第20話 怨血のホワイトノイズ
少女が壁に打ち付けた写真にバツ印をつける。
「残りは三人か……」
シロはそうつぶやき、ベッドへ向かった。
そしてそこへ背中からダイブした。
「うひーーー!!復讐きもちぃー!!次はどっちにしよっかなぁー!やっぱりヒマリちゃんは最後から二番目かなぁー。よし決めた!ゴホッ……」
長い間使われていないベッドに飛び込んだことにより、埃が舞ってシロはむせた。
それでも壊れた機械のように笑いながらベッドの上で飛び跳ねる。
「ふぅ……ごほっ。」
咳ごみながら、シロは徐々に落ち着いていった。
そして、静かに涙を流した。
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夜、シロは町へ出かけた。
人を殺すためだ。
この辺りは賑やかだ。
道路に流れる車の光と高層ビルの明かり。
それに照らされる人々はみんな幸せそうに笑っていた。
富裕層が暮らしていることもあって警備も万全。
「平和ボケしているなぁ……」
この中に殺人鬼が紛れ込んでいるとも知らずに。
シロのターゲットは22歳の普通の男性。
一般人から見れば、その解釈で間違いない。
だがシロにとっては、いじめに加担していた人物である。
「やぁ。」
シロはターゲットの男に話しかけた。
「シロ……」
その男はシロの姿を見ると後ずさりをした。
既にクラスメイトが2名も殺されたのだ。警戒していてもおかしくない。
「俺を殺しに来たのか……」
「もちろん。」
シロはそう答えると、右手の親指で後ろの路地裏を指し示した。
この辺りは人通りが少ないが、人が居ないわけではない。
助けを求められないように、閉所に誘い込む。
お前を確実に殺すというシロからのメッセージだ。
男には逃げるという選択ができたが……
「わかった。」
と言うと、シロの後について行った。
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「シロ、もうやめないか……」
男は裏路地に入るとシロにそう言った。
シロの動きが止まる。
「復讐は何も生まない……。自分が不幸になるだけだ……。」
男はシロを説得しようとしていた。
しかし、シロの耳には届かない。
その瞬間、暗闇から何かが発射された。
それは男の右肩を貫いた。
「がぁっ……!」
男は肩を抑えながら膝をついた。
コハクは男に歩み寄り、倒れた男の髪を掴む。
男は泣きだし、シロに懇願した。
「俺には家族がいるんだ……!頼む……許してくれ……」
男の胸にはペンダントがかかってあった。
男とその隣に女性。そして赤ん坊が写っていた。
それを見たシロは、にやりと笑った。
「じゃあ、家族もまとめて殺してあげるね。」
男はシロの手を全力で振りほどき、激昂した。
男はポケットからナイフを取り出しシロに襲い掛かった。
「復讐は何も生まない?自分が不幸になるだけ?違うね。復讐は私を満たしてくれる……。あなたたちを殺すたび、心が軽くなるんだ。」
シロはそうつぶやいた。
しかし、その直後ナイフがシロの胸に刺さった。
男は返り血を浴びながら、シロの胸からナイフを抜く。
シロはばたりと倒れた。
「ははは、ざまあないぜ。」
男が笑いながらそう言った直後、男は無数の棘に襲われた。
「は……?」
男は何が起きたのかよくわからず、自分の身体を見た。
全身が血だらけで、穴だらけになっていた。
「あああああああああああああ!!!!」
シロが、ゆっくりと立ち上がる。
男にはシロの姿を見る余裕は無かったが、シロの胸の傷は完全に癒えていた。
「私にも家族がいた。あなたたちが奪った!」
シロが叫ぶと、今度は男の体の中から棘が生え、男の身体を内側から貫いた。
男は白目を剥き、その場に倒れ絶命した。
「取り返すんだ。私の幸せを……」
シロは男にそう言いその場を立ち去った。
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「博士、何を見ているんですか……って、きゃあああぁぁぁ!!」
レイスはリンネの見ている映像を見て叫び声を上げた。
人が殺される映像だった。
「この子、例の子ですか……?」
リンネは映像を巻き戻し、コーヒーに口をつける。
一口飲むと答えた。
「そうだ、既に私の友人が二人ほど殺されていたからね。次のターゲットに選ばれそうなやつに監視役をつけておいた。」
レイスは手に持った資料を机に置き、言った。
「はぁ、よく喉が通りますね。こんな映像を見て……」
「今更人間の死ぬ瞬間を見たところで、何とも思わないよ。」
リンネは魔法少女病の研究で、何十人もの少女を犠牲にしている。
あまりにも多くの死は、リンネの感覚や倫理観を狂わせていた。
リンネは再び動画を再生した。
「あああ、やめてくださいよ、私苦手なんです……」
レイスは手で顔を覆った。
「いや、見なくて大丈夫だ。それより、仕事を頼みたいのだが、聞いてくれるか?」
リンネはレイスに紙を渡した。
