第56話 記憶のかたすみ 後編
エリア1の中心、通称エリアA。
魔法少女の研究所は様々な場所にあるが、最も大きな研究所はエリアAのさらに中央にある。
政府複合施設として巨大なビルが立ち並ぶ摩天楼。そのどこかにだ。
レイスたちはそこへ連れ去られたと考えるのが妥当だ。
アルカは少し離れた建物の屋上から望遠鏡で様子を窺った。
政府複合施設は巨大な壁に囲まれていた。入り口は正面の大きな門一つのみ。
一般人が立ち入ることは許されず、たとえエリアAの上流階級の人でも入場が許可されるのはほんの一部だけだ。
周囲を見るだけでも政府の軍による厳重な警備がされている。
侵入は不可能に思える。
とはいえアルカは魔法少女。
鉄の壁を溶かし、わき道から侵入することは容易だった。
アルカは能力を駆使し、レイスが軟禁されている場所へ向かった。
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「ごほっ、ごほっ……」
アルカはせき込んだ。
現在埃まみれのダクトの中を移動していた。
まともに歩けば監視カメラに写ってしまうからだ。
アルカはダクトの風穴からレイスたちの行方を追った。
そしてその物語が途切れた場所。アルカはダクトを開け飛び降りた。
多くの本棚に囲まれた小さな部屋。
とても研究するための部屋とは思えない。
しかし、そこに白衣を着た女性が立っていた。
「レイス?」
「君は……」
その女性はレイスではなかった。
研究所長ハルシオン・ソーディア。
エリア1のトップ、トワの右腕的存在であり、リンネやレイスの上司であった。
アルカはハルシオンに剣を向けた。
「レイスはどこだ……」
「そうか……君がアルカか……」
ハルシオンは手を顎に当て、知ったような口調で言った。
「なんで、私の名前を……」
「レイスから聞いていた。ここにとある魔法少女が自分を探しにやってくると……」
「じゃあ知っているんだな。早く話せ。」
アルカは剣をハルシオンの首元まで移動させた。
ハルシオンはゆっくりと手を上げて言った。
「落ち着いて聞いて。単刀直入に言うと、レイスはここには居ない。」
「どこに行った?」
「アビスの魔法で移動した。ここではないどこかにな……」
アルカは剣をおさめた。ハルシオンは嘘をついていない。
アルカも先ほど自分の能力で確認した。
ハルシオンはそのまま続けて言った。
「トワ様もレイスの能力を十分に評価している。身の安全は心配しなくていい。ただ、アビスの方は別の場所で監禁されていると思う。レイスを従属させるための人質としてな。」
「でも、アビスは自分の能力で逃げ出せるはず……」
「『逃げたらレイスを殺す』そう言われたら逃げ出したくても逃げ出せないさ。」
「……クソ」
アルカは部屋から出て行こうとした。
「待て。どこへ行く気だ?」
「決まってる。レイスを探して救い出す。」
「やめろ。」
「でも、そうなったらレイスはまた……」
アルカは以前、レイスとアビスの話を聞いたことがあった。
魔法少女よりも恐ろしい存在。
それは、近々起きる戦争で用いられる。と。
「下手に動けば殺されるのはお前だ。レイスはそれを避けるためにお前の能力が届かない方法で移動した。たとえその兵器を完成させたとしても、お前やアビスに危険な目に合ってほしくないんだよ。」
「矛盾している。戦争が起きれば、より多くの人が悲しむ。」
「あいつは不器用だからな……」
八方塞がり。
どこにいるかわからない以上、救出は間違いなく難航する。
仮にどちらか救出できたとしても、片方の身の安全は保障できない。
今動くのは得策ではない。
アルカはハルシオンに聞いた。
「最後に一つだけ聞かせてくれ、あんたは一体どっちの味方だ。」
「私は……政府の味方だ。少なくとも今のところはな……」
ハルシオンはそう答えた。
「レイスとアビスを……頼みます……」
アルカはそう言い残しダクトに戻り、研究所を立ち去った。
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政府複合施設から抜け出したアルカはエリアAをさまよっていた。
とはいえそこまで離れているわけでもなく。巨大な摩天楼が嫌でも視界に入る。
アルカはその辺で買ったアイスクリームを食べながらベンチに座った。
そして、物憂げに空を見上げた。
かつて最も繫栄していると言われていたエリア1。
しかし、無法地帯であるエリアBやロロたちがやってきたエリアC。
