冬の日の再会3
もちろんこれはディオニオの都合のいい夢などではなく、朝起きたら普通に彼女は食堂にいた。
「おはようございます、ディオニオ様」
ふわりと微笑みかけられてディオニオは朝から天にも召されるような気分になった。
いや、本当に召されたらベリアナに会えなくなるので困る。
「おはよう。昨日はよく眠れたか」
ディオニオは自分の席に着いた。
「はい。寝台が大きくてふかふかで、調度品もどれも高そうで、かなり緊張しましたけれど、ぐっすり眠れたんで、わたしかなり神経が太いんだと思います」
ベリアナは大まじめに返答を寄越した。
「そうか。ゆっくりできたのならよかった」
ベリアナはパンをちぎって口へ運ぶ。
ディオニオの前にも給仕が朝食を持ってくる。チーズやハム、酢漬けの野菜などが目の前に並べられる。
「ベリアナせっかくだもの、色々なところに行きましょうね」
「公園とかですか?」
オートリエの言葉にベリアナは首をかしげる。
「それもいいけれど、わたくしあなたのお父様からお手紙をもらったのよ。あなたもそろそろ年頃ですものね。いいこと、領地にこもっていても出会いなどたかが知れているのよ」
「で、出会いですか……?」
ベリアナは困惑気味にオートリエを伺い見る。
「そうよ。こういうのはいかにして多くの出会いの場に顔をだすか、だとわたくしは思っているのよ。わたくしだって、そうしてセドニオ様と出会ったのよ。あなたもね、たくさんの人と知り合った方がいいと思うの」
「は、はあ……」
オートリエの熱弁にベリアナは生返事をする。
ディオニオは嫌な予感がして眉をひそめた。オートリエは完全にベリアナの見合い仲人をする気が満々である。
「あなた、自分がいくつだと思っているの?」
「えっと、今十七です」
「でしょう。一番きれいな盛りじゃないの」
「でも、わたしまだ結婚なんて全然考えられなくて」
「あら、でもあなた男爵令嬢でしょう。そろそろお相手を真剣に選ぶ年頃ではなくて?」
「そうですけど……。ほら、わたし取り柄もないし、実家も貧乏ですし」
「そんなこと関係ないわ。持参金なんていらないから、身一つでお嫁さんに来てくださいって言ってくれる男性と恋に落ちればいいのよ」
「義母上。昨日ミュシャレンについたばかりの令嬢にいきなり恋愛談義は酷というものです」
ディオニオはたまらずオートリエとベリアナの会話を遮った。
これ以上ベリアナに対して結婚とか恋愛とか、そういう言葉を向けてほしくなかった。というか、結婚相手を探す以前に、目の前に独身男性がいるのにどうして彼女はディオニオの存在に気が付かないのか。それが彼にしてみれば疑問である。
「そうだよ。ベリアナ嬢が困っているよ。そんなに焦らなくても、ミュシャレンに慣れていけば何か良縁が運ばれてくるさ」
ディオニオの言葉に、セドニオが援護射撃をした。
オートリエは最愛の夫に窘められて、しゅんとした。彼女の泣き所はセドニオなのだ。
「わかったわ、セドニオ様。ごめんなさいね、ベリアナ。ちょっと急ぎすぎちゃったわ。まずは、ミュシャレンでお友達づくりからはじめましょう。気の合う同世代の友人をつくればこっちでの生活も楽しくなると思うの」
「そうですね」
ベリアナは事の成り行きに目を白黒させていたが、話の落ち着き先が決まると、ふうっと息を吐いてにっこり笑った。
一同和やかに朝食を再開させるが、ディオニオの心中は穏やかじゃなかった。
☆ ☆
ベリアナが父に呼び出されたのは十二月に入ったころのことだった。
「実はな、パニアグア侯爵家からおまえに招待状が届いている」
「招待状?」
ベリアナはこっくりと首を横に傾けた。
「そうだ。夏にレカルディーナお嬢様がたいそうおまえに懐いていただろう。良くしてもらったお礼に、今年の冬ミュシャレンで過ごしませんか、と。おまえを招待してくれるとのことだ。どうだ、嬉しいだろう! 胸がときめくだろう」
