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令嬢と令息の距離2

「そうそう、ドレスはね。このあたりのものはわたくしもう着ないの。よかったらもらってくれるかしら。ドレスたちもちゃんと身に着けてもらったほうが嬉しいものね」

「えええっ! そんな、貰えませんよ」

 ベリアナは慌てた。

 先ほどから着せてもらったドレスは素人目にも高級品だとわかる代物だ。手触りや装飾品が自分の持っているものとあきらかに違う。

 それに、どこも擦れていないしもしかしたら一度もそでを通していない物もあるのではないだろうか。

「そんなこと言わないで。実はね、実家の母が定期的にドレスを贈ってくるのよ。娘がわたくししかいないから昔からしょっちゅうドレスを仕立てるの。でもほら、わたくしももうすぐ三十だし、そろそろこういう若い子仕様のドレスって年でもないのよねえ」

 オートリエは首を少しだけ傾けてため息をつく。

「ですが……」

「レカルディーナが大きくなるまでにはまだ時間がたっぷりとあるじゃない。どうせお母様はレカルが大きくなったらそれはそれで沢山ドレスを作るおつもりなんだから」

「ええと……」

「というわけで使わないのももったいないから。ベリアナ、着てちょうだい?」

(侯爵夫人の口からもったいないって言葉が出た)

 むしろそちらのほうに驚いたベリアナだ。

 にっこり笑顔で諭されれば首を縦に振らないわけにはいかないベリアナだ。

(で、でも。もらうんじゃなくて借りるのよ。そう、借りるだけ)

 実家に帰るときにちゃんと返そうと心の中で決意するベリアナだった。

「そうだわ、このドレスに合う首飾りがあったはず……。ねえ、カテリーナ、ほら、あの。真珠のものどこにあったかしら? ええと南方由来の桃色の大きな粒のもの」

「はいはい、奥様。もちろん用意してありますよ」

 オートリエの口からさらに出た言葉にくらりと倒れそうになったベリアナだった。真珠は言わずもがな高級品である。

(怖いっ! 都会はやっぱり怖いところだったよ、イボットおじいさんっ)


☆ ☆


 高級すぎるドレスで日常生活を送ることになって最初はガタガタブルブル震えていたベリアナだったけれど、慣れとは恐ろしいもので、一週間も過ぎる頃にはだいぶ心が落ち着くようになっていた。

 ベルベットのドレスに暖かな羊毛で仕立てた外套を着てのお出かけにも慣れてきた。もちろん足元はヒールのついた余所行きの靴で、さすがに真珠がついた靴を用意されたときは心臓が口から出そうになったが、逆に動作がおしとやかになったと、マリカに褒められた。

 やってきた当初こそ、やれミュシャレン観光だのといっていろいろなところに連れまわされたが、さすがに年末ともなると侯爵夫妻は色々と忙しく、ベリアナはレカルディーナと一緒にのんびり屋敷の中で過ごしていた。

 今日は王家の晩餐会とのことで、朝から特にあわただしかった。

 ベリアナはレカルディーナと一緒にお留守番である。

 普段レカルディーナは子供部屋で過ごしているけれど、今日は特別に夕食を一緒に取ることになっている。

 ベリアナが夕食までの短い時間を自室で過ごしていると、ディオニオが部屋を訪れた。

 部屋では話しずらいのか、階下の居間へと連れてこられた。

「そなた、ミュシャレンの冬の市場に興味があると聞いた。友人の集まりに呼ばれている。よければ一緒に行かないか。その前に市場へも案内しよう」

 ディオニオは相変わらず端正な顔に何も表情を浮かべないままベリアナに話しかけた。

 ディオニオは仕事が忙しいようで、同じ邸に住んでいるとはいってもなかなか顔を合わす機会がない。朝食の時間もまちまちなのだ。

「市場! 楽しそうですよね。マリカも気になっているみたいなんです。とっても行きたいんですけど、実はオートリエ様に駄目だって言われていて」

 魅力的な誘いだったがベリアナはしょんぼりと肩を落とした。

 西大陸では年末になると主要な街の広場で屋台市場が立つ。年の暮れ十二日間を祝う習慣があり、いつのまにかお祭り騒ぎへと変化した。

 ベリアナの住むアルデア領は田舎のため、屋台といっても村で酒場を営む主人や街のおかみさんが年越しのための飾りなどを手作りして申し訳程度なものを出していただけだった。

 ミュシャレンの大規模な年末市が見たいなと漏らせば、オートリエはこの時ばかりは家庭教師のような顔で首を横に振った。

 ベリアナは落胆した。

 マリカが仕入れてきた話によると、大きな丸い網でソーセージを焼いたり、焼き栗が売られていたり、温めた葡萄酒やかわいらしく装飾をされた飾りケーキが売られているらしい。

「それはレカルディーナに知られたら面倒だからだ。自分もいくと駄々をこねる。しかし、そなた一人なら私が一緒であればあまり強いことも言ってこない」

 ディオニオは珍しく食い下がった。

 彼がここまで何かを提案するのも珍しい。

 ベリアナは心の中にほんわかと灯りがともるのを感じた。彼なりにきっと気を使ってくれているのだ。表情は変わらないが、彼はとてもやさしい人だ。

 ベリアナはにっこりと微笑んだ。

「親切に誘ってくださってありがとうございます。でも、わたし今日はレカルディーナと一緒に夕食を食べるって約束をしたので遠慮しておきます。お友達と心行くまで楽しんできてください」

「そうか……。ならば……仕方ない」

 ディオニオはそれ以上何も言わなかった。

「わざわざわたしを誘ってくれてありがとうございます」

 なんだかほっこりしたので、ベリアナはもう一度お礼を言った。

 彼は、慣れない王都で楽しい思い出をつくってくれようとしたのだ。それなのに、断ることになってしまって申し訳ない。

 けれど、慣れないベリアナが一緒だと予期せぬことでディオニオに恥をかかせてしまうかもしれない。そんなことさせられないと思うから、今日は断って正解だ。

「ミュシャレンの街は見て回ったのか?」

「ええ。オートリエ様が色々連れて回ってくれました。ああそうだ、レカルディーナと一緒に王立美術館にも行ったんですよ。名画がたくさんあって感動しちゃいました」

「美術館……」

「はい。オートリエ様いわく、美しいものをたくさん見ることで心が豊かになると。たしかにどの絵画もとてもきれいでした」

 田舎にいただけじゃ一生縁のなかった美しい絵画や彫刻に触れるのは楽しかった。

 有名な絵師についてはベリアナも知識は持っていたが、改めて美術史という点から絵画を鑑賞すれば、自身の知識不足も痛感したが、レカルディーナと同伴した教師が丁寧に教えてくれたおかげでベリアナも楽しい時間を過ごすことができた。他にもオートリエは最近はやっている画家のアトリエに連れて行ってくれたりもした。

「そうか。私も年始は時間が取れる。私でよければ市内を案内する」

 侯爵令息は案外フットワークが軽いようだ。

「ありがとうございます。でも、せっかくのお休みなんだからわたしなんかにかまわないでご自身のために使ってください。あ、それともレカルディーナも一緒ですか?」

「いや、そういうわけではない」

「なにか作戦考えたのなら教えてくださいね。協力しますから」


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