魔神殿の意味
姉達の方に進んで行く魔族の軍をやり過ごし、魔大公マラニアの本隊がいるだろう方向に進む。“姉さん達、無事でいてくれ!”と思うたびに、あの時のことを思いだした、姉妹達の姿を。彼は、それを振りきるように首を振った。マラニアの強さは、自分が一番知っている、彼女が簡単にやられるはずはないと信じようとした。ここは魔界である。彼女の支援がなければ補給を失うし、周囲は敵だらけになる。下手に、補給のため略奪を行えば、事態は更に悪化してしまう。そうなると、人間・亜人3000人の将兵は全滅しかない。
五大魔大公といっても、この5人で魔界を管理させてはいない。大小数十の魔族の諸侯が半独立的に彼女らの下にいる。彼女らの勢力があまり大きくならないようにという措置だ。今回、彼女に服属している諸侯の大きな二人が突然反旗を翻したのである。反乱軍も、彼らが糸を引いていたのかもしれない。
マラニアが、一人で戦っているのが見えた。彼女は自分の武勇、戦闘力だけで何とか、この事態を解決しようとしているとしか見えなかった。実際、それしか方法がなかった。しかし、多勢に無勢、彼女は戦いの主導権を失い、防戦一方となりつつあるのが分かった。
「くそ!」
ジャメロは飛び出して、凍結魔法を広範囲にかけた。広範囲といっても、彼にとってであるが、それでも威力は弱まり、ほんの一瞬しか動きを止まらせることしかできない。しかし、マラニアにはそれで十分であった。一瞬の機会を逃すことなく、周囲の騎士を斬り倒し、相手の大将に向かって飛び出した。ジャメロも続いた。二人の魔法攻撃が交差し、剣が交差した。相手の大将が血を吹き出して、地面に倒れた。相手側は怯んだが、総崩れにはならなかった。ジャメロはマラニアと集まってきた彼女の親衛隊とともに、兎に角戦い続けた。ふと気が付くと、肩を並べるマラニア以外誰もいない、月の光の下にいた。記憶の片隅に、彼女と死闘を演じた時のことが浮かんだ。
「ここはどこだ?」
「いつの間にか、こんな所に。魔神殿の近くだな。」
「如何して,そんな所に?」
「分からんが、彼奴らもここを目指していたので、自然と戦いがここに動いたのかもしれないな。」
周囲には誰もいない。味方もいないが、兎に角敵はいない、ひとまず安心だ、と思ったら力が抜けた、二人とも。地面にしゃがみ込んでいた。
「敵はどうなったと思いますか、マラニア大公様。反乱軍の大将をはじめ主要な幹部は倒したし、総崩れで退却していきましたが。」
「あいつらは、新たな指導者が出ればすぐ集まる。謀反を起こした貴族は、お前とともに大部分殺したが、全員ではない。一人でも生き残っていれば、そいつが核となる。こちらが合流してまとまって叩き潰さない限り、なくならない。それからな、大事なことだが。」
厳しい表情で、彼女はジャメロを見た。
「?」
いきなり抱きついてきて、
「マラニアでよい。お前は、我が弟にして、兄にして、夫なのだから!」
押し倒された彼は、はね除けようと思ったが、その気力が出なかった。マラニアは、そんな彼を怪訝そうに見下ろした。
「如何した?姉達や妹達が心配か?」
心配そうな表情で尋ねた。ジャメロは首を横に振り、
「心配ではないと言えば嘘になりますが、彼女達なら、4人一緒で、少ないが私の家臣達が身近にいるし、3000の将兵を率いている。多分大丈夫だと思います。そうではなく、」
さすがに言葉を濁した。彼女は、そのままにしておくのを許さなかった。
「言いたくなくても言え。力になれるとは限らないが、言ってくれなければ助けることはできない。だから、言ってくれ。私はお前が苦しんでいるのなら助けたい。助けることはできないかもしれないが、助けようとすることすらできないのはもっと辛い。」
静かな口調だったが、心配してくれているのが、はっきりと彼には分かった。
彼女は起き上がって傍らに座った。彼も起き上がり、彼女を正面に見るように座った。
そして、彼は話し始めた、最初から。姉妹達が勇者の虜になり、しまいには死を期待されるような命令を喜喜として努めていたこと、それを何とか解き放そうと努力してきたこと、何とか解放したと思った、しかし、勇者の呪いの影はつきまとっていたこと、そして、あのぞっとした体験を話した。
「あやつらが別人に見えたと言うのか?」
「感じたと言った方がいいでしょう。」
彼女は、優しく抱き締めてきた。
「苦しかったろうな。お前が、彼女らを、彼女らがお前を、この上なく愛していたのは分かっていた。」
その言葉に救われるような感じがした。
「このまま外にいては…、しかも夜になった。危険だ。神殿に入ろう。」
「そうですね。」
「そんな堅苦しい言葉づかいは止めろと言った。私とお前の仲ではないか。」
彼が起ち上がると、
「なあ、わしは腰が立たないのだ。あのな…、お姫様抱っこでな、あの時のハーフエルフ女のようにな。」
甘えるような声をだした。姉妹達の態度への恐怖ともいえる思いで、打ちのめされ、肉体的にも疲労していた彼は、その甘える彼女に救いを求めざるを得なくなっていた。彼女の求めを拒否できなくなっていた。力を込めて持ちあげる。一瞬ふらついたが、彼女もバランスをとって協力してくれた。
「こっちだ。」
彼女が指し示す方向に歩むと、神殿の入り口の前にきた。
「我が封印したからな。」
封印解除の魔法をかけると、扉が開いた。神殿の中を進むと、一人でに灯りが灯った。
「ここだ。」
一室に入った。何もない部屋だったが、井戸があった。
彼女が突然、彼を引き寄せた。バランスを崩しそうになり、慌てて彼女を床に叩きつけることなく、床に下ろし、同時に彼女の上に倒れ込んだ。
「あのハーフエルフ女より、ずっといい女だということをみせてやるぞ。」
「あいつは、自分をハイエルフと言っていたぞ。」
「ハイエルフは、我のほうだ。あの女のことを忘れさせてやる。」
そう言いながら、彼女は少しでも緊張しているようだった。しかし、その彼女も、ジャメロも、むせかえるような互いの体臭と返り血の匂いで興奮が膨らみ、貪るように互いの体を求め合った。
「如何だった?2回もしたのだから、我はよかったろうが?」
マラニアは、肩で荒い息をしながら、仰向けで言った。同じく、その横で仰向けになっていたジヤメロは、
「その言葉、そのまま返したいが、…。とても良かったよ。素晴らしい味だった。」
「あのハーフエルフや、お前の姉妹達より、どうかとは言わぬぞ。お前もよかったぞ。10回以上も死ぬかと思ったくらいな。」
そう言って、半身を起こし、寄り添ってきた。
「我は、我に勝った者、単に戦いだけでなく、心から勝ったと思える奴と添い遂げたいと思って追ったのだ。」
可愛らしいと思ったが、やることをやってしまうと、急に冷静になったことで頭が不安を感じた。
「神殿で、こんなことをやって良いのか?」
「ああ、ここはある意味、そのような神殿ではないのだ。」




