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夏の休暇3

 よく晴れた日の昼下がり、ベリアナたちは領内を流れる川へとやってきた。

 レカルディーナに魚釣りを体験させるためだ。

 お供としてエリセオとディオニオ、それからオートリエとセドニオも一緒だ。

 というか侯爵家全員そろい踏みだ。

 この家族はレカルディーナを中心に回っている。

 レカルディーナはベリアナと手を握っている。ベリアナは妹がいたらこんな感じなのかな、なんて思う。

 ベリアナの真似を何でもしたがって、いつも後をついてきて、たまに生意気なことを言う。ベリアナには弟しかいないので、なんだかこそばゆい。

「レカルディーナはみんなに愛されているのね」

「そんなことないわ」

 ベリアナのしみじみした言葉をレカルディーナは一蹴した。

「あら、どうして?」

 両親に愛されて、エリセオの愛情表現は分かりにくいがレカルディーナを気遣っていることはすぐにわかる。

 レカルディーナはベリアナに顔を近づけようと背伸びをする。意図を察してベリアナが腰を曲げた。

「だってね。ディオニオお兄様ったらとっても怖いの。いつも怒った顔をしているし、わたしに意地悪をするのよ」

「意地悪?」

 ベリアナは後方を歩くディオニオを意識する。数日間一緒に過ごしたがベリアナはディオニオのことは掴み切れていない。

 レカルディーナよりも十三歳も年の離れている彼は、いつもレカルディーナにべったりとはしていない。ロレントの誘いに乗り、セドニオと一緒にアルデア領を視察したりと、館を空けていることもあるからだ。

「怖い顔でじっとこっちを睨みつけるし、お気に入りの人形を取り上げられたこともあるわ。お母様があとで返してくれたけれど」

「あら、まあ」

「わたしね、お兄様のことをこっそりレヴィグレータ仮面って呼んでいるのよ」

「レ……」

 レカルディーナは今日一番の秘密を打ち明けたとばかりに、小さかった声を更に小声にしてベリアナの耳元でしゃべった。

 息が吹きかかってこそばゆい。

 それにしてもなんとも物騒な言葉が出てきたものだ。レヴィグレータというのはアルンレイヒや周辺国に伝わる悪魔の名前である。その顔は、たしかに怖い。

 小さな子供は両親から、「悪い子にしているとレヴィグレータが攫いにくるぞ」と脅されて成長するのだ。

 それにしても、レヴィグレータ仮面とは、子供の発想力は時として残酷だ。

 しかし言い当てがなかなか的を得ていてベリアナは思わずぷっと笑い声を漏らしてしまった。

「レ、レカルディーナたったら……駄目じゃない」

 一応そんなことを言ってみるが、笑った顔だと説得力がない。

「えへへ。内緒よ。絶対に」

「わかったわ」

 女同士秘密会議をしてくすくす笑い会う。

 というか、そんな物騒なことベリアナの口からはとてもじゃないけれど彼に言えない。

 そうこうしているうちに川岸へとたどり着いてベリアナは一緒に同行した村人と一緒に釣りの腕前を披露した。

 夏でも川の水はひんやりしている。

 ベリアナは当然のように靴を脱ぎ棄てて川へと入っていく。とはいえ足首が浸かるくらいの浅瀬のみだ。

「わたしも!」

 なんでも真似したがるレカルディーナも同じように靴を脱ぐ。

「レカル、転んだら危ないわよ」

「ようし、お父様も一緒に入ろう」

「ま、僕は一応士官学校で訓練を積んでいるからね。河だろうが滝だろうがへっちゃらだよ」

 レカルディーナの行くところにこの親子ありだ。相当の親ばかぶりを発揮しているセドニオにエリセオが子供心に対抗しているのが面白い。

 オートリエは川岸の草の生えた平らな場所に厚手の布を敷いて、そこで休んでいる。

 ベリアナのお転婆ぶりに呆れていないといいけれど。おおらかなところのあるオートリエはレカルディーナの元気さに少し呆れているようなのだが、基本的にはやりたいようにさせている。

 ちなみにベリアナのお転婆については『あなたも十七なのだから、王子様の前では可愛らしくしないとだめよ』と言われた。

 アルンレイヒには王子様はいない。王女様一人だけだ。ベリアナが怪訝そうにしているとエリセオが苦笑しつつ『あれは単に、自分だけの運命の人って意味だよ』と教えてくれた。

 今のところベリアナには王子様候補なんて現れることもない。

 それよりも今は目の前の魚である。

 今日の結果次第で晩御飯が決まる。

 ベリアナは村人と一緒になって魚を次々と釣っていく。

「ベリアナすごーいっ」

「僕だって、少し練習をすればこのくらい」

 変に対抗意識を燃やすのはエリセオだ。

「く、私だって。レカルからあんな風に褒められるんだ」

 おそらく、素直に感嘆したレカルディーナにいいところを見せたいらしい。セドニオからも悔し気な感想をもらって、ベリアナは内心、やりにくいと思った。

「じゃあ次は一緒に釣ってみようか」

 ベリアナはレカルディーナに提案する。

「くっ……」

「……」

 セドニオからあからさまに悔しそうな声を出されてベリアナは居たたまれなくなった。エリセオの笑顔が怖い。

「ベリアナ、早く、早く」

「ええ」

 気を取り直してベリアナは釣り針に餌をつける。小さなレカルディーナは餌の虫に恐がる様子もない。

 二人で一緒に竿を持ち、川へと釣り糸を放つ。

「よくとれる場所があるのよ」

 しばらく川の流れに任せていると、竿がぴくんと反応した。

「レカルディーナ、かかったわよ。しっかり持って」

「はいっ!」

 ベリアナは慎重に釣竿を操る。

「レカル、頑張るんだ」

 後ろから心配そうなセドニオの声が聞こえる。

 ゆっくりと後ろへ下がりながら、二人で魚を釣り上げる。

「わあぁぁ! 釣れた! わたしもお魚連れたわ!」

 丸々と太った鱒を釣り上げたレカルディーナは歓声を上げた。

「やったねレカル!」

「へえ、すごいじゃないか」

 セドニオとエリセオがそれぞれレカルディーナをほめたたえる。

「ベリアナありがとう」

「いいのよ」

 素直なレカルディーナが可愛くてベリアナも破顔する。

 一度鱒を釣り上げたレカルディーナはもう一度ベリアナと一緒に鱒を釣り、その後は飽きたのか浅瀬を行ったり来たりしていた。

 と、その時レカルディーナが足を滑らせた。

「きゃっ」

 転ぶ、と思った瞬間。

 レカルディーナは大きな腕によって抱きかかえられていた。

 彼女を抱えていたのはディオニオだった。

 レカルディーナは固まっている。

「気をつけろ。慎重に歩けないのなら、川から出ていろ」

 抑揚のない声を出したディオニオはそのままレカルディーナを抱きかかえたままオートリエの方へと歩いていく。

 レカルディーナは母親の元に下された。

 しょんぼりした彼女はまだ固まっている。

 叱られたことがショックなのだろう。

 オートリエが何かを話しているようだが、ベリアナのところまでは聞こえてこなかった。

 一連の流れを目にしていたエリセオは黙って肩をすくめた。

 魚はもう十分に釣れている。

 皆で食べきれない分は同行してくれた村人にあげることになるだろう。

 ベリアナたちは帰り支度を始めた。



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