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35.声

「閃光が走り、ドーンという音が……。光、音、そして最後に風。熱をはらんだものすごい突風が吹いてきて、ガラスが次々割れて、床にはいつくばったら、今度は車両が傾いて……」


あちらからも、ことらからも、乗客の悲鳴や叫び声が聞こえてくる。

黒田は、扉をこじ開けて外に出た。

直撃弾をくらったのかと思ったが、そうではなかった。

地上の騒ぎを傍観するように、頭上には真っ青な空が広がっている。


「爆弾だ! 広島に新型の爆弾が落ちた!」

「あ、あれを見ろ!」

口々にわめきたてる人々は、例外なく同じ方角を指差していた。

西の方、ちょうど広島市街のあたりから、真っ黒い入道雲が立ち上がっている。


「待って! あなた、そのけがでどこへ行くつもり?!」

駆け出そうとした途端、誰かに腕をつかまれた。

額に押し付けられたハンカチが真っ赤に染まる。

たしかにひどい傷なのに、痛みは少しも感じなかった。

心は百合のことだけにとらわれていた。


「実は、そこからの記憶はとぎれとぎれでして、どうやって広島に入ったのかも覚えていないんです。でも、こうして目を閉じると、フラッシュバックみたいに色々な光景が目に浮かぶんです。それがどれも悲惨でしてね」


当初、街は炎に包まれていた。

ものが燃える音に交じって聞こえてくる、断末魔のうめき声や、泣き叫ぶ子供の声。

あたりは夜のように真っ暗で、燃え盛る炎の中に、逃げ惑うシルエットが浮かんでは消えた。


突然の土砂降り。

手のひらで受けるとその色は真っ黒で、逃げ惑う人々がまとったボロを、不吉な色に染め上げた。

一気に気温が下がり、夏だというのに、ひどく寒い。


闇がようやく薄らいだ頃、広島の町は見渡す限りの焼け野原に変わっていた。

木造建築は全て焼け、コンクリートは粉々に四散して、炭化した死体や、焼け焦げた瓦礫の間を、幽鬼のような人達が救いを求めてさ迷っている。


必死で百合を探しながら、黒田は少しずつ正気を失っていった。

川の中、瓦礫の下、救護所……。

年齢はおろか性別すらもわからぬ死体を一つひとつ確認していくうちに、奇妙な声が聞こえるようになったのだ。


『千の迷える魂を導け。そうすれば、お前の望む奇跡を一つだけ起こしてやろう』


頭の中に直接響いてくる声の主は、男のようでもあり、女のようでもある。

立ち止まって、周囲を見回しても、それらしい人物はどこにもいない。


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