エピローグ
さわやかな風香る春の終わり。
ベリアナはもうすぐお嫁に行く。
ディオニオの求婚を承諾したあとは本当にあわただしかった。婚約披露の会は約束通りセルゲルが音頭を取ってくれて、それのおかげでディオニオ曰く面倒な親せきがしゃしゃり出たり文句を言うことはなかった。もちろん色々と難癖をつけてくる親せきもいるが、そこは仕方ないと腹をくくっている。
「それにしても、ベリアナ……お義姉様は本当に、本当にディオニオお兄様なんかでいいの?」
子供部屋に呼ばれたと思ったら、窓辺へと連れていかれて、ベリアナはレカルディーナから内緒ごとを打ち明けられるように小声で話しかけられた。
結婚式前日のことだ。
茶金髪に淡い緑色のリボンをつけたレカルディーナは相変わらず侯爵家のお姫様で、結婚式のためにミュシャレンにやってきたセルゲルはセドニオと思い切り彼女を取り合っていた。
最初は息子の再婚について乗り気ではなかったセルゲルだが、やはり孫娘というのは格段に可愛く思えるらしい。今やすっかりただの孫娘馬鹿のお祖父さんなのである。
「もちろんよ」
ベリアナはにっこりと微笑んだ。
求婚をされてから結婚式までほんの四か月ほどしか間がなかったのはひとえに横から余計な茶々を入れられてこの縁談を破談にさせられることをディオニオが危惧したからだ。
何しろカルディスカは烈火のごとく怒った。
「わたしね、お姉さんがほしかったの。そう言ったら、ディオニオお兄様かエリセオお兄様が結婚したらお義姉様ができるよって言われて。それで……あきらめていたの」
レカルディーナはしゅんとした。
「どうして?」
「だって、二人とも性格に難があるじゃない。だから、お嫁さんなんて来てくれるわけないって思っていたのよ」
レカルディーナはしたり顔で頷いた。
彼女の中ではそういうことになっているらしい。この年頃の少女はませている。そして結構辛らつだ。
ベリアナは苦笑を漏らした。
年の離れた兄二人の愛情表現は確かに偏りがある。今現在やっぱり最愛のレカルディーナには届いていないのだ。
「だからベリアナがわたしのお義姉様になってくれて嬉しい」
「ありがとう。わたしも、あなたが義妹になってくれて嬉しいわ。たよりないお義姉さんだけど仲良くしてね」
「頼りなくはないわ。木登りとっても上手じゃない」
褒めるところはそこか……。ベリアナは頭の上に洗面盥でも落ちて来たかのようにダメージを受けた。
これはもうちょっとおしとやかにならないといけない。
「あと、刺繍もとっても上手よ。花嫁のドレスとってもきれい」
「ありがとう」
レカルディーナがもう一つ付け加えてくれたからベリアナはなんとか浮上することができた。
アルンレイヒでは花嫁衣装の一部に花嫁が手はずから刺繍を施す習慣がある。
ベリアナも例に漏れずに自ら美しい鈴蘭の模様を刺繍した。
ベリアナはレカルディーナと手を繋いで階下へ向かう。
彼女もいつかディオニオの愛をちゃんと自覚する時が来るのだろう。
彼の孤軍奮闘はしばらく続くけれど、彼をしばらくの間は独り占めしたくてベリアナもセドニオやオートリエと一緒に見守ることにした。
でも大丈夫。わたしに子供が生まれたら、ちゃんとディオニオ様の素敵なところとかいいところを聞かせますから。
お父様はとてもやさしい人なのよ、と毎日伝えるわ。
「ベリアナお義姉様、嬉しそう」
「そうよ。大好きな人と結婚するのよ。わたしとっても嬉しい!」




