22.傷
「はっ、はは! まじかよ!? いまどき小学生だって、そんなに純情じゃないぞ!」
「私、いまどきの人じゃありませんから」
弱々しい抗議の声を無視して、思う存分、腹を抱えて笑った後、俺はにこやかに相手に向き直った。
「ところで、イチコーって?」
黒田はガクリと脱力し、わけのわからないことで、そんなに笑える人の気が知れないと嘆いたが、一校、すなわち旧制第一高等学校は、当時の最高学府である帝国大学入学者のための教育機関だと教えてくれた。
「一校を卒業しさえすれば、無試験で帝大に進学できるシステムだったので、皆、必死で勉強したものです」
「へえ、あんたも?」
「いちおう年上なんですから、名字に『さん』を付けて呼んで頂けませんか?」
非難するような眼差しに、「いやだ」という思いを込めて渋面で応えた。
年をとっているからって、必ずしも偉いわけじゃない。
現に俺が知っている大人は下らないやつばかりだ。
にらみ合っていることに疲れたのか、黒田はトホホと言わんばかりにため息をついて、長い前髪をかきあげた。
俺の右側に座っているせいで、眼帯は見えない。
何もかも黒尽くめで、そのまま闇に溶け込んでしまいそうなのに、彫像のような横顔だけが、くっきりと白く浮かび上がって見える。
遮るもののない横顔は、目を見張るほど端正だった。
俺のような女顔でもなければ、麻賀のような男っぽい顔でもない。
切れ長の目が印象的な涼やかな美貌には、スーツよりも着物の方が似合いそうだ。
「……右目……どうしたの?」
それは、ずっと気になっていたことだった。
「銃剣で突いたのです。あ、銃剣ってわかります? その名の通り、小銃に装着する剣のことですが……」
適当にはぐらかされると思ったが、黒田はゆっくりと眼帯を外し、変形したまぶたに走る引きつった傷跡をこちらに向けた。
古いものではあったが、見ている方が痛みを感じるほどの、ひどい傷だった。
「誰かに付けられたものじゃない。自分自身でやったんです」
表情をなくした俺を見て、黒田は申し訳なさそうに微笑んだ。
確認するように指先で傷跡をなぞってから、再び眼帯を付ける男の横顔を、俺は食い入るように見つめ続けた。
「あなたの考えている通りです。年をとっているからって、必ずしも偉いわけじゃない。戦場から逃げ出すために自分で自分を傷つけた私は卑怯者です。でも、私は生きたかった。どんなことをしてでも、生きて日本に帰りたかった」
「日本史の授業はお好きですか?」と訊ねられて、即座に首を横に振った。
「年号ばかり覚えさせられる授業は好きじゃない。でも、あんたの話はそうじゃないんだろう?」
懐中時計の文字盤を確認した黒田は、時計を胸ポケットに戻しながら、「はい」と答えた。
「でも、時間がないんじゃなかったっけ?」
「あの時はそうでした。でも、今は大丈夫。目覚めるまでには、まだ間がありますから」
「目覚めるって、何が?」
何も答えず、黒田は意味深に微笑んだ。