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46.コンテスト

「人生にシナリオなんてないんです」

そうだな。

本当にそうだ。

ほんの短い間だったけど、黒田と色々な話をした。

俺はあの男がくれた言葉の一つひとつを、宝物のように大切にしている。


「柳瀬、芸能人になれ!」

病室が隣同士だった如月一樹のひとことを、俺は下らない冗談だと笑い飛ばした。


如月は退院してからも、サッカーボールを小脇に抱え、ふらりと病院に遊びにくる。

俺を中庭に呼び出して、得意のリフティングを見せ付けながら、気が済むまでばかばかしい話をして帰って行くのだが、その行動の真意は見当もつかない。


「お前は百年に一人の逸材だ! 隠し撮り写真がブログに大量にアップされているのがその証拠だ。ストーカーまがいのファンが大勢いることは間違いない!」


「ストーカー……ね」

心当たりのある俺はベンチに腰掛けたまま、冷めた目でサッカー少年を見上げた。

その目付きが気に入らなかったのか、ひときわ高くボールを空に蹴り上げた如月は、情けなさそうに片手で顔を覆ってみせた。


「ああ、ああ、もう少しテンションを上げろよ! これでも俺は親友として、お前のことを心配しているんだぜ。入院費用やたちまちの生活費は賠償金で何とかなるとしても、それだけじゃ、これからの人生は渡っていけないぞ。いいか、世の中で金の儲かる職業と言えば、何と言っても漫画家、スポーツ選手、そして芸能人だ。そして、お前は芸能人に向いている!」


こいつは俺の親友だったのか。

耳慣れない言葉に気をとられていたせいで、後半の方はほとんど耳に入らなかった。

だから、携帯を向けられた時も、怪訝な思いで首を傾げただけで、その時、撮られた画像の一枚が、すごく適当なアピールポイントなどと一緒に某コンテストのサイトに掲載されたことを知ったのだって、ずっと後のことだった。


「なんでそこまで!?」

「おもしろいからに決まっているだろ?」

一次審査を通過した俺は、運賃と宿泊費は出してやるからと言う「親友」に連行されて、二次審査の会場に向かった。

吉田には何も話さなかった。

わけのわからぬコンテストの付き付き添いなんて、一人いれば十分だ。


松葉杖をついて現れた俺を見て、面接官たちが身を乗り出した。

質問は事件のことに集中し、全くやる気のない俺は、聞かれたことに淡々と応えるだけで、終わってしまった。


「力不足で悪かったな」

本気で悪いと思っているわけではなかったが、形だけ殊勝に謝ると、如月はがっかりするどころか、ガッツポーズを作ってみせた。


それどころか。

俺は二次審査を通過して、コンテストを主催する雑誌社の人気投票でも勝ち残り、上位十名のうちの一人として最終審査の舞台に立たされてしまった。


特技披露と自己アピールの順番が回ってきて、眉間にシワを寄せたまま固まった俺の顔を、ずらりと並んだ芸能プロダクションの連中が、値踏みするように見つめている。


怪我の方は、松葉杖がなくても歩けるぐらいに回復していたが、激しい動きはとても無理だ。

いっそのこと投げ出してしまいたかったが、芸能プロダクションよりもさらに厳しい顔をした如月が観客席の真ん中に座っている。

熱い友情には応えてやりたいが、ダンスとか、楽器演奏とか、華やかなパフォーマンスを見せ付けられた後だけに、俺はいささか途方に暮れていた。


「柳瀬君は何を見せてくれますか?」

如月をちらり一瞥してから、俺は覚悟を決めて微笑んだ。


「泣きます。一分間だけ」

突拍子もないことだったのか、会場が妙な感じにざわめいた。

俺は無言で目を閉じる。

黄色い歓声が飛び交っていた会場が、嘘のように静かになる。

再びまぶたを持ち上げた時、潤んだ俺の瞳から、ゆっくりと涙がこぼれ落ちた。


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