汚れてなんかいない
目一杯、姉妹、幼馴染み、婚約者を奪われたという設定で、何故か取り戻すことがなく、途中ででてくる優しいヒロインと結ばれるというパターンが多いような気がするので、やっぱりヒロインは汚れなき処女がいいかもしれないが、あくまでも姉妹を取り戻す話を作りたいと思って書くことにしました。
「お前はどうしても、行ってしまうのか?姉の私を置いて…、お前にあんな態度を取った妹達のところに。いや、それとも、あのハイエルフ女のところに行くつもりなのではあるまいな?私達を捨てて。」
すがりつかんばかりの姉マナイアに、ジャメロは激しく心を動揺させた。半年前は、みずみずしかった肌が、やつれきっている。長い黒髪の背の高い、長身の彼より頭一つ低い、すらりとした美人だった姉が疲れきっているのを目の前にすると堪らない、放っておけない感じがした。同時に、そうであっても、姉は美しく、魅力的だった。その熱い息が頬に当たる。思わず抱きしめたい激情に駆られかけた。しかし、“今、焦っては元も子もなくなる。”と必死にどちらの自分も押さえつけた。
また、“姉さんだって同じだろう!”と喉まで出てくるのを押さえた。
“昨日の戦いでのダメージが残っているからな。”そう考え直して、彼は一旦は馬を引こうとした手を離した。
「姉上、もう暫くいますよ。そうと決まったら、早速料理の準備をしましょう。今日は、特に腕を振るいましょう。」
「お前は、本当に、相変わらず堅苦しい言い方をするな。」
”そう命じたのは誰だよ?“と言いかけて、また、慌てて口を閉ざした。来た、初日の冷たい態度が変わってきたことは、それだけ薬が効いてきたということなのだから。
「お茶でも飲んで、ゆっくりしていて下さい。」
姉を部屋に連れて行き、急いで茶を入れ、香木に火をつけた。
「旨い。体中に染みわたるようだ。香木の香りも体に染みわたる。心が落ち着く、疲れがどんどんとれていくようだ。」
彼女は長椅子に深々と座り、陶器製のカップのお茶を含みながら、夢見心地で呟くように言った。
ジャメロは、ほっとした。姉が、姉の体が、茶や香木に仕込んだ魔法薬や魔法を、拒絶していないことが分かったからである。微量だが、心や精神を支配する魔法や呪いへの抵抗力を高める作用がある魔法薬や魔法を仕込んでいる。そして、それ自体にも、魔法や呪い勿論、精神を落ち着かせる、疲れをとる成分をもつ茶、香木である。効果は、大きいはずだ。
“焦るな!焦ったら、全てが、今までの苦労が台無しになる!”
彼は心の中で、何度も何度も自分に言い聞かせた。
「姉上。今日は特に腕を振るった夕食を作るから。食材が調度よくなっているから。」
「そうか、楽しみにしているぞ。お前のお陰で、食事を楽しむことや楽しみにすることを思い出した。昔は、何時もおまえが作ってくれたな。何時も、美味しく、楽しみにしていたな。苦しい戦いの後で、お前も疲れ切っていたろうに、私達のために、美味しい食事を作ってくれた。」
いかにも嬉しそうな、懐かしそうな表情で彼を見た。彼は、にっこり微笑んで応え、背を向けて厨房に、急ぐように向かった。
“姉さんを勇者から取り戻す。一歩づつ進めるんだ。あいつは、姉さんをこんな目に遭わせやがって。”
その怒りが、口に出ないように戒めながら彼は思った。
姉二人、一人は義理の関係で実は叔母、と妹二人、こちらも一人は義理の関係で実は姪は、勇者の愛人となって、今は個々、魔獣が次々出現する地で終わりのない戦いを強いられている。一応、領主、貴族、伯爵の地位は与えられてはいるが、誰の目にも、捨てられ、死ぬことを期待されているのに、彼女達は勇者様のためにと、喜喜として従事している。勇者にいいように弄ばれた彼女達、なんとか救いたい、ジャメロは心から思っていた。こんなになっても、彼女達から冷たい仕打ちを受けていても、彼女達が好きだから。
“それに気付くことが出来たのは、ある意味、あのいまいましい勇者様のお陰か、皮肉だな。”