第22話 桜
☆登場人物☆
『天道リンネ』
赤色のショートヘアで赤い瞳。
世界的に有名な研究者であり、魔法少女になってしまう病気「魔法少女病」の研究をしている。
「魔法少女病」の特効薬を開発するため、被験体として送られてきた魔法少女に対して、あらゆる実験を行っている。
シロをいじめていたグループのリーダー。
『レイス・アタラクシア』
リンネの助手。黒のポニーテールに黒い瞳。
リンネをことを信頼しているが、非人道的な研究態度に対しては懐疑的。
『コハク』
愛称はシロ。その名の通り、髪も目も肌も真っ白な少女。原因はリンネの薬品。
自分をいじめた加害者に対して復讐と称し殺しまわっている。
「リンネに対する復讐心」のみで魔法少女に覚醒する。
魔法少女形態【血の魔法少女】
容姿に変化は見られない。薄汚れた白色のTシャツと短パンに黒のコート。
自身の血を自由に操ることができ、体積や硬度などをある程度変化させられる。
自身の血を相手に飲ませることで洗脳する等、かなり応用ができるが、自分の血の残量には注意が必要。
音楽祭は中止になり美音の歌は披露されなかった。
しかし、それを最も楽しみにしていたはずのレイスは、もはやそんなこと考えてもいなかった。
レイスはシロから「一か月後、リンネに会いに行く」と伝えられた。
それはつまり、殺害予告だ。
レイスは焦っていた。
「大丈夫かい。顔色が悪いよ。」
レイスの隣の席のおじさんが心配そうに話しかけた。
「ええ、大丈夫です……」
レイスはそういったものの、先ほどから苦しそうにしていた。
喉に何も通らず、胃液が逆流している感じだった。
レイスは飛行機が早く着いてくれることだけを願った。
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「博士!」
レイスは勢いよく、研究室の扉を開けた。
リンネは慌てふためいているレイスを不思議そうに眺めた。
そして、椅子から立ち上がり、レイスの元へ歩く。
「ありがとう、レイス。」
リンネはレイスの手から試験管を受け取り、それを机の上に置いた。
「それどころじゃないですよ!コハクが……!」
レイスはリンネに音楽祭でのことを報告した。
リンネはそれを聞いても動揺しなかった。
レイスはそんなリンネの様子を見て叫んだ。
「どうしてそんなに落ち着いているんです!?コハクが来たら、博士は殺されるんですよ!!」
怒りか悲しみか分からない。
だけど、レイスは泣いていた。
リンネはそんなレイスをやさしく抱いた。
何も言わず、ぎゅっと抱きしめた。
レイスは少し安堵した。
その後、二人はすぐに椅子に座った。
「必ず、完成させましょう。」
「無論だ。」
リンネはレイスの採集してきた血液の分析を開始し、
レイスはたまっていたレポートを書き始めた。
「博士、あなたのことを信じていますから……」
レイスはレポートを書きながらそうつぶやいた。
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「レイス、風呂入ってないだろ。」
リンネはレイスに言った。
レイスはここ数日、体を洗っていない。
髪はぼさぼさで、目の下にはクマができており、少しやつれているように見える。
全てはリンネをシロから守るため。
レイスは魔法少女病の薬を完成させるために、寝る間も惜しんでリンネの研究をサポートしてきた。
まだ、魔法少女病の薬は完成していない。
シロがやってくるまで、あと三日だ。
厳密には一か月後ではないが、シロの性格上リンネの誕生日にやってくるというリンネの判断だ。
「いえ、まだ大丈夫です。」
レイスはそう答えた。
「だめだ、いくら可愛くても、汚かったらモテないぞ。」
リンネはレイスを無理やり風呂に連れ出した。
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風呂は小さい旅館の浴場ぐらいの広さだ。
リンネたちの他に同じ階層に研究室を持つ人も利用している。
しかし、今は平日の昼間なので風呂に入っている人はおらず、二人の貸し切りだった。
二人は同じ浴槽に漬かっていた。
「ごめんなさい、博士、私が不甲斐ないばかりに……」
レイスはリンネに謝った。
「レイス、あなたは真面目過ぎる。」
リンネにそう言われたが、それでもレイスは心の中で自分を責めていた。
浮かない顔をしていたレイスにリンネが言った。
「もしさ、あなたに魔法少女の力があったら、どうしたい?」
「博士を守ります。」
レイスは即答した。
意外な答えが返ってきたのか、リンネは珍しく驚いた顔をした。
そして笑って言い返した。
「うれしいね。だけどそうじゃない。別に、今の私の状況は気にしなくていい。」
