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8.不思議な傘

真新しい墓石には「柳瀬家之墓」と刻まれている。

十九歳で俺を生んだ母親は、自分のことしか考えない女だけど、若くして死んだ息子の墓だけは作ってくれたようだ。


(この石の下に俺の骨があるなんて……)

うんざりしながら髪をかきあげた。


視界が妙に暗いから、髪のせいかと思ったらそうじゃなかった。

透明だった空に、いつの間にかいやな感じの雲が広がっている。


この時期の天気は本当に気まぐれだ。

陰鬱な空は墓地にはふさわしいものだけど、やはり空は青い方がいい。


「柳瀬君、今日はお花を持って来れなくて、ごめんね」

その声だけで、心がずんと重くなる。


「下らないことで謝るな」

吉田の頭をこづくふりをして、近くの墓石にもたれかかった。


「その花だって、まだきれいじゃないか。学校をさぼって、毎朝、毎夕、死んだクラスメイトの墓参りなんかして、どうなるっていうんだ?」


「でも、どうしても、来たかったの」

顔を片手で覆ったまま、皮肉に笑った。

ちゃんと会話が成立しているじゃないか。


「ねえ、聞いてくれる?」

「いいよ、何?」


我ながら絶妙の間合いだった。

少しの違和感もなく、吉田は言葉を紡ぎ始めた。


「柳瀬君って、嫌いな授業には出てこないし、好きな授業でも寝てるし、複数の年上の女の人と同時進行で付き合ってるし、昼食を抜いてダイエットだなんて強がってるし……」


「は?」

俺は軽くのけぞった。

このシチュエーションで、そんなことを口にされても、困惑する他はない。


「でも一番強烈だったのは入学式の日。式の後、教室オリエンテーションがあったんだけど、一人の男子生徒が学校の塀を乗り越えるのが教室の窓から見えたの。羽根でも生えているみたいに、ふわっと地面に着地してね。髪が金色に輝いてすごくきれいだった。すぐに見えなくなったんだけど、いきなり教室のドアが開いて……後は言わなくてもわかるわよね。本当にびっくりしたわ。金色に輝いてたんじゃなくて、本当に金色だったんですもの」


「悪かったな、不良で」

ふてくされながらも、俺は吉田から目が離せないでいた。

黒田の言葉が事実なら、吉田は明日の午後十時三十二分に死んでしまう。

病気で死ぬことは考えにくいから、事故か、あるいは……。

首を振って、浮かんだ思いを打ち消した時、重く垂れ込めた雲から冷たい雨が降り始めた。


雨に濡れながらも、吉田は墓の前にしゃがみこんだまま動こうとしない。

持っていたこうもり傘を開いた俺は、傘を突き抜けた雨が地面を濡らすのを見下ろして、盛大なため息をついた。


雨を通す傘に何の意味がある?

こんなものを押し付けた男の気が知れない。

心の中で毒づきながら、小さな背中に語りかけた。


「吉田、もう帰ろう」

「いやよ! どうしてそんなこと……」

言葉はそこでプツリと途切れた。

沈んでいた頭が持ち上がり、しゃがみこんでいた身体が立ち上がる。


「柳瀬……君?」

これまでとは明らかに違う声音を来た時、傘の柄を握る手が震え始めた。


俺は傘を差したまま動けないでいた。

青ざめた頬がみるみる薔薇色に変わっていき、悲しみに沈んだ瞳に生気が宿る。

その瞳から雨に交じって透明な涙がこぼれ落ちる様を、不安と期待の入り混じった思いで見つめ続けた。


「列車事故で亡くなったなんて、嘘だったんだよね? 柳瀬君が死んだりするはずないよね?」

吉田はいきなり核心をついてきた。

否定するために口を開いたが、言葉は容易に出てこない。


灰色の空。

そぼ降る雨。

木立に囲まれた薄暗い朝の墓地。

びしょ濡れの吉田とこうもり傘を差した俺。

どう考えても、ハッピーエンドにいたるシチュエーションじゃなさそうだ。


「柳瀬君、どうして何も言ってくれないの!?」

ぼんやりしていたのはうかつだった。

まっすぐ伸びてきた腕が、俺の身体を突き抜けた。


あまりの衝撃に吉田は声を出すことすらできず、「うわっ!」と、悲鳴をあげたのは俺の方だった。

胸から入り、背中から突き出た出た手は、今も虚空にとどまっている。

自分自身が引き起こしたシュールな光景に息を飲み、俺はあわてて後ずさった。


「しっかりしろ!」

吉田は焦点の合わない目で俺を見た。

「頼むから、気を失ったりはしないでくれ。今の俺はお前を支えることも、助けを呼ぶこともできないんだ」


情けないが、それが事実だ。

この状況で正気を保つことは、至難のわざだろう。

でも、こんな所で倒れられても、俺にはどうすることもできないのだ。


「何もしない。だから、明後日の朝まで、そばにいてはいけないか?」

「……明後日の……朝……?」


言葉が返ってきてほっとした。

弱っているように見えても、さすがは吉田比奈だ。


「俺が列車に轢かれて死んだのは本当だ。一緒にいるのはいやだと思うけど……」

「いやじゃないよ!」

まっすぐこちらを見つめたまま、吉田は声をはりあげた。


「いやじゃない。幽霊でもいいから戻ってきて欲しいって思ってた。風紀委員に立候補したのは柳瀬君との接点が欲しかったからなの。だから……明後日の朝だなんて言わないで!」


「は……ははっ、お前、何、言ってんだ?」

ひきつった笑いとともに、俺は真剣な瞳から目をそらした。

そんなことをしたら、吉田は絶対幸せになれない。

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