怖がりの熊、一世一代の嘘
この話は、目に付いたコンテストに参加しようと思って書いたら参加期限がとっくに切れていた男による作品供養です
個性的な動物達が過ごす森、その名は逆さ虹の森。
冬の始まりを感じさせる、寒い風が吹き始めた頃のお話。
そこには一匹の、大きな体に臆病で怖がりな心を持った優しい熊がいました。
彼は森にある場所の一つ。沢山の根が絡み合う、大好きな根っこ広場で、今年も冬を越そうと思っていました。
冬眠に使う穴を掘ろうとしても、彼は土にモグラがいたら、カエルがいたら、そう考えると手が震えて止まってしまう熊でした。
そんな彼は根が絡み合い、幹を少し地面から浮かせる木の根元の隙間を見つけたのはいつの事か。それ以来、その場所は怖がりな彼の絶好の冬眠スペースだったのです。
雪が降っても木の根が防いでくれる。狭い空間に、土だけじゃなく木がある。目を覚ませば、広場には森の仲間達がいる。そう考えると、冬眠さえも怖い彼でも、安心して眠る事が出来るのです。
ある夜。彼は何処からか聞こえる声にふと目を覚まし、木の根の隙間から見てみると、そこでは不思議な事が沢山起こっていました。
翌朝、彼が目を覚ませば広場から大勢の声が聞こえてきた。
根っこ広場にはいつも大勢の森の仲間達が集まります。しかし、大勢の大きな叫び声を。いつもは楽しげに歌っているのに、今日はどこか悲しさを感じるコマドリ達の歌声を、怖がりな熊は聞いた事がありませんでした。
ゆっくりと、木の根から顔を出して一番近くにいたお人好しで有名な狐に声を掛けてみました。
「ねえ狐さん、今日は騒がしいけど、なにか、あったの」
狐が声に振り向けば、地面にべったりと張り付いてこちらをみる熊の姿が見えました。
「この森じゃあまりない事がね。でも、どうしてそんな格好をしてるんだい?」
狐が聞き返せば熊は「ボクは大きいから、怖がらせないように」そう伏し目がちに返します。
そんな答えに狐が笑うと大勢の森の仲間が彼を見て、そしてすぐそばに居る熊を見つけました。
「熊だ!」「きっとアイツだ、冬眠するために食べたんだ!」次々に聞こえる声と多くの視線が熊へと集まり、それに気付いた熊は怯えながら木の根の陰へと隠れました。
少しずつ、熊を追い詰めようと大きくも小さくもない森の仲間が協力して動き、そしてグルリと円を描くように囲いました。
「待て待て皆」熊のそばに居たお人好しの狐が声をあげます。
「彼は何があったかも知らないんだ。説明くらいしたらどうだい?」
そんな声に森の仲間達は動きを止めました。彼はお人好しで有名な狐。仲間達の多くは彼に助けられた事があるのだから、皆彼の言う事を聞くことにしていた。
「な、なにがあったの?」怯えながら熊が聞けば輪の外から返事がありました。
鳥達は変わらず悲しみの歌を歌い続けている。
「食いしん坊な奴が森の仲間を食べちゃったのさ!」人一倍食いしん坊の蛇が震えながら声をあげます。
「お前が食べたんだろ!まるっと一匹軽々食べれそうなのはお前くらいだからな!」
普段は嫌われ者だけど、仲間を助ける事も多いアライグマが熊へと駆け寄って睨みつけました。
彼の手には真っ白の動物の骨が握られていました。
「そういう君が、熊のせいにして食べたんじゃないのー」
いたずら好きで誰かをおちょくるのが趣味のリスが笑いながらアライグマへと言います。
怖がりの熊は誰かの喧嘩を見るのも嫌いです。
だから、リスとアライグマが喧嘩をするよりも早く声をあげました。
「どうすれば、信じてくれるの?」
皆、返事をしませんでした。ただ、キツい視線が熊へと向けられています。
「嘘をついたらどうだい?」
狐が続けて言います。