その紙には音楽祭と書かれていた。
さらに続けて、アーティストや歌手やアイドルが出演、と書いてある。
「場所はエリア12……、かなり遠いじゃないですか。何しに行くんですか?」
リンネは立ち上がり、研究室のガラスの棚を漁った。
「シロは次にヒマリっていう人を殺しに行く。今ではアイドルでヒマリンをやっているらしいがな。おそらく、その音楽祭でヒマリは殺される。その時にシロの血液を採取してきてくれ。」
リンネはそう言って試験管を取り出してレイスに渡した。
「いやいやいや……、言っている事めちゃくちゃですよ。そのイベントに彼女が現れるとは限らないですし、血液だって攻撃しないと採取できないでしょう……」
レイスはリンネにそう言った。
リンネは再び映像を再生した。
「だからやめてくださいって!!」
リンネはは映像を静止させ、その場面をレイスに見せた。
シロが男の右肩を攻撃する前の瞬間だ。
画面ではシロが自分の腕を切っているように見える。
「シロは攻撃する前、自傷している。そしてこの後、腕から弾丸のようなものを発射した。血液を操る魔法だろう。これまでの魔法少女と傾向がやや異なるが。」
レイスは机を叩いた。そして、文句を言った。
「それがどうしたんです?彼女はそのイベントに来るわけな……」
「お前の好きな新人の……えーっとカナディオンだっけ?その人も出るらしいぞ。」
リンネはレイスに割り込んで言った。
そして、パスポートをかざした。
「奏美音ちゃんね、間違えないで。」
レイスはパスポートを即座に受け取り、白衣を脱ぎ捨てた。
「音楽祭は来月だぞ……」
リンネはうきうきな気分になっているレイスに突っ込みを入れた。
レイスの動きが止まった。
レイスはパスポートを机に置き、白衣を再び着なおした。
「そういうのは、最初に言ってください。」
レイスはリンネに顔を見られないよう隠して、部屋から出て行った。
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『ちょっとリンネ!シロが生きてるって本当!?』
「ああ、本当だ。」
『私、大丈夫だよね?殺されたりしないよね?』
「念のため、ボディガードを送っておいた。心配するな。」
『信用するよ。リンネ。』
「ああ、ヒマリは音楽祭を楽しめばいい。」
『うん、わかった。じゃあ、おやすみ。』
リンネは電話を切った。
「ヒマリ、すまない……」
そして、そう呟いた。
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音楽祭当日。気温はとても暑い。
日向を歩く人は居らず、木陰のベンチで休憩する人がほとんどだ。
レイスもその一人だ。
この辺りの夏はこんなにも暑くなるのか、とレイスは思った。
それもそのはず。
レイスたちが暮らしているエリア1と呼ばれる場所では、気温調整がされており、年中快適に暮らせるのだ。
ここには半袖で半ズボンの人しかいない。
長袖にジャンパーを着こんでいるレイスは明らかに周りから浮いていた。
環境の変化に対応できない生物は絶滅する。
レイスもその限りだ。
レイスは溶けるアイスを食べながら、自らもアイスのように溶けてしまいそうだった。
「ちょっと、あなた。大丈夫?」
ベンチにさかさまに座るレイスにある女性が話しかけた。
レイスはうつろな目で彼女の顔を見る。
その顔には見覚えがあった。
青くて美しい瞳と髪。
「……!」
レイスは飛び起きた。
「み、み、み、美音ちゃん!?」
レイスの言った通り、この女性は奏美音だった。
「……元気そうね。よかったわ。」
美音はレイスの勢いに若干引いた。
「サインください!」
レイスの目標は二つだった。
一つはシロの血液を回収すること。
もう一つは美音からサインをもらうことだ。
本命はもう一つの方である。
レイスはすぐさま鞄にしまっておいた色紙を美音に渡した。
美音は周りを見渡した。
二人のやり取りを見ている者は一人もいない。
「あはは、私まだ全然有名じゃないのに、こんなところでファンに会えるなんて……何かの運命かもね。」
美音はレイスの色紙にサインをした。
レイスはそれを貰うと、ぎゅっと抱きしめ、それから鞄に丁寧にしまった。
「それじゃあね。会場で会いましょ。」
美音はレイスに手を振ると会場の方へに歩いて行った。
「さて、私も行くかぁ……」
レイスは美音についていくように会場の方へ歩き出した。
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音楽祭が始まった。様々なバンドやアイドルが揃いもそろっていた。
とは言ったものの、アマチュアの小さな大会みたいなもので、大御所の歌手などは参加していない。
会場は室内であるため、キンキンに冷えており、涼しくなっていた。
しかし、それも束の間、序盤の熱血バンドによって再び熱い空気に包まれた。
レイスの座席は一番前だった。
