33.天罰
「ひょっとして怖がってます? 別に怖がらせるつもりはなかったんですけど」
「怖いっていうか……。銃剣って、小銃の先にくっついてる刀みたいなやつだろ? あれで突くなんて信じられない! ほらっ、鳥肌が立ってる!」
「それはまた……」
黒田は唇の端を吊り上げたが、その隻眼は少しも笑っていない。
そりゃあそうだ。
こんな風に話の腰を折られれば、普通は笑うより腹を立てるだろう。
情けない思いでうな垂れた。
ホラー映画も戦争映画も平気なのに、隻眼の男が淡々と描き出す虚無と絶望に彩られた過去はリアルな映像よりもはるかに不気味で、俺は少し、いや、かなり怖気づいていた。
「申し上げておきますが、残った人たちはもっとひどい目にあっています。作戦に参加した三十万人の将兵のうち、亡くなった方が十九万人。そしてそのうちの大半は、戦死ではなく、餓死か戦病死なんですから」
食料もなく、医薬品もなく、傷つき病んだ兵士の多くは、撤退の途中に力尽き、延々五百キロに及ぶ「白骨街道」を作り上げた。
道の真ん中は、まだ歩ける歩行者のための空間だから、歩けなくなった兵士は道の両脇に這うように移動して座り込む。
新しい死体の中には、膝を抱えて眠るように目を閉じたきれいな顔の若者もいるが、時間が経つにつれてびっしりとハエがたかり、ウジがわき、やがては白骨に成り果てる。
軍服姿の亡骸の周囲で、夜になると青白い燐光が光り出した。
それは、まだ生きている兵士たちに、どんな感慨をもたらしたのか。
「でも、あんたは日本に帰れたんだろ?」
救いを求めるように口を開くと、黒田は目だけでうなずいた。
「でも、百合さんに会うことはできませんでした。今にして思えば、何も知らされぬまま、あの場所で死ぬのが一番だったような気もします。そうすれば、少なくともこんな風に現世をさ迷うこともないわけでして……これって、やっぱり、天罰なんですかね?」
そんな質問をされても、俺には答えられない。
ただ、「天罰」なんて言葉で片づけるのは、あんまりだと思った。
片目に重症を負った上に、極度の栄養失調。
密林をさ迷った末、山の中腹で行き倒れになっていた所で、山岳民に救われた。
軍刀と引き換えに食料を分けてもらい、どうにか山越えして麓の野戦病院にたどりついた時は、悪性のマラリアにかかっていて、半死半生の状態だったという。
ビルマのラングーンから病院船に乗せられて台北へ。
台北の陸軍病院から九州の小倉に。
小倉の病院に延々と入院させられ、皆がとめるのを振り切るようにしてようやく東京に戻った。
話は何度も聞かされたけど、この目で見るまでは、どうしても信じることができなかった。
日本の首都である大都会は、焼け焦げた廃墟に変わっていた。