夏の休暇8
ベリアナが小屋に避難してきて少し経った後、大粒の雨が降ってきた。
雷の音が聞こえて身を竦ませた。
と、同時にばたばたと人が入ってきた。
「間一髪、間に合った」
「お洋服が濡れちゃった」
声を出して、小屋へとやってきたのはエリセオとレカルディーナだった。
「よくわかったわね」
「一応森の地図は頭に入れてあるよ」
エリセオは何のこともなしに言った。
エリセオは士官学校に通っている身で、ゆくゆくは軍人になると言っていた。森へ入るときの習性として身についているのかもしれない。
「ほら、レカル。僕が火を起こしてあげるから」
エリセオは普段の斜め上を行く偏愛はなりを潜ませ、可愛い妹のために動き始める。
暖炉はこの時期当然のことながら火は吐いていないが、前の冬の残りの薪が暖炉横に積んである。
彼は手際よくそれらを暖炉に放り込んで火を起こした。
「慣れているのね」
「そりゃあ、野営の仕方とかも一応習ったからね」
「そういえば、ディオニオ様は?」
外は雨が降っている。
それなのに小屋に非難してきたのはエリセオとレカルディーナの二人だけだった。
「ああ、小屋の外にいるよ。どうしてだか中に入るのを嫌がって」
それを聞いたベリアナは急いで扉を開けた。
手には小屋に常備してある上掛けを持っている。彼も濡れているかもしれない。
ばたんと扉を開くと、軒先にはディオニオがたたずんでいた。
「どうして、中に入らないんです?」
ベリアナは尋ねた。
レカルディーナに遠慮しているのだろうか。さすがに彼女だって、怖いからといって一緒の部屋が嫌だとは、たぶん言わないはずだ。ベリアナの背中の後ろには隠れるだろうが。
「さっき、私はそなたの気を損ねることをしたのだろう。だから遠慮した」
ディオニオの声は先ほどより少しだけ覇気がなかった。
ベリアナはおののいた。
まさか、自分に気を使っていたとは思わなかった。
「ディオニオ様は変なところで気を使いすぎです。風邪ひいたらどうするんですか。あなただって濡れているでしょう」
ベリアナは上掛けを彼に手渡した。
ディオニオは少しだけぎこちない仕草でそれを受け取った。
「これくらいの雨で風邪などひかない」
「それでも、心配します。エリセオが火を起こしてくれたんです。中に入りましょう。彼ってすごいんですよ、あっという間に火を起こして。わたしじゃああはいかないわ」
ベリアナは明るい声をだして、彼を促した。
さっきのあれは、単にベリアナがびっくりしただけだ。別にほかに思うところなんて何もない。
「私だって火くらい起こせる」
なぜだか対抗意識を燃やした言葉が帰ってきた。
けれど、素直に小屋の中に入ってくれたのでベリアナは満足した。
小屋の中で、レカルディーナとエリセオは暖炉の前に座り、濡れた服を乾かしている。
「お兄様もちゃんと、お洋服乾かしてね」
レカルディーナは立ちあがった。
一見親切を装っているが、さっさと移動するあたりやはり側に寄れるほどではないようだ。道のりはながいなあとベリアナはがっくりと項垂れた。
「ベリアナも、よ」
「あなたはもういいの?」
「わたしのはもう乾いたわ」
「だめよ。もっとちゃんと乾かすの。わたしの膝の上にのせてあげるから」
ベリアナはレカルディーナの腕をしっかりつかんだ。
「余計なことはするな」
小さな声で、ベリアナにだけ聞こえるようにディオニオはしゃべったけれど、ベリアナは聞こえないふりをした。
観念したレカルディーナはベリアナの膝の上でおとなしくしている。
その隣にはディオニオが座っている。
「なんだか、お母様のお膝の上みたい」
すぐ近くにベリアナがいるおかげか、レカルディーナは明るい声を出した。
「そこはお姉様って呼んでほしいわ」
さすがにレカルディーナくらいの大きさの子持ちはちょっと、早いと思う。
暖炉の火がはぜる音だけが小屋の中に響き渡る。
ぱちぱち、という音を聞いてるといつの間にかレカルディーナの体が重くなった。
寝てしまったのだ。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。
「重いだろう。貸せ」
「兄上はレカルが寝た時だけお兄さんぶれますね」
エリセオが茶々を入れた。
ディオニオは弟の言葉を黙殺した。
レカルディーナをディオニオに託して、ベリアナはただ静かに彼の横に座っていた。
暖炉の火が暖かくて気持ちがいい。
そろそろ雨はやんだかしら、通り雨だろうし、などと思っているとベリアナも自分の瞼が重くなっていくのを感じた。
少しの間だけ、目を閉じよう。
そう思ってつかの間瞼を閉じる。
ふわりと、暖かなものが肩に回されるのを感じた、と思ったらすぐにそれは無くなって、すこし残念に思った。
その代り左頬がじんわりと暖かい。
(なにか……あったっけ……)
まあいいか、と思ってベリアナはそのまま暖かいものを享受した。
☆ ☆
(いやあぁぁぁ、まさかディオニオ様の肩に持たれかけていただなんて……)
穴があったらいますぐに入りたい。
ベリアナはディオニオとエリセオの後ろを歩いた。
絶賛夢の中のレカルディーナはディオニオにしっかりと抱かれている。
雨も上がった夕暮れ時。
四人は森を歩いて館へと帰っている最中だ。
うたたねをしたベリアナはよりにもよってディオニオの肩を借りてしまったのだ。
そのことに気が付いたベリアナは盛大に謝った。
彼は鷹揚たる態度を示してくれた。気にするな、と返してくれたのだ
なんたる失態をさらしたのだろう。
レカルディーナが一緒だったとはいえ、未婚の女性が男性の前で寝こけるなど、言語道断である、ことくらいはベリアナだって一応理解している。
なんだか恥ずかしくてディオニオを直視できない。
おかしいなあ、と思いつつベリアナは家路を急いだ。