幕間 命の教会 後編
魔法少女は願いを叶えることができる。
リンネ博士のレポートにそう書いてある。
これはあながち嘘ではない。
空腹で死に絶えそうな少女がいたとする。
その少女は「何かおいしいものが食べたい」と願う。
こうして誕生した魔法少女は「何かおいしいもの」を出現させる能力ではなく「何かおいしいもの」を作り出す能力を得る。
つまり、魔法少女は願いを叶えることができるのではなく、願いを叶えることができる手段を手に入れるのだ。
空腹で誕生した魔法少女はいつでも願いを叶えることができるだろう。
自分の願いは「何かおいしいものが食べたい」だからだ。
しかし、「何かおいしいもの」は「世界で最もおいしいもの」に代わる。
願いは永遠に叶うことはなく、いずれ魔法少女の力に溺れる。そして狂う。
「なるほどなるほど……」
アルカは教会の常連となっていた。
値段もお手頃で、エリアBの辺境にあるため助手が探しに来ることも少ない。
店主であるカイザーやミコトとはある程度仲良くなっていた。
ある日、カイザーがミコトの事情をペラペラとアルカに話したので、興味を持ったアルカは現在ミコトに話を聞いている最中だ。
勝手に話をしたカイザーは当然ミコトにボコボコにされた。
「というか、魔法少女としてはあなたの方が先輩なんだよね」
「魔法少女を卒業するってことがどういうことか知りたかっただけです」
「言っておくがこれは注意喚起だ。アルカも魔法少女の力に頼りすぎて、大切なものを見失わないようにな」
アルカは疑問に思ったことを聞いた。
「ところで、ミコトは魔法少女を卒業したんだよね。だったら願いを叶えたってこと?」
「私は……願いを叶えることができなくなった」
「え?」
「私の願いはみんなと仲良く暮らしたかった、それだけだ。だけど、私の親友は魔法少女の力に溺れ暴走した。私は親友を止めるため願いを放棄し、殺したんだ。あの日から魔法は使えなくなった」
「そんなことがあったんですね……すみません」
「いいよいいよ、気にしてないから!」
ミコトは笑顔でそう言った。
アルカもミコトにつられて愛想笑いをした。
が、アルカの目的は別にある。
自分の欲を満たすためだけにバーに通っていた訳ではない。
真の目的はミコトと仲良くなること。
数日前のことだ。
アルカの助手がミコトの部屋であるものを発見した。
黒いナイフ。ベンジャミンが所持していたものと全く同じものだ。
なぜそんなものを持っているか、考えられる理由はミコトがアルカの追っている組織に属しているということ。
だが、話を聞いてみたところ、ミコトは元魔法少女であり、嘘をついている気配もない。
能力を使いミコトの記憶を見れば一瞬で分かるが、万が一そうだった場合反撃される可能性が高い。
「……」
変に隠していると、いつかバレる。
そうなると印象が悪くなりお店に入りづらくなる。
「ミコト、実は……」
アルカは思い切ってミコトに聞くことにした。
ミコトはアルカの話を聞くと驚いた顔をした。
「あぁ……あのときね……」
そう言うと突然立ち上がり、自分の部屋へ歩いて行った。
しばらくした後、ミコトは戻ってきた。
手には黒いナイフが握られていた。
「確かに、あの子が言ったとおりだ。ベンジャミンのナイフと全く同じ。ところでどこでこのナイフを……」
アルカがミコトに聞いた。
ミコトは少し考えてから、笑顔を見せて言った。
「それはね……あなたを殺すため……」
「……!!」
アルカは身の危険を察知し、ミコトから離れた。
そして魔法少女に変身し、剣を鞘から抜いた。
教会に閃光が走る。
ミコトはあまりのまぶしさに目がくらんだ。
次の瞬間、ミコトが握っていたナイフは床に弾き落とされ、アルカの剣がミコトの首元に置かれていた。
「じょ、冗談!!冗談だって!!」
ミコトは必死で弁解した。
アルカはしばらくミコトを見つめてから、変身を解いた。
「ミコト、その冗談は笑えない……」
「ごめん……」
ミコトは床に落とされたナイフを拾いなおした。
