離れていく部下達
「弟さんよ。まだ暫くいるつもりなのか?あんたがいなくなったら、俺たちも出ていこうと思っているんだ。」
「こんな危ないところは、もう堪えれない。特段報酬が高いわけではないし、周りには楽しむところがない。」
ジャメロが料理の支度をしていると3人の男女がやってきた。姉の配下、かつて100人はいた、今は30数人、を代表してきているらしい。彼らは先日の戦いでも戦意が低いことは一目瞭然だった。
相手は、3匹のトロール、3mはあり石や木の棍棒を持っていた。姉は真っ先に突っ込んでいった、後をかえりみることなく。続く兵はそれに続こうともしない。彼は、舌打ちして姉に続いた。矢をつがえている石弓の引き金を引いた、トロールの一体に向けて。石弓は次の矢をつがえるのに時間がかかる。その石弓を捨て、別の石弓を構えて矢を放つ。それも捨てて、最後のを手に取り、矢を放つ。それを捨てると、背の大弓を手に取り、矢をつがえ矢継ぎ早に放つ。石弓はかなり引き絞り、大弓はかなりの強弓、矢には魔法仕込んでいる。それでも、トロールの硬い体の表面に突き刺さり、多少怯ませただけだった。“下の姉だったら。”と心のなかで毒づいた。
姉は、トロールの振り下ろす棍棒を巧みによけ、一匹の膝を拳で一撃、すかさず隣の奴の尻を足で一撃した。二体のトロールは叫び声をあげて崩れおちた。身体能力を魔法で強化、拳や足蹴りには衝撃他幾つもの魔法を込めている。彼女は、格闘系の魔法では超一流以上の使い手だ。それ以上にその格闘術、センスが優れている。残る一体に、大弓を捨てて駆けてきたジャメロが立ちふさがり、大剣で斬りつけた。苦痛の叫び声があがるが、致命傷ではない。“下の妹だったら。”と嘆く。少しでも早く片づけないとなにが起こるか分からない。姉は二匹を追い詰めている。兵たちはようやく前進してきた。その時だった。不意に、より大きい奴が二匹、ニュッと現れた。横殴りで振るわれた棍棒の直撃を受けた姉が吹っ飛んだ。
「姉さん!」
と叫び、目の前の奴や新手の二体にありったけの攻撃魔法を放つ。苦痛のうめき声をあげるが、大した打撃は受けていない、しかし、少し怯んだ。その隙を縫って姉の元に走る。気力を振り絞って立ち上がりかけている姉に回復魔法を施す。まだ十分ではないが、後ろから迫ってくるのがわかった。振り返り、駆けだした。目一杯の攻撃魔法を放つ。”上の妹だったら、これで倒せるのに。“心の奥底で叫んだ。それでも怯んだところを大剣で斬りつけた。棍棒が次々振り下ろされる。かろうじて避ける。
「お退き!」
姉の声がした。ジャメロは彼女のために道を開けながら、姉の攻撃のために、相手の注意を引きつける。姉が空中に舞っていた。二段、いやもっとずっと多い蹴りが二体に炸裂した。2体は声もなく、大きな音を立てて倒れた。姉は、その内の一体を持ち上げて、空中高く投げ飛ばした。ジャメロが、目一杯身体能力を強化して、うずくまる一体に拳の一撃を食らわせてから、抱えて、放り投げた。姉が放り投げた奴が、彼が投げて大地に叩きつけられた奴の上に落ちてきた。下敷きになった奴がほぼ絶命し、上になった奴も動けなくなっていた。ほぼ終わった、兵たちがようやく駆けつけてきて、五体に止めを刺し始めた。ジャメロは、それを見て、崩れかける姉の元に駆け寄り、抱きしめるように支えた。
一番年上であるだけに4人の中では、一番他人への配慮が出来る彼女ですら兵の数が1/3になってしまっている。死んだからだけではない。脱走者が多いのだ。欠けた分は補充がされることになっているが、集まらない、彼女らの領地の代官が渋っているからだ、領民の負担をこれ以上増やすわけにはいかないと言って。
「なあ、戦い方を考えてくれ。姉上の猪突猛進につき合えとは、絶対に言わない。石弓、大弓、槍投機、投石器で遠くから援護する、槍や剣、斧を持つ者はそいつらを守る、相手に陽動をかける、チャンスが来たらとどめを刺す。もし、危なくなったら逃げる、でいい。投槍機とかは私が作る。これなら、どうだ。」