レイスは、自分の回答に恥ずかしくなり、湯船に顔を沈めた。
「魔法少女は願いを叶えることができるんだ。どんな願いを叶えたい。」
リンネは質問を訂正し、再びレイスに尋ねた。
レイスは浴場の天井を見ながらしばらく考えたが、はっきりとしたイメージは浮かばなかった。
「わかりません……」
「そう、それは幸せだね。」
リンネはレイスの回答に対してそう言った。
「え、どうして?」
レイスは不思議に思って聞いた。
「何も望むものがないほど幸せってこと。」
リンネはレイスにそう言うと、風呂から上がっていった。
確かに、レイスは幸せなのかもしれない。
家族もいる。お金もある。将来も安泰。
しかし、レイスは心のどこかで、不安を抱えていた。
それを取り除く方法がわからず、そのまましばらく茫然としていた。
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8年前
シロは学校に来なくなった。
リンネは少し寂しく思った。
そこで、リンネは学校の資料を漁り、シロの家を特定した。
ある日、リンネはシロの家に向かった。
視察のつもりで来たので、ヒマリやほかの友達は来ていない。
リンネが窓から、部屋をのぞくとそこにシロはいた。
以前のような黒髪ではなく、恐ろしいほど真っ白の髪になっていた。
シロは病気でベッドに寝たきりの母親の看病をしていた。
ついでに、いたずらしてやろうと考えていたリンネの良心が痛んだ。
結局その日は何もせずに家に帰った。
しかし、日に日にリンネの心に罪悪感が募っていった。
リンネは幼いころ、病気で母親を亡くしている。
不治の病であった。
その頃は医学が乏しく、最先端の医療を提供しているリンネの父でさえ頭を抱えた。
その後、リンネの父は薬の開発に成功したが、既に遅かった。
だから、リンネは家族が死ぬという辛さを誰よりも知っていた。
このままでは母親が死んだ悲しみと同時に、シロは一人ぼっちになってしまう。
それだけは避けさせたかった。
数日後
「ごめん……」
リンネはシロに言った。
せめてもの謝罪だ。シロが悲しみに溺れることのないように。
シロは大人だった。
リンネがどんな気持ちだったかをすぐに察することができた。
だから、シロはリンネを許してあげた。
そんなシロに免じてか、それとも免罪符としてか、
リンネは次の行動に出た。
リンネは密かにシロの母の病状を記録し、それを父に届けた。
どうか、シロの母の病気をなおして欲しいと頼んだ。
しかし、父はそれを断った。貧困層に与える薬は無いと言い切った。
リンネは何度も殴られたが、それでも必死で頼み込んだ。
そして、折れた父からひとつの薬を貰った。
これで、シロの母は救われる。シロはひとりぼっちではなくなる。
そして、あわよくば、再びシロと友達になれる。
リンネはそう思い、嬉しくなった。
シロはリンネから薬を受け取ると、涙を流していた。
嬉しかったのだろう。
そして、リンネの去り際にシロが言った。
「リンネちゃん、ありがとう!また一緒に遊ぼうね!」
それがリンネにとって、最後に見たシロの姿であり笑顔であった。
家に帰ったリンネは父から薬の詳細について聞いた。
薬の詳細を聞いたリンネは膝から崩れ落ちた。
リンネがシロに渡した薬、それは猛毒であった。
今頃シロの母は死んでいるのだという。
「安心しなさい、証拠は残らない。」
父はそういった。
リンネはそれを聞いて絶望し、父に失望した。
リンネは自殺も試みた。
二回も友達を裏切ったのだ。こうでもしない限り、自分は許されない。
しかし、皮肉にも父の臓器提供により、リンネは生き残った。
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シロが来るまであと一日。
レイスが起きるとリンネは研究室から姿を消していた。
レイスは慌てて研究所内を探し回った。
レイスが最後にたどり着いた場所は地下の実験室。
リンネの実験により、何人もの魔法少女が犠牲になった場所だ。
照明はついておらず、培養槽の緑色の光が怪しく揺れていた。
その奥で、リンネは佇んでいた。
「博士……」
レイスは違和感を覚えた。
いつものリンネではない。
白衣を着ていない。そして、化粧もしている。
「私ね、シロのことが好きだったんだと思う。」
リンネが急に話をはじめ、レイスは動揺した。
「博士、何を……」
リンネは気にせず話を続けた。
「彼女がクラスの輪から隔離されたとき、何とか接触できないか考えたんだ。それが、いじめって。小さい頃の考え方はよくわからないな……」
決して笑い話ではないが、リンネはレイスに笑って見せた。
「やめて!!」
