5.永遠の足かせ
「百合さん、私のような凡人に奇跡を起こすことなんて、本当にできるのでしょうか」
どんなに待っても、答えが返ってくることはない。
柳瀬裕也がそうしていたように、ホームの柱に背をあずけ、両膝を抱え込んだまま、黒田は悲しく微笑んだ。
「聞いて下さい。ようやく千人目にたどりついたんです。思えばあの日から六十五年もの年月が流れてしまった。あ、でも、ご安心下さいね。あなたのことは一分一秒たりとも忘れたことはありませんから」
しゃべり続ける声は相手に届かない。
それでも、しゃべらずにはいられない。
生きている間も、肉体を失った後も、そうすることで、辛うじて自分を保ってきたのだ。
「ただ、彼……柳瀬さんを見ていると昔の自分を見ているようでたまらなくなるんです。こんなことになるのなら、ついで仕事など放棄すべきでした。彼がこれから起こる悲劇に耐えられるとは、私にはとても思えない」
打つ手が全くないわけではなかった。
そして、そのことが、黒田を苦しめ続けている。
色々なことを考えてしまうのは、きっとこの場所のせいだ。
不毛な一人芝居を打ち切って、黒田はゆるりと立ち上がり、無人のホームに目を走らせた。
駅のホームというものは、どこもみな、どうしてこんなに似ているのだろう?
いや、違う。
駅のホームであるという事実を除けば、本当は何一つ似ていない。
六十五年前のあの日、東京駅のホームは出征兵士を見送る人たちで埋め尽くされていた。
うち振られる日の丸の小旗。
あちこちで始まる万歳三唱。
それらを冷めた目で傍観していられたのは、息も絶え絶えの様子で百合が現れるまでだった。
乱れた髪が、着物の袖が、ホームを吹き抜ける風に翻る。
足元のおぼつかない、瀕死の蝶のような姿に瞠目した。
屋敷に閉じ込められていたはずなのに、どうやって抜け出したのか。
しかもこのご時勢に、豪奢な振袖を身にまとって!
「百合さん!」
大声で叫んだ時、蒸気機関車がゆっくりと動き出した。
灰色の煙が視界をかすませていく中、人に押され、よろめきつまずいたその人は、崩れるようにホームにしゃがみこんだまま、じっとこちらを見つめていた。
それが百合を見た最後になった。
列車から思わず身を乗り出したあの時、ただひとこと、「好きだ」と告げることができたなら、何かが変わっていたのだろうか。
伝えることができなかった思いは、永遠の足かせとなって、今も自分を縛り続けている。