「このナイフは私のもう一人の親友が持っていたものだ」
「ということはその友人は組織に属していた?」
「わからない。だけどゆずは美音を殺そうとしていた。それだけは確かよ」
ミコトはナイフを机に置いた。
「このナイフはあなたにあげるわ。私にはもう必要のないものだから」
アルカはナイフを受け取った。
能力を発動し物語を見ることはできないが、組織につながる重要な証拠だ。
複数あっても損はない。
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その日の夜、アルカの事務所。
アルカは助手に二本のナイフを構えて見せた。
「というわけだ。別にミコトは組織に関係なかったぞ」
「杞憂だったか、ごめんアルカ」
「いいのいいの、楽しかったから」
「はぁ……」
助手はアルカの何かを想像してにやついている顔を見て呆れた。
「でも、結局振り出しかぁ……」
「いつか必ずたどり着く。無駄なことなんてないさ」
アルカは決めポーズをしながら助手に言った。
「ふふ……そうだね」
ふとアルカが時計を見つめて立ち上がった。
そして、黒いコートを着始めた
「今日も行くの?」
「ああ」
アルカは最近になって魔法少女「X」の捜査に力を入れ始めた。
その犯行は毎回夜に行われているため、アルカは直接現場を押さえるため、町が暗くなってから外へ出る。
相手は相当強い魔法少女であることが予想されるため、助手は留守番だ。
「気を付けてね……」
「心配するな」
アルカはそう言うと、夜の街に繰り出した。
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エリアB一番街。
その名の通り、エリアBで最も栄えている場所だ。
エリアAに勝るとも劣らない高層ビルが立ち並び、昼は住民やサラリーマンたちのメインストリートとなっている。
しかし、深夜から明け方まで、その通りは姿を変える。
現れるのは黒服のマフィア。市民から居住費を巻き上げる。
家賃を延滞する者に対しては容赦せず、住居に侵入し抹殺する。
そんなマフィアに対抗する荒くれ集団。
盗みや強盗を行う者。
政府の治安維持部隊。
銃声が鳴りやむと、どこからともなく清掃員が出てくる。
死体の回収や壊れた建物の修復を行う。
そして、日の出までにはまるで夢が終わったかのように元通りになる。
殺しは日常茶飯事だが、みんな必死で生きている。
アルカはベンチで新聞を読みながらターゲットが現れるのを待っていた。
魔法少女「X」は必ずこの街に現れる。
そう思い、一週間前から張っていた。
夜の街だというのにやけに静かだ。
飲食店等はミサイルを防ぐような強固なシャッターが下ろされ、街の明かりは電灯と月だけになった。
この静寂がいつまで続くだろうか。
この静寂の内に深い眠りにつければ、明日も気持ちよく起きることができるだろう。
アルカは時計を見て時間をつぶした。
10分、20分……30分……
違和感に気づいたのは40分後。
いつもこの通りを歩くはずのマフィアが一人もいない。
そして……
「誰か!助けて……」
誰かの叫び声、それは途中で途切れたが、アルカはとにかくその声のした方へ走って行った。
そこは公園。
子供たちが遊んでいたであろうブランコや滑り台はマフィアや荒くれどもの死体と血で彩られていた。
「魔法少女X……」
アルカはそうつぶやいた。
視線の先には黒い服を着た魔法少女が立っていた。
マフィアの一人が魔法少女に掴まっている。
複数の刺し傷があり、そこから血がドロドロと流れ落ちた。
ゆっくりと苦しませて殺すという意思を感じる。
Xは満足したのか、そのマフィアの死体を噴水に投げ捨てた。
「うおおおおおおおお!!!」
アルカは魔法少女に変身し、Xに斬りかかった。
Xは自分の身長の1.5倍ほどある大剣を取り出し、アルカの攻撃を防いだ。
「なぜ……こんなことをする……!!」
アルカはXに聞いた。
