左腕を失い、左足を失い、顔の半分が 1
ジャメロは、魔獣の地を突っ切って行くことを選択したことに後悔していた。イメアは体力がなかなか回復しなかったからだ。あの時、彼に襲いかかってきた時に、体にある力を無理矢理搾り出したのだと彼は推測した。ぞっとした、その魔法というか呪いとそれをかけた者の意志に。魔獣やゴブリン、トロールその他、どれも、その中での極悪の部族である。万全な二人でも用心しないと命とりとなるところだが、イメアの剣が彼並みなのである。一流の上程度なのである。これは、かなり危険であった。何とか、遣り過ごすことを望んだが、数回に一回は遭遇してしまった。ゴブリンなどのグループを組んだ連中と遭遇した時は、本当に危なかった。数十対二人で最後は二人とも心身ともに力尽きて、大地にへたりこんでしまっていた。全てを倒した後ではあったが。そして、這うように二人は互いに近づき、互いの無事を確認するように抱きしめあった。
「私、お兄ちゃんを無視して、冷たくして、無理な命令をして、罵倒してきたのね、その2年間。砦に最初にきてくれた時も、半年前も、冷たくしたのね。この顔は罰が当たったのよ。」
抱きしめられながら、彼女は悲しそうに言った。彼は、より力をこめて抱きしめることしか出来なかった。それを続けるうちに、互いに他の者の肌の感触の記憶が遠のいていった。
無数の魔獣、ここにいるゴブリンなども見知っている魔界の亜人部族ではなく、ほとんど魔獣、ゴブリンやコボックに似た魔獣、それが互いに食い合いながら、独自の生態系を形成している。その中に、少しばかりの人間が介入しても何とかでくるものではない。少しばかり倒したならば、倒したものが食い殺すはずだったものが増え、それが襲いかかってくるだけのことなのだ。
「私達、こんなところに送られたんだ。」
イメアは、ジャメロに抱かれながらつぶやいた。“こんなところに、イメア達を置いて、あいつと一緒になって小領主として安楽に暮らそうと思ったんだ、一時でも。ごめん!”思わず強く抱きしめた。食べ物、倒した魔獣の肉が主体だが、水、馬の餌の確保、魔獣やらをやり過ごす、狩る、戦いで苦難したものの、通常のルートより、何とか早く着いた。もう直ぐ三女ティティアの砦まで、あと僅かだと思ったところまで来た時、大きな魔法の波動を続けざまに感じた。すぐにそれが、ティティアの魔法の波動だと分かった。魔界を突っ切って来たため、砦から出て戦う彼女に、結果として、より早く出会えたので、間に合うことができたのである。
「ティティアだ。」
「え?本当?早く行かなくちゃ。」
イメアも心配そうだった。二人は馬を駆けさせた。ジャメロのは、倒したゴブリン達のところにいたものだ。すぐに、防御結界を張りつつ、魔狼の群れと戦うティティアの姿が目に入った。ジャメロは、馬上から強弓を引いて続けざまに矢を放つ。イメアは馬を駆けさせ、手前で飛び降り長剣を抜く。彼女がようやく回復して、本調子になっていて幸運だった。兄の矢、次に魔法での援護の中、彼女の長剣は何倍にも伸び、しなるようにすら見え、次々周囲の敵を切り裂いた。しばらくすると残った連中は逃げ去った。二人はティティアのそばに駈け寄った。
「兄さん。ようやく来てくれたんだ。」
左手は、形をなしていなかった。
「失敗しちゃった。」
そう言って、彼女は気を失って崩れおちるように倒れた。
「兄さん。大丈夫?」
ティティアが、片手でジャメロの胸を満足そうになぜた。
「ああ、何とかな。」
疲れたような声だった。二人とも、ほとんど裸だった。横になって、並んでいる二人を見おろしながら、やはり殆ど裸のイメアが、
「全く、ティティア姉さんたら、あの最中に攻撃魔法をかけてきて、よく言うわよ。私達二人とも、危なかったんだからね。姉さんが、片手でなかったら、左腕があると錯覚してなかったら、確実に二人とも死んでたわよ。その後、お兄ちゃんが死ぬかもと思うくらい、必死に除去魔法をかけてくれたんだからね。その疲れ切ったお兄ちゃんに、泣きながら、上になって何度も激しくのけぞってさ。お兄ちゃんが、大丈夫なはずないでしょう?」