リンネが血液を回収しやすくするためにレイスに用意してあげた座席だ。
しかし、レイスはシロが現れないことを祈っていた。
美音の歌がヒマリの後の方にあるため、事件が起きたら美音の歌を聴くことができなくなるからだ。
レイスが最前列ですやすやと寝ていると突如、照明が落ちた。
その音で、目が覚めたレイスは辺りを見渡した。
周りの客もざわざわとしているが、悲鳴は聞こえない。
まだ事件は起きていない。
「演出か……」
照明はすぐに点灯し、暗闇が晴れた。
ステージの奥から華やかな衣装を着た女性が出てきた。
「あの子が、ヒマリ……」
ヒマリはリンネと同年代であるから、22歳。
派手な衣装を着るのは若干無理がある年齢だが、見た目はまるで少女だった。
レイスはヒマリの様子がおかしいことに気付いた。
ヒマリはその場に蹲り、自分の腹を抑えた。
レイスは小型カメラを起動した。
会場は撮影禁止であるが、そんなことは関係ない。
レイスはリンネに殺害の瞬間を撮るように言われていた。
だが、たった今ヒマリに異常が生じた。
レイスはそれを記録する価値があると判断したのだ。
ヒマリは何事もなく立ち上がった。
スタスタと歩きマイクに近づく。
レイスは胸をなでおろし、カメラを切ろうとした。
「みんな!今日はヒマリンの自殺ショーへようこそ!!」
会場が一瞬の静寂に包まれた。
「え……?」
レイスもその言葉に動きがとまり、カメラを止めるのを忘れた。
自殺、確かに今、ヒマリはそう言った。
会場は次第にざわめき始めた。
ヒマリは小さなナイフを取り出し、自分の手首を切りつけた。
「あはははははははははははははは……!」
ヒマリは狂ったように笑う。
最前列のレイスに血しぶきがかかる。
レイスは吐き気を覚えた。
「鉄の匂い……、本物の血……」
会場の警備員がステージに上がって、ヒマリを静止しようとした。
しかし、ヒマリはナイフを振り回し、警備員を近づけさせない。
レイスは困惑した。
「ヒマリの自傷には迷いがない。何かしらの魔法がかかっていたのか?しかし、血を操る魔法少女にこんなことできるわけがない。」
『シロの仕業で間違いない。』
レイスの耳にかけてあった通信機から、リンネの声が聞こえた。
若干のラグはあるが、撮影したデータはリアルタイムでリンネの研究室に送られていた。
「博士、ですが彼女は……!」
『シロは自らの血を、ヒマリの身体の中に侵入させたのだ。そして、その血を操りヒマリの身体を洗脳した。』
「そんなことあり得るんですか……」
『ありえないことが起きるのが魔法だ。シロが姿を見せないようなら、ヒマリの血液を回収してきてくれ。』
リンネはそう言い、通信を切った。
「あっはっはっはっは、んぐぅ……ひぃぃいい!!」
ヒマリは奇声を上げながら、何回も自らの身体をナイフで切り付けた。
かわいい衣装が、血とナイフの跡でズタボロになっていた。
ヒマリの動きが遅くなり、かなり弱っているのが分かった。
しかし、警備員はもはや動いていなかった。
止めても命が助からないことを悟ったか。
それとも、恐怖で足が動かなくなったか。
レイスにヒマリを止める力はない。
そして、止める理由もない。
もし被害者が、リンネだったら、止めていたかもしれない。
レイスは自分が卑怯な人間であることを恥じた。
だからこそ、レイスは目を閉じなかった。
彼女の死を無駄にしてはいけない。必ずリンネが解決してくれる。
レイスはそう思い、カメラを向けた
ヒマリはナイフを自分の喉に突き立てた。
「嫌だ……死にたくない……、誰か……!」
最後の最後で洗脳が解けたのかヒマリはそう言った。
しかし、ヒマリは自らの喉にナイフを突き刺し、その場に倒れた。
照明が落ちた。
自殺ショーを始めてから、照明を落とすのが随分遅い。
それだけ衝撃的なことだったのだろう。
ヒマリの血液を採取する絶好のチャンスだったので、レイスは席を立ち、舞台に上がった。
「リンネちゃんに伝えておいて、来月会いに行くって。」
レイスが血液を採取していると暗闇の中から声が聞こえた。
レイスは背筋が凍った。
レイスはこの声に聞き覚えがあった。
「コハク……」
その名前は、シロの本名である。
そもそもシロというのは、レイスが最初にコハクに付けたあだ名、もとい蔑称である。
等の本人はそのことを気にしていなかったが、レイスはそれを使うのが好ましくないと思っていた。
シロはレイスの目の前まで来ていた。
レイスがリンネの使いであることを知っているかのようだ。
今、レイスはヒマリの血を大量に浴びている。
そして、ヒマリの血にコハクの血が含まれている。
レイスは血の魔法によって殺されてもおかしくない。
コハクは可愛らしく笑うと、その場を去った。
レイスは舞台から降りて、自らの席に座った。
全身の力が抜けた。
「死って、こんなにも怖いんだ……」
初めて体験した死の恐怖。
だが、リンネは何か月も前から、その恐怖を感じていたのだろう。
なんとしてもリンネを守らなければ。
レイスはそう思った。