「根っこ広場で嘘をつくと、根っこに捕まってしまう。そんな話、皆は聞いた事がないかい?」
そう全員に聞けば、ポツリ、ポツリと「聞いたことある!」「聞いた事はあるけど、本当かは知らない」「本当だと怖いよねー」多くの声があちらこちらから上がりはじめる。熊も、もちろん知っている。
怖がりな熊は嘘をつくのも怖かった。だから、嘘をつく必要のない根っこ広場が大好きだった。
彼は夜に見た不思議な事を思い返しながら。ゆっくりと息を吸いながら、木の根の陰から姿を出して、広場の真ん中まで歩いて行った。
彼を囲んでいた森の仲間達は散り散りに逃げ出し、熊のそばに居るのはお人好しな狐と、暴れん坊のアライグマだけになった。
「ボクは今から嘘をつくよ。この根っこが、嘘か、違うか教えてくれる」
熊はゆっくりと、しかし大きな声で続けます。
「根っこが動かなかったら嘘じゃない。根っこが動いたら、嘘。だから、動かなかったら、ボクは、皆の言う通りにする」
「それで良いのかい?」
すかさずお人好しな狐が聞くと、熊は顔だけを彼へと向ける。
狐の知っている、怖がり竦み、いつも怯えた様に震えていた目が嘘のように、彼の目は真っ直ぐ狐を見ていた。
「ボクは嘘をつくんだ。皆を仲間って思っているから、嘘をつくんだ」
瞳を閉じ、しっかりと四つの足で地面に立つ。
「初めてで、多分、最後の」
短く呟いてから、大きく息を吸い込んで、
「ボクは!森の仲間を食べてしまいました!」
そう、空へ向けて吠える。
しばらくの間、空気が震え、そして収まる。
アライグマが飛び掛かろうと身を低くした。狐がゆっくりと瞳を閉じた。
その時だ、地面が強く揺れ始めたのは。
根っこ広場に集まっていた森の仲間達は驚いて外側へと、鳥は飛んで、蛇は素早く地面を滑る様に、リスは自分より大きい仲間の体にしがみついて、アライグマは走って逃げ出した。
怖がりだった熊とお人好しの狐は逃げずに同じ所に居た。
芝生の地面から、茶色く細長い何かが沢山伸び上がり、次から次へと熊へと倒れていく。
根っこだ。仲間の誰かが叫んだ。
逃げろ。仲間の誰かが叫んだ。
熊は動かないで、狐をジッと見ていた。
狐も、動かないで彼を見つめ返していた。
多く根っこが大きな熊を包み込んで、地面へと戻って行った。それはあっという間の事だった。
森の仲間達は悲しんだ。自分達が熊に嘘をつかせた、根っこ広場で嘘をついたから木が怒ったんだ。広場が怒ったんだ。森が、怒ったんだ。
その時、まるで皆の気持ちの様に、広場へ、森へと雨が降り始める。
次第に強く、激しくなる雨に、皆が動かずに打たれていると、雲の切れ間から太陽の光がある場所へと注がれる。
そこは熊が根っこに捕まって地面へと埋められ、色の変わった場所。
「逆さ虹」狐が小さく呟いた。だけど、皆の耳に届いた。
芝生の中にある、丸い土の地面から、七色の光が、緩やかな坂道の様に空へ、雲の切れ間へと続いている。
突然、熊の吠え声が辺りを包んだ。
皆が声のした方へと顔を向けると、木の幹に透き通った体の熊がいた。
ゆっくりと、ゆっくりと歩いて逆さ虹の麓へとたどり着き、そして勢いよく駆け上る。
怖がりだった熊は知っていた。
寝る前に同じものを見たのだ。
暗くて誰か分からなかったが、誰かが叫ぶと地面から根っこが飛び出して地面へと引きずりこむのを。
雨が降り、月の光が差し込み、逆さ虹が出来るのを。
そして、誰かが虹を駆け上って空へといくのを。
森の仲間達に教えたかった。でも、教えたら誰かがやるんじゃないか。そう考えると怖くて出来なかった。
だから、ボクが教えるんだ。嘘はついちゃダメなんだって。
雨はいつか冬を教える雪へとなっていた。
熊は、今年は冬眠しないでいいのだと、喜んだ。
供養です