「こいつらは生きる価値のないゴミだ。殺して何が悪い……」
Xの声は仮面で曇っていた。
しかし、それは幼い少女の声に聞こえた。
「あんたも……同類だ!!」
アルカは剣を発火させ、Xを炎で包んだ。
Xは剣を振りぬきアルカを押し飛ばした。
しかし、Xは炎に包まれたままだ。
「その炎は私が死ぬまで消えない……そのまま燃え尽きろ……」
Xは燃えているにも関わらず、叫び声一つ上げなかった。
いくらXが魔法少女とはいえ防げるレベルには限度がある。
それでもXは微動だにせず、仮面の奥からアルカを見つめていた。
「私は間違っていない……」
そのままXは燃え尽きた。
「死んだ……?」
猛火に包まれた人影は灰となり崩れ落ちた。
Xは死んだ、そう認識するのが正しい。
しかし、あまりにもあっさりしていたため、アルカは警戒を解かなかった。
その判断は吉と出た。
炎の中から死んだはずのXが姿を現した。
Xの大剣が緑色に発光しアルカに襲い掛かる。
間一髪、アルカはその攻撃を回避した。
「なんだ……こいつ……」
Xにアルカの攻撃がまるで効いていないようだ。
炎で焼かれた後なのに、動きは衰えておらず、むしろ速度を増していた。
「これ以上邪魔をするならば、アルカ、お前も殺す」
Xは剣を縦に構えた。
そして、アルカに向かって走り出した。
「突きか……!」
アルカは剣を振り、炎の壁を発生させた。
それでもXは止まらない。
炎の壁を突き破り、アルカに迫る。
Xが炎を抜けた先。
そこにアルカの姿はなかった。
「何!?」
炎の壁は防御のためではない。
本当の狙いは目くらまし。
一瞬の間、アルカは炎により発生した上昇気流に乗り、空中へ身を隠していた。
一度相手が見失えば十分だ。あたりがこうも暗くては、発見するのに時間がかかる。
アルカはにやりと笑った。
「もらった……!!」
アルカの空中からの攻撃。
アルカの攻撃は完全に当たった。
はずだった。
Xはアルカの剣の刃を手で受け止めていた。
手袋のようなものをしていたが、特別硬いわけでもなくXの手からは血が流れていた。
「バカな……」
アルカが動揺した隙を狙い、Xが大剣を振るう。
空中から落下中のアルカに回避する術はない。
そして、武器を掴まれている最中。絶体絶命。
死を覚悟し、アルカは目を瞑った。
「……」
アルカの体は地面に落ちた。
ゆっくりと目を開き、辺りを見渡す。
死体の山と静寂。
Xはアルカを殺さず、逃走したようだ。
「助かったのか……」
殺人鬼であるXの目的はあくまでも反社会的な人々の殺戮。
その対象ではないアルカは見逃されたのだ。
しかし、なんとも言えないモヤモヤがアルカの中に残っていた。
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一方そのころ。
アルカの助手は事務所の窓から星空を眺めていた。
いつも一時間ぐらいで切り上げてくるのに、今日はやたらと遅い。
「おそいな~……まさか!」
アルカがXと戦っているなんて夢にも思わない。
助手はアルカが自分に黙って例のバーに行っているのではないかと考えた。
「あの女~!」
助手はすぐに事務所を出た。
エリアAは夜でも明るい。
徹夜で仕事をする者。
明日が休みであるため遅くまで飲んでいる者。
星空に負けないぐらい光が満ちていた。
そんな光はだんだんと失われてゆき、エリアBに入る。
「えっと……ミコトさんの教会は……」
助手はスマートフォンを見ながら進んだ。
不幸にも、前方不注意で誰かと衝突してしまった。
「あっ……すみません」
助手は頭を下げて謝った。
ぶつかった相手は何も言わなかった。
助手はゆっくりと顔を上げて相手の機嫌を伺う。
その人は黒い服を着ていた。
その人は手から血を流していた。
「手をケガしているの?」
その人は……
助手は相手の顔を見た。
「あなたは……」
助手の首元に大きな大きな剣が置かれる。
「ごめんね……」
「え……」
月夜に鮮血が舞った。




