41.奇跡の真相1
全身打撲、左肋骨及び左腕骨折、左足首捻挫、無数の擦過傷……あげていけばきりがない。
つまり俺は、ボロボロの状態で意識不明のまま病院に運び込まれた。
だが、本来はそんな生易しいものではではなかったはずだ。
ホームから突き落とされ、駅を通過しようとする列車に激突し、肉体も意識も四散した。
すべてがあまりに突然で、すべてがあまりにあっけなくて、俺は自分が死んだことさえ理解できずに、いつまでもホームに立ち尽くしていた。
黒田が起こした奇跡、それは、事件の直前まで時を戻すことだった。
つまりは全ての人間が、同じ時間を二度経験させられたというわけだ。
死んだ者は生き返り、生まれた者は母親の体内に逆戻りし、何事もなかったかのように同じ過程を繰り返す。
密やかに、大胆に。
奇跡に気付く者はいない。
リセットされた時の中、俺はまたもやホームから突き落とされ、列車に轢かれた。
同じ悲劇の繰り返し。
だが、両者には決定的な違いがあった。
右手と右足だけで辛うじて身の回りのことができるようになった頃のこと。
病室の窓から外をぼんやりと見ていると、一人の患者が週刊誌を小脇に抱え、松葉杖をつきながら俺の病室にやってきた。
患者の名は、如月一樹。
サッカーの試合で右足を骨折したというスポーツバカは、アディダスのロゴが入ったTシャツとハーフパンツをパジャマ代わりに愛用し、リハビリと称していつも病院内をうろついている。
年が同じで、病室が隣同士で、きれいな女の子が毎日のように見舞いに来る。
その三点が奴にとってはツボだったようで、俺の所にも足しげく通ってくる。
「ココン、コン!」と不思議なノックとともに入って来た男は、ベッドにドンと腰を下ろし、夏でもないのに日焼けした顔でにっと笑った。
俺にはこんな爽やかな笑顔はできない。
感心して見ていると、急に真面目な顔になり、身を乗り出してきた。
「病院中、お前の噂で持ちきりだ。医院長は緘口令を敷いたぞ」
「は?」と聞き返した途端、顔面に女性週刊誌を突きつけられた。
広げられたページには、駅のホームが映っていた。
『高校教師、愛憎の果ての殺人未遂。ホームから突き落とされた美少年は教え子だった!』
ショッキングな見出しのそばに、スーツ姿の麻賀の写真と、学生服姿の俺の写真が並べて掲載されている。
口元に微笑を浮かべた麻賀雄介は、いかにもおばさん受けしそうな風貌だ。
そして、教室の壁にもたれた俺の横顔は、誰に隠し撮りされたのかは検討もつかないが、目の部分が黒でマスキングされているにも関わらず、ちょっとしたブロマイドのような写りの良さだった。
「なっ、なんだ、これ!」
期待通りの反応だったのか、如月は上機嫌で破顔した。
「な? おもしろいだろ? 見出しと写真だけ見たら誤解されること請け合いだ。もっとも、最後まで記事を読めばそうじゃないことがわかるけど」
俺は週刊誌を奪い取り、びっしりと書かれた文字を目で追った。
「こういうのが女性読者には受けるんだよ。でも、驚いたな。彼女、代議士の一人娘だって? 名前はA子さんになってるけど、広島出身で高校生の娘がいる代議士なんてそうそういないから……」
物知り顔で話し続ける相手を、冷やかな一瞥で黙らせ、すぐまた紙面に視線を戻した。
高校の体育教師が、美しい教え子に恋をした。
彼女を目で追っているうちに、その視線が一人の少年に向けられていることに気が付いた。
現行犯で逮捕された麻賀は、『目障りな存在を排除したかった』と警察に語ったという。