そして、その屍の上に成り立ったエリアA。
この惨状を見てアルカの憧れや理想はとうに消え果ていた。
「おまけに今度は戦争か……」
いったいどこのだれと戦争をするのだろうか。
エリアBの連中かそれとも他のエリアか。
暴君であるトワならば、世界中と戦争だってあり得る。
「さすがに無理か……」
いくらエリア1が最も繁栄している都市だとしても、全世界が相手ならば勝てる保証はないだろう。
気がかりなのは、魔法少女よりも恐ろしい兵器を開発している。ということだ。
ただでさえ強力な魔法少女の兵器運用であるが、それを超える兵器となると。
本当にトワは世界中と戦う気なのかもしれない。
アルカがそんなことを考えていたら、どこからか声が聞こえてきた。
スピーカーがハウリングして耳障りな音だ。
音のする方を見ると群衆が集まっている。
何かを主張しているようだ。
気になったのでアルカはそこへ近寄って行った。
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「魔法少女を許してはならない!絶滅させるべきである!」
声を荒げて発言しているのは短髪の男。
横断幕にはでかでかと魔法少女反対と書かれていた。
アルカは男の仲間と思しき人からパンフレットを貰った。
「魔法少女反対運動?」
こういった反魔法少女の団体は珍しくない。
アルカも以前会ったことがある。
そういった団体はひっそりと活動しているものだ。
しかし、魔法少女が世の中に浸透してきたと同時に台頭してきた。
いわゆる過激派。
彼らの主張は一点張り。
魔法少女は危険な存在であるということ。
「まあいいや……」
めちゃくちゃな理論を展開していたが、アルカは言いたい気持ちを抑えた。
絡むだけ損。彼らがこのまま活動を続ければ、いずれ政府とぶつかる。
そうなれば、自然に消滅する。わざわざ手を下すまでもない。
アルカはまるで当事者でないかのようにそこから立ち去ろうとした。
しかし。
「さあ本日のメインイベント!」
男が嬉しそうな声を上げた。
民衆の歓声と共に出てきたのは巨大な装置。
「なっ……」
アルカは驚愕した。
装置には幼い少女が吊るされていた。
目と口を塞がれ、手足を拘束されている。
「ここに一人の魔法少女が居ます!本日はこの魔法少女の処刑ショーを行います!」
少女の下には焚火が置かれている。
少女は火刑にされようとしていた。
「こいつら……!」
アルカの憤りとは逆に周りの民衆はどんどん盛り上がる。
男が火のついた松明を握った。そしてそれを掲げて言った。
「憎き魔法少女を焼き殺す、浄化の炎です!」
男はそれを焚火につけようとした。
アルカは剣でそれを弾いた。
「え?」
男は驚いてアルカの顔を見上げる。
アルカの怒りが頂点に達する前、アルカは既に行動していた。
「な、なんだお前は!」
アルカは炎の剣を振るう。
装置はバラバラに破壊され少女はアルカの腕の中に落ちてきた。
アルカは男に言った。
「処刑が執行される前でよかったな。始まっていたら、お前は今頃、死んでたぞ?」
「ひぃぃぃぃ!!」
男やその仲間たち、民衆は悲鳴を上げて逃げ始めた。
アルカは少女の拘束を解いた。
「あ、ありがとうございます……」
「けがはなかったかい?」
「はい!」
アルカは少女に微笑みかけた。
「さて、と……」
アルカは周囲を確認した。
大半の民衆は逃げ出したが一部の人が残っている。
おそらく通報された。
すぐに警備隊がやってくるだろう。
相手が魔法少女となれば、魔法少女軍の可能性もある。
「早いところずらかるか。」
アルカがそう少女に言った。
その時。
少女はアルカの胸に飛び込むように抱き着いた。
「え……?」
アルカは突然のことに反応できなかった。
腹部に走る激痛。
少女はアルカを見上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「!!」
アルカは少女を蹴飛ばした。
「なん……で……」
アルカは少女にナイフで刺された。
すぐに再生するため、アルカはナイフを自分の体から抜き出した。
そのナイフは黒く輝いていた。
「このナイフは……」
どこかで見たことのあるナイフ。
どこで見たのか思考を巡らせたが、答えまでにたどり着かず。
魔法の力で体の再生もできない。
血はドロドロとあふれ出し、視界がゆがむ。
アルカは意識を失ってその場に倒れた。