ティティアは落ち込みかけたが、直ぐに、
「そんな兄さんに、股を開いておねだりして、何度も、もう一度、と言ったのは、イメアじゃない?」
反撃した。
「その後に、お尻を突きだしておねだりした、姉さんは私の比じゃないわ。」
二人の言い合いを聞きつつ、ゆっくりジャメロは起き上がった。痛みも傷もない。ティティアはやはり全力ではなかったと実感した。しかし、イメアの例もあり用心したのだが、ティティアの状態に油断したかもしれないと思った。
気を失ったティティアに、例の薬を飲ませ、塗り、いそいで彼女の砦に担ぎ込むだ。やはり誰もいなかった。安静にさせ、とりあえずの食べ物の準備などを始めた。回復魔法もかけた。例の香木をたき、茶も用意した。
かなりたってから目覚め、スープをすすりながら、ジャメロ達の説明を聞いて、
「実はね、前々から違和感を感じていて、それが最近強くなって、自分自身を魔法で調べていたの。でも、どうしても、途中までしか進めなかったの、結局分からずじまい、何もできなかったの。」
と言った。
「兄さん、ごめん。魔法が一番だなんて言っておいて、自分では何も出来ずに、兄さんに酷いことばかりして、結局、兄さんに助けてもらって。その上、こんなに汚れて。」
涙ながら語った。
ジャメロは優しくなだめ、彼が外側から、彼女が内側から、彼女にかけられている魔法・呪いの捜索、除去の魔法をかけることを提案した。彼女は、勿論同意したので実行した。対面して行うのを、イメアがもしもの時のため、ティティアをじっと監視した。自殺、殺人行動が起きかけたが、その段階で消し去ることが出来た。いや、そう思った。ティティアの能力を借りれば十分以上に可能なはずだった。それが油断だった。とりあえず終わったと思い、しばらく休んでいると、ティティアはそばに来て、衣服を脱ぎだし、
「兄さん。私はやっぱり汚れている?嫌いになるほど汚れている?見るに堪えないくらい醜くなった?酷いことをした私は許してもらえないわよね?」
と言って抱きついてきた。まどろんでいるイメアのことを気にして迷っているジャメロの服を彼女は脱がし始めた。それが終わると、唇を重ねてきて、すぐに舌を入れてきた。彼もそれに応じた。長い口づけが終わり、イメアが目を覚まし、二人の中に割って入ろうとしたとき、ティティアが攻撃魔法を発動しようとした。不発だった。両手を揃えて行う、ティティアの得意な体勢だったが、既に左手がなかった。彼女なら、右手だけで同一のものを発動できたのだが、片手がないことを忘れていたのだ。ここから、ジャメロとイメアの反撃が始まったが、彼女の魔法攻撃を跳ね返して押さえつけることができたのは紙二重くらいの差だった。彼女が片手のないことになれていなかったことと彼女の心が抵抗したため、彼女の魔法攻撃の発動がかなり遅れ、威力が弱められていたためである。二人で押さえつけて、ジャメロが渾身で除去魔法をかけた。何とか消した、ティティアの目が本来の彼女の目に戻ったと思ったら、力をが抜け、脇に仰向けに倒れた。その後、ティティアは泣いて謝りながら彼の上にまたがり、直ぐに一体となり声を上げ激しく動き、それが終わると、黙って一応我慢していたイメアが求め、彼女がぐったりすると、再度ティティアが求めてきた。体をぶつける音が響く中、二人は果てて完全にぐったりして横になった。イメアとティティアの口論も、
「ごめん。しばらく寝かしてくれないかな。」
というジャメロが言って、その直後に眠りについてしまうと、二人も兄に抱きついて目を閉じた。そして、兄同様に、すぐに眠りに落ちてしまった。翌々日、3人は次女、下の姉、オブリナの元に、馬に乗って出発した。途中で、彼らを襲ったゴブリン達が持っていた馬に似た魔獣2頭を確保していたのが助かったとジャメロは、運命に感謝した。ティティアのところも、彼女が腕を失う出撃のひと月前には、彼女一人きりになっていた。ますますオブリナ達が心配だったが、腕を失ったティティアが遅れがちになることを咎めるわけにはいかなかった。






