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32.銃剣

「食料を現地調達せよと言われても、山岳民の集落で売ってもらうか、奪い取るしか手立てがない。イギリス軍の攻撃をかわしつつ、食料を分けてくれそうな村を探し回りましたが、小さな村のわずかな備蓄食料をせしめたところで焼け石に水というものです」


たまたま足を踏み入れた集落で、潜伏していたインド兵に襲われた。

小銃を撃ちまくり、何とか追い払うことに成功した後、あらためて周囲を見て回ると、敵兵と味方の兵の死体が一つずつ転がっていた。


周囲には誰もいなかった。


自分と同じ年の初年兵は、新婚の妻を日本に残してきていると言っていた。

無念そうに見開かれた目を閉じてやり、亡骸に向かって手を合わせながらも、心の大半は別の思いにとらわれていた。


ここから先は死の世界だ。

だが、今ならまだ引き返せる。

食料も医薬品も武器も弾薬も届かないが、兵士だけは内地から今も時折補充されていて、潜水艦の攻撃にさらされながらも、日本の輸送船は危険な海を行き来していた。


考えたのは、ごく簡単は筋書きだった。

インド兵との戦闘で重症を負った。

それにも屈せず敵を敗退させ、味方の亡骸を埋葬して帰還した。

軍隊は個人の思考力を限界まで劣化させる所だから、作り話もこのぐらいシンプルな方がいい。


腕の中の小銃を見下ろした。

すぐに完治して前線に復帰出るような傷では意味がない。

だが、背後にはたった今越えてきたアラカン山脈がそびえていて、手や足を傷つけるのは不都合だ。


銃剣に自分の顔が映っていた。

狂気をはらんだ双眸が、じっとこちらを見つめている。


「目はどうだろう」

銃剣で目をつぶせば、隊付きの若い軍医の手には負えないはずだから、最低でも野戦病院までは下がれるはずだ。


指で銃剣の切っ先をなぞってみた。

指先に薄く引かれた血の筋を確認し、小銃を地面に立てるようにして、慎重に確度を調整していく。

戦場から逃げ出そうとしているのに、後ろめたさは不思議なほど感じなかった。


自分は平凡な人間だ。

この時代に生まれた者のさだめだというのなら、人なみに死んでみせることぐらいは、するつもりだった。

天皇バンザイと叫ぶ気にはなれないし、神風なんて絶対に吹かないと思うけど、諦めることには慣れていた。


それなのに、なぜなのだろう。

地面に膝をつき、狙いを定めるように目を見開いた。

浅すぎず、深すぎず、執刀する医師のような冷静さで、自分の目を……。


「うわっ、もう、やめてくれ!」

がまんできなくなった俺は、両耳を押さえて悲鳴をあげた。


「聞いているこっちが痛くなる!」 

涙目で訴えると、黒田は苦笑しているような、呆れているような、何とも言えない顔をした。


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