レイスは叫んだ。そして泣き出した。
レイスにはリンネの告白が遺言にしか聞こえなかったのだ。
「博士は悪くない、悪いのはこの運命だ……」
レイスが言うと、リンネはこう言い返した。
「シロの母だけではない。ほかの魔法少女もそうだ。私は人を殺しすぎた。報いは受けて当然だ。」
リンネは人を殺しすぎた。確かにそうだ。
だが、レイスにとっては、一緒に研究してきたパートナーであり、恩人でもある。
レイスはリンネが完全な悪人だとは思えなかった。
「この間の、問題の解答です。私がもし魔法少女になったら。やっぱり、あなたを守ります。博士、私にとって一番大切なものはあなただからです。博士といる時間が幸せなんです。だから、いなくならないでください。お願いです。」
レイスはリンネに抱きついた。
リンネはレイスの頭をやさしくなでた。
そして言った。
「私も同じ。今一番大切なのはあなたよ。レイス。」
レイスは嬉しいのか悲しいのか、涙が止まらなかった。
しかし直後、強烈な睡魔に襲われた。
「あ、あれ?」
レイスはぐらぐらと揺れる視界の中でリンネを見た。
リンネの手には注射器らしきものを持っている。
「なん……で……」
レイスはそのまま地面に倒れた。
「睡眠薬だ。レイス、今までありがとう。」
リンネはレイスを実験室の奥の倉庫に運んだ。
そして、レイスの服のポケットに紙きれを入れ、倉庫の鍵をかけた。
「ここからは私の戦いだ。あなたを巻き込むわけにはいかない。」
リンネは一人でそうつぶやいた。
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コツ
コツ
コツ
と、足音が鳴る。
培養槽を背にしていたリンネはその音に目を覚ます。
「やあ。」
足音の主はそう言った。
そして、薄暗い影からその姿を現す。
真っ白な体と髪。
身長は150~160cmぐらい。
リンネがかつて、最後に見た時と同じ姿だった。
魔法少女になると成長が止まる。
ということは、シロはあの時既に魔法少女になっていた可能性が高い。
と、リンネは解析した。
リンネにとってはもはやどうでもいい情報だったが。
シロはリンネと目が合うと、にっこりと笑った。
「久しぶり。リンネちゃん!」
シロが元気よくそう言うと。
リンネは立ち上がり言った。
「久しぶり、シロ。」
二人は何も言わず立ち尽くした。
暫くの沈黙の後、シロが口を開いた。
「あのね、あのね、私ね。この日を本当に楽しみにしてたんだよ。あなたを殺せるとなると、楽しみで楽しみで夜も眠れなかった。まあ、寝たら悪夢見ちゃうからでもあるけど……」
リンネは昔を思い出していた。
性格もまるで変っていない。
無邪気なシロだ。と
「うん、そうだね。」
返事に困ったので、リンネは適当に言い返した。
その態度を見て、シロはちょっと不機嫌になった。
「もうちょっと怖がってもいいんじゃない?あなたはいまから殺されるんだよ?もっとも痛くて苦しい方法で…tね」
シロは持っていたナイフで自分の腕を切り付けた。
腕を這い血液がぽたぽたと地面に流れる。
シロがその腕を上にあげると、流血は鋭い刃物に姿を変えた。
その形状からは殺意以上の恨みが込められているように見える。
「簡単には、死なないでよ!」
シロは自分の血液を噴射し、超高速でリンネに迫った。
血の刃をリンネに向ける。
リンネは何も身構えなかった。
ただ腕を組んで、シロのようすをずっと観察してた。
まるで抵抗する気がない。
シロは一切躊躇せず、リンネの顔に向けて刃を振り下ろした。
べちゃ
という音をたて、リンネの頭に血が降り注いだ。
「?」
シロは困惑した。
確かに、今、リンネの顔に血の刃を振り下ろしたはずだった。
しかし、リンネは顔が汚れただけで、全くダメージを受けていない。
そして、血の刃は消滅していた。
シロは一旦リンネから距離を置こうとした。
血を逆噴射しようと、体制をとったもののバランスを崩し、その場で転んだ。
「え……」
シロは自分の魔法が使えないことに気が付いた。
転んだシロの元にリンネが歩み寄る。
「来るな!!」
シロは倒れた状態で、リンネを足を蹴ろうとしたが、適度な距離を置いたリンネには一切当たらなかった。
「安心しろ、私も簡単には死なない。」
リンネはそう言うと、ポケットからひとつのビンを取り出した。
ビンの中からはピンク色の光が溢れていた。
リンネがその蓋を開け、中身をばらまく。
ビンの中身は粉。
綺麗なピンク色の霧が辺り一面に広がった。
「これは、魔法少女病の特効薬。……に近いものだ。完全治療はできないが、魔法の発動を抑えることができる。シロが来る前にもこのあたりに少しだけ撒いておいた。」
倒れていたシロは恐怖した。
