24.あなたのためにできること
「そんなんじゃありません」
「じゃあ、特殊な能力でも……」
「あるはずないでしょう? わかるのは黒田さんだけなんですから」
少女はつんとそっぽを向いた。
本気で怒っているわけではなく、単なるフリだ。
白い頬がほのかに薔薇色に染まっている。
それが熱のせいだけではないことを、そのことをたちまち見抜いてしまう自分を、喜ぶべきか、悲しむべきか……。
「私たちは、長く一緒にいすぎたのかも知れませんね」
思いのほかしんみりした口調になって、我ながらあわててしまった。
目の前の少女より、自分の方がはるかに大人のはずなのに、やがてくる別れの時を意識し始めてから、別れの時を意識するほど互いの心が寄り添ってしまったことに気付いてから、百合を子ども扱いすることが、だんだんと難しくなっている。
「本当のことを申し上げますと、私にもわかります。声が聞こえなくても、姿が見えなくても、多分、百合さんが……そうですね、五メートル、いえ、十メートル圏内にいらっしゃれば……」
はじかれたように顔を上げた少女とまともに視線がぶつかって、あわてて言葉を飲み込んだ。
(何を言おうとしていたのだろう?)
百合には親同士が決めた許婚がいる。
年は一回りも上だが、家柄の良い帝国大学出のエリートだ。
きっと百合を幸せにしてくれる。
つまりは自分の出る幕など……。
心の中で自嘲して、不自然にならないように視線を逸らした。
「ひょっとすると、五十メートルでも、百メートルでもわかるかも。六年も百合さんのお守りをさせて頂きましたから、我が子も同然と申しましょうか……」
その瞬間、パンッと乾いた音が頬ではじけた。
頬を張られたのは、吉和村にいた頃、以来だった。
痛みはそれほど感じなかった。
だた、それまで辛うじて保っていたはずの付け焼刃の分別が、その衝撃で消し飛んでしまった。
「今の言葉は本気でおっしゃったのですか」
「い……いえ……」
「私はそんなに子供ですか?」
「…………」
もう、言葉は出なかった。
嘘やごまかしを許さぬ、吸い込まれそうにきれいな瞳が、じっとこちらを見つめている。
張りつめた空気。
気まずい沈黙。
気持ちがぐらぐらと揺れている。
使用人でさえ滅多に訪れることのない、広い屋敷の奥まった一室で、こんな風に必死の瞳を向けられたら、どんなに強固に積み上げた理性だって、あっけなく崩れ落ちてしまうに違いない。