらないだろう。
少女はすぐに目を覚ました。
そして、アルカの顔をみて一言つぶやいた。
「アル……カ……」
「え?」
少女は再び目を閉じた。
アルカはその少女の顔を茫然と眺めた。
「あなたは……いったい……」
会ったこともない少女。
なのにアルカの名前を知っている。
アルカは未知の恐怖に襲われた。
その時。
「まだ、思い出せないのか?」
アルカは声がした方を振り返る。
そこにはメイが立っていた。
しかし、修道服を着たメイではない。
スカートはびりびりと裂けており、頭には角が生えている。
手には巨大なスカルペルを抱えていた。
「メイ、あの子たちはどうした。」
アルカは抱えた少女を安全な場所にゆっくりと下ろしながらメイに聞いた。
メイはアルカを挑発するかのような口調で言った。
「おいおい、おいおいおい。私の晴れ姿には一切興味なしか?」
メイは自身の容姿を見せびらかすように回転した。
アルカはその様子を見て言った。
「ああ、なんとなく怪しいと思ってたよ。何故私の能力を知っていたか、なぜこんなところにいるのか。その答えはひとつ。お前は魔法少女、しかもアンチマギカ側のな。」
「ちょっと無理がありすぎたかな。はは、まあ時間がなくて急遽作り上げたシナリオだったから。」
メイは残念そうに首を傾げた。
アルカは剣を引き抜き臨戦態勢をとる。
「メイ。お前には聞きたいことが山ほどあるが、とりあえず、あの子たちはどこに行った。」
「適当に逃がしたよ。そのあとは知らない。興味がないからね。」
「お前は、私の何を知っている……」
「その答えを話すのは私じゃない……」
メイはそう言うと、服の中から仮面を取り出した。
そしてその仮面を自分に取り付けて言った。
「お前自身だ。」
仮面を取り付け、己の顔を隠した魔法少女。
アルカはその魔法少女を知っていた。
「X……!」
かつてアルカが追っていた殺人鬼。
アルカはその呼称を口ずさむ。
「上出来だ。」
メイはアルカにそう言うと、持っていたスカルペルを振りかざしアルカに迫った。