そして、そのまま後ずさりをした。
自分の能力が通じない相手。
そんなものを想定していなかった。
シロの様子を見て、リンネが挑発するように言った。
「うん。実験は成功だな。この粉の色から【SAKURA】とでも名付けようかな。」
シロはその言葉を聞くと、叫びながら起き上がった。
まるで野獣のような咆哮。途轍もない怒りの感情が見える。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
魔法を使わず、力任せにリンネに拳を振るった。
リンネは難なく受け止める。
「あははははは!魔法少女も大したことないね!」
「黙れ!黙れ!黙れ!!!」
このSAKURAという名称。
普通の人からしたらなんの変哲もないシンプルな名称であるが、シロにとっては違った。
それはシロの母の名前でもあった。
母を殺させた原因であるリンネがその名前を使うことが許せなかったのだ。
「かかってこいよ!私を殺すんじゃないのか?」
シロの攻撃はリンネにすべて受け流されていた。
それもそのはず、同じ年数生きてきたとはいえシロの体格は子供のまま。
魔法が使えないとなると、シロに勝ち目は無かった。
一応シロはナイフを持っているが、リンネにとっては子供をあやしているに過ぎなかった。
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「はぁ……はぁ……」
シロに疲れが見え始めた。
リンネはシロに一切攻撃しようとせず、ただただシロを挑発した。
「知ってるか?シロ。魔法少女は死ぬと塵になって消えるんだ。でも、あなたは人間として死ねる。このSAKURAのおかげでね。」
シロは魔法少女だ。
本来、魔法少女は他の魔法少女かマジンを倒さなければ生きていけない。
シロはこれまで魔力を温存してきたおかげか、まだ人間としての形を保てている。
しかし、今後はどうなるかわからない。
SAKURAを使いシロを生かす。
魔法少女の呪縛から解き放つ。
それがリンネの狙いだった。
「天国のお母さんに会えるといいなぁ!!」
挑発はご愛敬。
「ああああああああああ!!!!リンネェェェェェェぇぇ!!!」
シロが最後の力を振り絞りリンネに突撃した。
リンネはそれを余裕で受け止め……
「あれ?」
リンネは胸の痛みを感じた。
そして吐血した。
血の刃がリンネの胸に刺さっていた。
リンネはその場で膝をついた。
「バカな……、いったいなぜ……」
理由はすぐに判明した。
培養槽が桜色に発光していた。
「吸収したのか……」
培養槽の液はこれまでリンネが殺した魔法少女の体液の成分が貯められていた。
いわば、魔力の液。
リンネ自身それを利用する方法を編み出せていなかったが、皮肉にも空気中のSAKURAはその液に吸収され、薄まっていたのだ。
どうして、血の刃が生成できたのか。
シロ自身は理解していないようだった。
だけど、魔法少女の力が蘇った。
シロはにんまりと笑った。
跪いたリンネを見下ろす。
「シロ……ごめ……」
リンネが言葉を発する間もなく、シロはリンネの首を絞めた。
そして、言った。
「私は、今、最高に、気持ちが良いんだ……」
リンネは最後に必死に抵抗したが、無駄だった。
容赦ない連撃の末、リンネは惨殺された。
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数日後
シロはいつもの廃墟のベッドの上で寝ころんでいた。
悪夢を見ることが無くなり、しばらくの間は達成感に浸っていた。
だが、それも一晩だけ。
それから毎晩のように涙を流していた。
「虚しい……」
目標を失い、生きる理由を失った。
リンネの最期の怯えた表情を思い出すと、すこしだけ笑えたが、それだけだった。
シロは空っぽになっていた。
「このまま私、どうなるんだろう……」
シロは既に殺人鬼であるが、関係ない人を巻き込むつもりは無かった。
かといって、このまま人間社会に復帰できるかというと、そうではない。
シロにはまともに生きる術もなかったのだ。
だから、このまま塵になって消えてしまいたいと、いつも思っていた。
その時だった。
足音が聞こえたので、シロは身構えた。
この辺りは野生動物すら近づかないので、来客は非常に珍しい。
どうやら人の足音のようだ。
やがて、それは正体を現した。
その人は中性的な顔立ちではあったが、きれいな黒髪をした少女だ。
左目だけ黒く、もう片方の目は白色。
帽子を深くかぶっており、体は複雑な機械で包まれていた。
見るからに異質だった。
シロは何も言わず、様子を伺った。
その子は口を開いた。
「やあ、僕はクロ。君を殺しに来たよ!」
クロは笑顔でそう言った。