ジャメロは料理の手を休めず、振り返ることなく言った。
「それでいいのかい?」
「あたいらは、もうここにいることが嫌なんだよ!あんたの姉さんは勇者に捨てられたんだよ。そんなのに付き合えるか!」
ジャメロは、その言葉を聞いて振り返った。
「捨てた女が死ぬのはいい。でも、それが誰かのせいだったら、前の男はどう思うかな?自分のことを棚に上げて、怒り狂うのではないかな?」
彼らは、はっとしたような顔になり、すごすごと出て行った。
”いつまでもってくれるだろうか?“
「美味しい。体の中に力がわいてくるようだ。魔獣の肉がこんなに美味しいとは。」
姉の喜ぶ顔を、見て彼は微笑んだ。
「下準備が面倒くさいけどね。」
彼女におかわりをよそいつつ、ジャメロは微笑んだ。
たっぷりと魔法や呪いの抵抗力を高める薬草を入れているし、魔獣の肉にもそれを促進する効能がある。魔法も仕込んでいる。それに気がつくことなく彼女は舌鼓をうっていた。
”第一、第二段階オーケーか。“
彼はホッとした。かつて、勇者の魔法、呪いを解除しようと、彼女らに懸想した男達がおこなった試みに彼女らが拒否反応を示したことを思い出して、ほっとしていた。
翌日からの戦いは、時にはジャメロが先頭に立ツことすらあり、姉がほとんど戦わなかったこともあったほどだった。たいていは、彼と姉が先頭に立ち、主に2人が戦い、彼女の部下達が石弓、大弓、槍投機、投石機で支援をして、相手が倒れかけた頃合いを見て突入して、止めをさすのを手伝った。無理な戦いはせず、相手が逃げれば追わなかった。姉が、追おうとするのを、彼が必死に止めた。連発式石弓や投槍機等は彼が作った。彼は言った、このようにしろと、姉の部下達に言った。さらに、突っ込む姉を支援すればいい。とどめをさす段階になったら突入すればいい。無理をする必要はない。いよいよ危なければ、姉を捨てて逃げればいい、とまで言った。
「いいのか?」
かえって彼らの方が驚いた。
「そこまでやれば、その上で姉上が死んだら、勇者様も文句は言えまい。あんたらに、姉上のために死んでくれとは言えないだろう?姉上と死ねのは、私だけでいいよ。」
最後の言葉を言った時の彼の表情を見て、彼らは言葉を失ってはうなずくしかなかった。
料理、兵たちの分も作った、を気に入ったことも加わって、不満も出なくなっていた。二週間後、彼が魔獣の血の入った愛馬にまたがって出発しようとした時には、
「妹達のことは頼んだぞ。これは、少ないが報酬だ、これ以上のことをしてくれたのだから、遠慮はするな。」
と小さな革袋を手渡した。彼が受け取ると
「お前らがくれた非常時の飲み薬と塗り薬は、大事に、常に身につけておくからな。」
彼は、その薬を使って欲しいと思う反面、そのようなことになることを恐れていた。魔法と呪いの類いへの抵抗力を飛躍的に高める効能があるが、拒否反応が出てくる可能性があるため、重傷を負った時に使うように言ってあった。実際、手足が切り落とされても、瞬時にくっつけられる、大量出血でも何とか回復するほどの効能がある。しかし、そのような状況になるというのは、かなり危険な事態である。
「ちょっと、耳を。」
姉の言葉に、馬上から、首を伸ばした。
「本当にあのエルフ女とは、もう何でも無いのだな?」
耳元で囁いた。
「私のことを両親に伝える、すぐ帰るからと言って去ってから半年以上音沙汰なしですよ。」
「そうか。」
彼の答えに、姉は、さも嬉しそうだった。“あんな状態でもしっかり見ていたのか?”嬉しいようであり、少し怖くもあった。
「3人の様子を見たら、すぐ帰ってきます。ひと月くらいで。」
「待っているぞ。それからは一緒に勇者様の使命をはたそう!」
彼が少し興ざめした、次の瞬間、姉の唇がかれの頬に触れた。驚く彼を、彼女は悪戯っぽく見つめていた。