父の口から胸がときめく、なんてことをきいてベリアナは頬を引きつらせた。どちらかというと恰幅が良く、最近めっきり頭の上がさみしくなってきた彼の口からときめく、とか乙女じみた台詞は正直、聞きたくない。
「そうよ、あなた。こんなことでもないとミュシャレンなんて夢のまた夢ですよ」
ミルイーゼもロレントに賛同するように畳みかけてくる。
「えええ~、面倒……」
当のベリアナは乾いた声を出した。
レカルディーナに会えるのは嬉しいが、王都くんだりまで赴くことがまず億劫だ。
「あなた! うら若き乙女がなに面倒とか年寄りくさいことを言っているの! 王都よ、ミュシャレンよ!」
「えええ……だって、村のイボットさんがよく言っているじゃない。王都は怖いところだ、若い女が行くところじゃないって」
何が怖いのかはよくわからないが、とにかく王都は怖いところだ、というのがベリアナの認識だ。村の年より連中がみんな口をそろえるのだ。これは絶対になにかあるとベリアナは踏んでいる。
娘の答えにミルイーゼはおでこに手をやり、大きく首を振った。
「あなたはどうしてそういうことを真に受けるの。お年寄りの言うことは真に受けないの。あれはね、なんていうか……」
若い娘への忠告である。
地元を捨てて王都に夢を馳せ家を出たがる若い娘たちを地元につなぎとめるための脅し文句だ。
「とにかく、貴族階級にとって王都は避けては通れない場所なんだよ。おまえももう十七だろう。いいか、我が家はいかず後家の娘を養ってやれるほどの余裕はないんだ。嫁に行かないなら修道院に入るか、もしくは王宮で女官になるか、二つに一つだぞ」
ロレントは突如現実的な言葉を口にし始める。
ベリアナだって実家の財政くらい理解している。たしかに行き遅れた娘を養うほど余裕があるわけではない。娘というのはそれはそれでお金がかかるのだ。
「王宮の女官か……」
堅苦しそうではあるが確かにそれはそれで有りである。なにより給金が貰える。
「あなたに務まるものですか。一応男爵令嬢ですけどとんだお転婆だし、礼儀作法もさっぱりじゃない。隣のレオノーラならともかく」
ミルイーゼが大きくかぶりを振った。
「お言葉ですけ、育てたのは乳母とお母様よ。わたしだって一応礼儀作法くらいはできるわよ」
母からはっきり言われるとかちんとくるのがこの年頃だ。ベリアナは面白くなくて反論した。
「でもねえ。女官になる前に、お嫁さんになる方が簡単よ。せっかくの機会なんだから結婚相手をさがしてらっしゃい」
「そうだぞベリアナ。おまえも侯爵夫人についていれば何かいい縁が巡ってくるかもしれない。それこそ、とことん惚れさせて持参金なんていらないと言わせたら儲けものだ。そうだ、持参金なしでもらってもらえる男を探してこい。貴族階級なんてけち臭いことは言わない。金持ちを探してこい」
最後はほぼ本音を丸出しにした言葉にベリアナはがっくりと項垂れた。
「それってほぼ不可能に近いじゃない」
「そんなことないぞ。ベリアナはぱっと見可愛いからな」
「そうねえ、化粧の仕方次第ってところかしら」
「ちょっと、失礼ね」
両親のあんまりな物言いについ反抗した。
実の親は容赦がないのである。
「だってあなた、レカルディーナ様なんてまだお小さいのにとてもきれいだったじゃない」
「そりゃあ両親ともに見目がよかったもの。わたしだってああいう美形な両親から生まれたかったわ」
「まあ! なんてこと言うの」
「最初に喧嘩を売ったのはお父様とお母様よ」
「とにかくこの冬はミュシャレンに行くんだ。でないと修道院に送るぞ」
父の一声でベリアナのミュシャレン行が決まった。
さすがにまだ修道院送りにはされたくない。




